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(5)井戸の女神

(4)(5)5時に投稿しました。

 


 その日も大量の洗濯物が第5洗濯場に運び込まれてきました。

 汚れた洗濯物を集めて運んで来るのは、第5洗濯場を卒業した小間使いの先輩たちです。


 彼女たちは、『とてもじゃないが女性が運ぶのは無理でしょう?』という大量の洗濯物を、“魔道具”で軽々運んでしまいます。


 洗濯物をたくさん積んだ大きな箱がふわふわと浮かんで、まるでご主人様のあとをついて歩くおとなしい愛玩動物(ペット)のように、彼女たちの後ろを付いてくるのです。


 愛玩動物のようだと言っても、小さいわけではありません。

 カリンが10人ぐらい入りそうな円筒形の大きな箱です。


 洗濯場に4つある洗濯物置き場の上に来ると、箱の底のところがパカッと開いて、洗濯物が落ちるようになっています。


 なるほど。あの洗濯物の山は、こうして作られたのですね。


 村では魔道具など見たこともありませんでした。

 それなりに裕福な村でしたが、それでも購入することをためらう⎯⎯魔道具というのはそれほど高価な贅沢品なのです。


 王都に来て、明かりの魔道具などは日常的によく見るようになりました。


 でもこんな不思議な、いかにも魔法の道具“らしい”魔道具を見たのはこれが初めてです。

 こんな物も有るのかとカリンはひじょうに驚きました。


 しかし、なるほど。魔道具というのは、カリンのペンダントや村長の短剣などとは全く別の物でした。


 たしかに魔道具からも魔力は感じられます。でも、そこにはなんの感情も意思も感じられないのです。


 これが命を持たない物の中の“残留魔力”と、精霊憑せいれいづきの中から次々と生まれてくる、様々な感情を乗せた“生きている魔力”との違いなのでしょう。


 あらためて、カリンは自分のペンダントに宿った小さな命を愛おしく思いました。


 ⎯⎯ありがとう、リン。これからもよろしくね。

 ⎯⎯チカッ!



 洗濯を手早く済ませると、カリンは洗濯場と井戸の周辺の掃除に取りかかりました。

 草がぼうぼうだったり、こけえていたり、なんとも掃除のしがいのある場所です。


 草は魔法で強化したカリンがバリバリ、ブチブチとむしっていきます。

 苔は魔力水(まりょくすい)⎯⎯カリンの魔力を溶け込ませた水を操って綺麗にはがしてしまいました。


 泥や他の汚れも、全部魔力水に取り込んで流してしまいます。


 第5洗濯場は4つの洗濯場を合わせた造りをしています。

 図にすると⎯⎯田⎯⎯こんな感じです。

 その中央に1つ、井戸があります。


 井戸は6本の柱で囲まれ、けっこう立派な屋根が付いた小さな建物の中にありました。

 しかし、柱にも屋根にもすっかりつる草が絡みつき、変わった形の茂みのようにしか見えません。


 おそらく、つる草で完全に覆われていたところを一ヶ所だけ切り開いたのでしょう。

 まるで洞窟の入り口のようにぽっかりと小さな出入り口が作られていました。


 まあ、これなら水を汲むのに支障は無いでしょうけれども……。


 こんな風に、ずいぶん長いこと放置されてきたことがうかがえる有り様でした。


 第5洗濯場で働いていた人たちには、これをなんとかするだけの余裕が無かったのでしょうか?

 それとも、ここを早く出て行くことしか考えていなかったのでしょうか?


 カリンは“力持ち魔法”でバリバリとつる草をむしり取っていきました。


 姿があらわになってみると、なかなか立派な建物です。

 6本の柱にはそれぞれ見事な彫刻が施されています。

 花や木。鳥や様々な動物たち⎯⎯。


 つる草に守られていたせいか、それとも他に理由があるのか、ほとんど破損しているようには見えません。


 6本の柱のうちの1本には美しい女性の立ち姿が刻まれていました。


 ⎯⎯これだわ。たぶん……精霊憑き?


 カリンが自信を持って精霊憑せいれいづきだと言いきれないのは、それから感じる魔力が村長さんの短剣や“リン”の魔力と少し様子が違っていたからです。


 なんというか……赤ちゃんや誰かの寝言ねごとのように、フワフワとして何を言いたいのかはっきりしないのです。


 ⎯⎯寝ぼけているのかしら? 精霊憑せいれいづきって寝るの?

 ⎯⎯チカ、チッカ?

 ⎯⎯うん、わからないわよね。ごめんね。

 ⎯⎯チカッ!



 カリンは魔力水(まりょくすい)で柱や屋根の汚れや苔をどんどんはがしていきました。

 そしてピカピカに磨きあげてしまったのです。



 カリンの奮闘で、第5洗濯場は見違えるように綺麗になりました。

 洗い場の床は元の白さを取り戻し⎯⎯?

 ⎯⎯そうね。もとは白かったのね。もともと灰色かと思っていたわ。


 周囲の(やぶ)も取り除いたので広くなって、気のせいか吹き抜ける風が爽やかに感じられます。


 そして誰もが驚いたのは、中央の井戸の見事な美しさでした。

 何よりも柱に刻まれた女性像は今にも動き出しそうです。


 ⎯⎯綺麗ねぇ。洗濯場なんかに置いておいても良いのかしら? 

 ⎯⎯お城のお庭とかに置いたほうが良いんじゃないかしらね。

 ⎯⎯チカッ。



 長い間つる草に隠され、誰からも忘れられた美しい井戸と見事な女性の彫刻の噂は、小間使いたちからの口伝(くちづ)てであっという間に学院中に広まっていきました。


 そして女性像はその後、“井戸の女神”と呼ばれるようになります。


 眠れる女神様は、ずいぶん久しぶりに浴びた日の光とカリンの温かい魔力に触れて、優しい夢に微睡(まどろ)む深い眠りからゆっくり目覚めようとしていました。




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