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(2)森で拾われた女の子

 森で旅人に拾われた時、少女は自分の名前も、親のことも、どこから来たのかも何も覚えていませんでした。


 4歳くらいでしょうか。まだ幼い小さな女の子がたった1人、森をさまよっていたのです。


 捨てられたのか、魔物か盗賊に襲われて親が殺されたのか、それとももっと恐ろしいことがあったのでしょうか。


 表情を無くした人形のような顔で、こちらが尋ねることにたんたんとこたえる少女の様子に旅人は胸を痛めました。


 少女はあきらかにこの国の人間ではないように見えました。


 黒髪や黒い瞳は、珍しいけれど全くいないわけではありません。しかし、そのあっさりとした凹凸(おうとつ)の少ない顔立ちや不思議な肌の色は、この国では見かけないものです。


 何か深い事情を感じさせる子供でした。



 この国は子供を大切にします。

『捨て子を拾ったら、一番近くの集落が12歳まで、その子供を責任をもって育てなければならない』という法律があるのです。


 子供は近くの村に預けられ、カリンと名付けられました。


 子供が身に付けていた服も靴もごくありふれた物で、荷物も何も持っていなかったのですが、唯一、首にカリンの花をかたどった木彫りのペンダントを下げていたのです。


 カリンは村長の家に預けられることになりました。



 この村は農作物が良く育つ土地で、他にも美味しい果実がる樹を栽培しています。


 果実は干して、乾燥果実としてそこそこの高値で売れるため、辺境の村としてはけっこう裕福な方です。


 ですから子供の1人や2人、村の子供として育てるのはたいした負担でもありません。


 しかし、あきらかに自分たちと異なる容姿のいわくありげな子供に関わることを、村人たちは躊躇(ちゅうちょ)しました。



 容姿の違いはカリンの親が遠い異国の人間であることをはっきりと示していました。


 そんな目立つ人物が目撃されれば噂になるはずなのに、近隣の集落に問い合わせても、行商人に尋ねても、そんな情報はどこからも上がってきませんでした。


 遠くから(さら)われて来たのかもしれないと、村人たちは厄介事の気配に警戒しました。

 心に傷を負っているかもしれない幼子にどう接して良いかもわかりません。

 そのため、自分から積極的にカリンに関わるのを躊躇ためらったのです。



 でも、村の子供たちは大人たちよりも容赦ありませんでした。

 まるで人形のように無表情な様子が気持ち悪いと、カリンをいじめる悪餓鬼たちもいました。


 いじめの中心になったのは、村長の孫です。名前はニール。今年6歳になる男の子です。


 ニールが率いる何人もの子供たちに、よってたかって小突かれる。突き飛ばされる。追いかけ回されて木の実を投げられる。そして、「村から出ていけ!」と罵倒される。


 大人が見かけると乱暴ないじめは叱って()めてくれますが、大人たちも仕事で忙しいのです。


 カリンは早起きして、ニールが起きてくる前に家から逃げ出し、村の中の人のいない場所に隠れて、1日中村の子供たちから逃げ回るようになりました。



 この村でカリンの味方といえる人たちは3人いました。


 その一人目がヘレンです。


 村長の奥さんは数年前に亡くなっていて、村長の家には後継ぎの長男夫婦とその子供のニール、あとは村長の末の娘でヘレンという14歳の美しい少女がいたのです。


 優しいヘレンは、カリンの怪我を見つけるとすぐに手当てをして、やんちゃな甥っ子を叱ってくれました。

 朝も早めにスープを作って、家から逃げ出すカリンに温かいスープとパンを食べさせてくれます。


 でも、ヘレンも1日中カリンの面倒を見ているわけにはいかきません。

 “奥様”のいない村長の家の家事は兄嫁1人ではとても回りません。

 ヘレンはそのお手伝いで忙しかったのです。



 カリンはいじめっ子たちから逃げ回っているうちに、どんどん勘が鋭くなりました。

 目で見なくても、離れていても、人のいる所いない所がなんとなくわかるのです。

 人が近づいて来る気配も敏感に察知できるようになりました。


 ⎯⎯あっちにいるのは、たぶん大人だわ。向こうから子供たちが来る。逃げなくっちゃ。あそこに隠れてやり過ごそう。


 人のいない所、それでいて大人の目のある所まですぐに逃げられる場所を選んで、カリンは逃げ回りました。


 大人たちには、カリンと村の子供たちは“鬼ごっこ”や“かくれんぼ”で仲良く遊んでいるように見えていました。


 カリンとしてはできれば放っておいてもらいたかったのです。

 わけもなく痛い思いをするのは嫌でした。


 ニールたちを出し抜いて逃げ回るのも、少し楽しくなってきていました。



 村の外れに小さな家がぽつんと一軒建っているのですが、そこには村のおばば様が1人で暮らしています。


 このおばば様がカリンの2人目の味方でした。


 カリンがおばば様の家に逃げ込むと、いじめっ子たちは追いかけてきません。


 おばば様は先代の村長の妹です。

 大きな町の薬師の弟子になり、やがて師匠と結婚。

 そのあと、落石事故で全てを失ってしまったのです。


 馬車の御者席にいた夫は、大きな石の下敷きになって即死。

 馬車から投げ出された妻は、命は助かりましたが、お腹の中の子供は流産。怪我した足も完全に治ることはなく、実家に返されてしまったのです。


 物知りのおばば様は、今では村の外れの小さな家で傷薬や毒消し薬を作りながら村人たちの相談にのり、5日に1度、子供たちに読み書きや簡単な計算を教えています。


 おばば様はけっこう厳しい先生なので、子供たちに恐れられているのです。


 カリンはおばば様のお手伝いをしながら、読み書き、計算やその他、いろいろなことを教わっていました。



 ある日、目覚めるとカリンのペンダントが無くなっていました。

 枕元に置いて寝たはずなのに無い。ベッドの下にも落ちていない。

 カリンに与えられた小さな部屋の中を隅々まで探しましたが、どこにも見あたりません。


 あのペンダントを、カリンは何よりも大切にしていました。

その事は村中の人間が知っています。


 自分の出自しゅつじ(つな)がる唯一の手掛かりだからという理由だけではありません。


 あのペンダントを首にかけていると、とても懐かしいような、切ないような、温かい気持ちになるのです。

 カリンは、いつもあのペンダントが自分に何かを呼び掛けているように思えてなりませんでした。


 カリンはベッドに腰かけて目を閉じ、ペンダントが自分を呼ぶ声が聞こえるのではないかと、耳を、心を澄ましてみました。


 いじめっ子たちから逃げて隠れている時、人がいる場所を勘で感じることができたように、ペンダントの場所を見つけられるかもしれないと思ったからです。


 カリンはいつも以上に集中していました。

 周りを探っていきます。廊下。隣の部屋。もう少し先。もう少し……カリンは「あっ」と声をあげました。


 感じます。ペンダントの気配です。


 探し物をしていたので、いつもの時間よりも遅くなっていました。

いつもなら、もうカリンが外に飛び出している時間です。


 いつも、朝食はみんな別々なのですが、今日は珍しく食堂に全員集まって朝の食事をしようとしていました。

 そこからペンダントの気配を感じます。


 村長さん。長男ご夫婦。ヘレンさん。ニール⎯⎯ここだわっ。カリンは自分の部屋を飛び出しました。



 食堂に駆け込んできたカリンに驚いて皆が注目する中、カリンはニールの目の前に立ちました。


「返して。私のペンダント。返して」


 いきなりそう言われるとは思わなかったのでしょう。

 ニールはビクッと体を震わせたあと、「なんのことだよ」と、とぼけましたが、目が泳いでいます。


 カリンは彼の腰の小物入れの袋を指差しました。「そこに私のペンダントが入ってる。返して」


 人に説明することはできませんが、小物入れからペンダントの気配がするのです。

カリンははっきりとそれを感じていました。



 その場から逃げ出そうとしたニールは、父親に後ろから首根っこをつかまれました。


 小物入れからペンダントが出てくると、村長はため息をついて、「すまなかったな」とカリンに返してくれました。


 それからニールを見下ろすと、静かな声で言い聞かせたのです。


「人が心から大切にしている物に手を出してはならん」


 ニールは真っ赤になって唇を噛み締め、震えながらポロポロと涙をこぼしました。

 村長はけっして声を荒げることはありませんが、怒るととても恐いのです。


 でも、そんな時にも、村長が叱っている相手を温かく気づかっていることをカリンは“感じて”いました。

今も村長からニールに、穏やかで温かい何かが流れています。


 それはカリンに対してもいつも同じです。


 この村で1番のカリンの味方は村長だということを、カリンはちゃんとわかっていました。


 あんなに“温かいもの”で、いつもカリンを包み、守ろうとしてくれているのですから。






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