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(4)マシューとベン

(4)(5)5時に投稿しました。

 


 魔法学院はとても広くて大きいので、洗濯場だけでも複数あります。


 カリンが仕事をしているところは第5洗濯場といって、学舎や学生寮から1番遠い洗濯場です。


 ここには学生や教員の洗濯物はありません。

 ここで洗うのは従僕や小間使い、従業員食堂の料理人、馬屋番など、学院の下働きの者たちの洗濯物ばかりなのです。


 新人の小間使いは必ずここの仕事から始めるのだと従僕頭補佐じゅうぼくがしらほさのベンさんが言っていました。


 ここで仕事振りが認められると、本採用として、別の洗濯場に移って、学生や教員の洗濯物を任されたり、学舎や学生寮の掃除を任されたりするようになるのです。


 そして、職場を異動する(ごと)に責任と待遇たいぐうが上がって行く仕組みになっているのだと、ベンさんが教えてくれました。


「待遇?」

「給金が上がる。お仕着せの服の質が良い物に変わる。それから⎯⎯今、4人部屋だろ?」


 ベンに聞かれて、カリンはうなずきました。

 たしかに4人部屋です。

 同室になるはずだった3人が、カリンが入る前に辞めてしまったため、実質的にはカリンの1人部屋になってしまったのですけれどね。


「まず、本採用になると、4人部屋から2人部屋に移ることになるんだ。さらに待遇が上がると、個室をもらえることもある」


 カリンは首をかしげました。


 それを見たベンさんは、すぐにカリンの疑問に気づいてくれました。

「本採用のさらに上って、どういう仕事かってこと?⎯⎯たとえば“教員付き”とかかな。

 職員寮や教員室の掃除なんかをする小間使いのことだよ。先生からの指名で担当が決まるんだ。

 講義の手伝いをすることもあるんだよ」


 なるほど。

 それにしても、ベンさんはなんでカリンの考えていることがわかるのでしょうか。


「顔を見てると、なんとなくわかるんだよ」


 ⎯⎯えっ? 私、言葉に出していたかしら?

 ⎯⎯チカチカ?


 リンはすぐに否定していましたが、カリンは驚いて胸がドキドキしてきました。


「ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだけどね」


 ベンさんはカリンの驚いた顔を見て、クスクス笑っています。


「俺、王都の孤児院の出身でね、たくさんのチビたちの面倒を見てきたから、顔を見るとなんとなく言いたいことがわかるんだよ」


 ベンさんの魔力量は村の大人たちと変わりません。

 おそらく、カリンの10分の1程度です。


 でももしかしたら、暮らしの中で必要に応じて、魔力感知のようなことができるようになってしまったのかもしれません。


「いろいろな理由で言葉がしゃべれなくなった子や、心を閉ざしてしまった子もいたからね」


 きっと、ベンさんは小さい子たちにいっぱい話しかけて、ほんのわずかでも返ってくる反応を見逃すまいと必死だったのかもしれません。


 そして⎯⎯そう、カリンの時のように、魔力は子供の必死な願いを聞いてくれたのかもしれません。


 薄い茶色の髪に茶色の瞳。背もとくに高くはなく、そばかすの目立つ顔にも、とくに目立つ特徴はありません。


 なんというか、はっきり言っていかにも平凡な容姿のベンさん。

 今年、20歳だそうです。


 ベンさんの一番の特徴は、話しているととても楽なことでしょうか。

 魔力の波がいつも穏やかに安定していて、表情も声も明るくて、近くにいると、こちらもいつの間にか明るい気持ちになっているのです。


 ⎯⎯なんだか不思議な人だわ、ベンさんって。

 ⎯⎯チカッ。



「第5洗濯場の仕事は、貴族の“坊っちゃま”や“お嬢様”に近づけても良い人間かどうかを見極めるための、最後の試験の場所…………のはずなんだけどねぇ」


 ベンさんはため息をつきました。

 新しい小間使いがなかなか決まらないのです。


 ここ、第5洗濯場は、本来なら4人で仕事を回していかなければいけない場所です。

 そこを、カリンが1人で頑張っているわけです。


 ここの洗濯物はとても量が多いし、下働きの仕事着には汚れのひどい物もあります。⎯⎯ようするに、重労働なのです。


 この前、従僕頭(じゅうぼくがしら)のマシューさんが⎯⎯

「あちこちつてを当たっているのだが、なかなか新しい小間使いが決まらない。

 カリンにはしばらく第5で頑張ってもらわなければならないな」と、申し訳なさそうに眉毛をハの字にしていましたが、カリンとしては第5にいられるなら大歓迎です。


 カリンは第5洗濯場が好きなので、よそに異動したいとも思いません。


 1人で働ける仕事⎯⎯本来は4人の職場ですが⎯⎯しかも職場が学舎や学生寮から遠いのが、カリンにとっては何よりありがたい。

 子供たちの元気いっぱいの魔力が渦巻くような場所には、できれば絶対に近づきたくありません。


 それに第5洗濯場の周囲は自然豊かなので、木の実などのおやつが簡単に採取できたりするのです。

 今は夏の初め。これから秋にかけて、美味しい物がいろいろ見つかりそうです。

 マシューさんには、採って食べても良いか、きちんと確認済みです。


 従僕頭(じゅうぼくがしら)のマシューさんはベンさんよりも少し小柄で、髪は白髪混(しらがま)じりで⎯⎯もとはとても薄い茶色だったようです⎯⎯瞳はくすんだ緑色。


 いつも穏やかな笑顔で、ベンさんと同様に目立たなくて、“いつの間にかそこにいる”ような人です。

 学院長と違って、本物の温かい笑顔ですよ。

 でも⎯⎯。


 ⎯⎯やっぱりとても強そうな気がするわ、この人。

 ⎯⎯チカッ!


 マシューさんとベンさんには、どこかよく似たところがあります。

 見た目は似ていないのに、雰囲気がそっくりなのです。

 穏やかで、明るくて、時々どこにいるのかわからなくなるぐらい控えめで。

 でも、心がとても強そうな気がするところです。


 一緒の職場で働いていると、だんだん似てきてしまうのでしょうか。



「カリンが学舎や学生寮に行っても、小さすぎて小間使いだと信じてもらえないでしょう。

 せめて、もう少し背が伸びるまでは第5から出さないほうが良いんじゃないでしょうか。

 一部の方たちに絡まれたら困るし」


 ベンさんがマシューさんに何か言ってくれています。


 ⎯⎯私はずーっと第5が良いです。

 ⎯⎯チカッ!



 ただ……心の中に不安が無いわけではないのです。

 周りには自分と同じような人間が1人もいないのですから。

 ちゃんと大きくなれるか不安を抱える人間に何を言ってくれるのでしょう。


 ⎯⎯大きくなれるよね、私……。

 ⎯⎯チカッ!


 優しいリンは今日もカリンの味方でした。






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