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(3)学院長ロバート

 ロバート・アークライン⎯⎯2類転生者〔技能スキル分類:鑑定〕


 彼は、自分が前世の記憶という興味深いものを手に入れられなかったことを、ひじょうに残念に思っていました。

 しかし、彼の能力は国のためにはとても有用(ゆうよう)なものでした。


 技能鑑定スキルボードという能力です。


 どこかで聞いたような名前ですね。


 名前はカリンが魔法訓練の参考にしている技能板スキルボードと同じですが、ロバートの場合は、自分だけでなく他人の技能スキルも見ることが出来るという能力なのです。


 他人の技能スキルを見ることができる者は、鑑定技能持ちの中でもごくまれです。


 若い頃から前国王の側近となったロバートは、この能力を利用して多くの人材を発見し、その育成に力を注ぎました。


 仕えた王が崩御した後は、()われて魔法学院の学院長に就任し、もう10年以上⎯⎯。

 そろそろ引退してのんびりしたいものだと思っていたところでした。



 ロバートは魔法局から送られてきた書類に目を通していました。

 魔力量中級と判定された少女の、ごくありふれた検査記録です。

 ただ、10歳で初めて魔力検査を受けたという部分が気になります。


 入学予定の子供の検査記録が魔法局から送られてくるというのも、じつはとても珍しいことです。


 普通なら生まれた領地から直接、領主直筆の『わが領民をよろしく頼む』などの書状を同封して送られてきます。


 魔力持ちの領民は領主からとても大切に扱われるのです。


 平民の場合、魔術師になるほどの魔法の才能の持ち主はめったにいません。

 ですからたいていの場合、魔法学院では半年から1年で修了する基礎課程で学ぶことになります。


 ここで、魔力操作と初歩の魔法⎯⎯たとえば、灯りをともす、種火をつける、水を温める、などのうちの1つを身に付けた時点で修了となるのです。


 あまり才能が無い者の場合、魔法を1つも使えずに修了することもあります。

 魔法はあくまでも“覚えられたら運が良い”という程度のものなのです。


 さて、“どうして魔力持ちの平民を全員王都の魔法学院に集めるのか”といえば、それはもちろん人材発掘のためです。


 最短でも半年は滞在しなければならないという決まりの学院生活の間に、城の役人たちに引き抜かれて、中央で働くことになる地方出身者は少なくありません。


 そのほか、王都の商会や出身地以外の貴族家に就職する者もいます。

 しかし、ほとんどの場合は出身地に帰り、後ろだてになってくれた領主の家臣になるのです。


 魔道具に魔力を充填(じゅうてん)することができる中級以上の魔力持ちは、地方においてはとても貴重な存在なのです。


 7歳時の検査で“魔力持ち”と判明した時点で、その子供は領主の家に引き取られます。

 10歳の入学までの間に、領主が責任を持って子供に読み書きや礼儀作法を学ばせるためです。


 そして、領主が用意した真新しい衣服を身に付け、領主の家臣に付き添われて学院にやって来ます。

 そのため、地方から学院に入学する子供はだいたい一目でわかるのです。


 まあ、要するに『この子は(うち)が予約済みだから手を出さないでね』という、地元領主の精一杯の主張なわけです。


 ですから、学院入学予定の者が()りきれた服を身につけて王都にやって来たり、自分で大荷物を背負っていたり、ましてや付き添い無しの1人ぼっちで学院の門の前に現れたり⎯⎯なんてことは、まず考えられません。



 ただ、この書類の少女の場合はかなり事情が違うようでした。


 異民族だと思われる容姿。小さく幼い姿。森で拾われる以前の記憶を失っていること。


 領主との関係を持たなかったことは、この少女にとって、むしろ幸運だったかもしれないと、ロバートは思いました。


 この国には種族や民族の違いにあまり寛容だとは言えない者たちもいます。

 少女の出身地の領主である男爵も、たしか異種族を差別する傾向の強い“貴族派”の派閥だったはずです。



 検査記録には、魔術師による他の報告書も添付されていました。


 大人が急いでも半日かかる距離、それも森の中の獣道を数時間で走破したと推測されること。そして、砦全体に響きわたった謎の大声。


 竜騎士が王都まで送ってくると報告されていますが、少女が学院に到着したという報告はまだ来ません。

 ロバートは少女の到着を今か今かと待っていました。




「おや?」


 学院全体に張り巡らせた魔道具。

 これはロバートの魔力感知を補助するための物なのですが、それによって強化された魔力感知に、気になる魔力反応が引っ掛かりました。


 反応は魔力持ちがいないはずの領域。しかもロバートがこれまで感知したことの無い魔力です。


 ⎯⎯自分の知らない魔術師が魔法学院の中にいる。


「これは面白いですね」


 ロバートは“隠蔽いんぺいの指輪”を発動させました。


 この指輪は前の職場でも重宝(ちょうほう)した魔道具です。

 発動すると持ち主の周囲に認識阻害の結界を形成します。

 この結界の中にいれば、宮廷魔導師長の魔力感知でも見つけることは出来ないという代物(しろもの)です。


 現在の宮廷魔導師長の魔力感知はロバートと同じでレベル5。この国の最高レベルです。


 ロバートはワクワクしながら学院長室をそっと抜け出しました。



 問題の魔力の持ち主は、学院の一番外れにある洗濯場にいました。


 黒髪に黒い瞳。学院にいる誰よりも幼い姿。

 どうやらロバートが待ちわびていた、先程の書類の少女のようですが、なぜか洗濯場で小間使いの仕事をしているようです。


 初めて洗濯場を訪れたロバートは、いくつもの洗濯物の大きな山にも驚きましたが、それをものすごい勢いで片づけていく少女の仕事の速さには唖然としました。


 ⎯⎯なんらかの身体強化法。それにあれは……水魔法、でしょうか?


 ロバートが見たことのない魔法のようでした。


 ⎯⎯これだけ目立つ容姿で、どこかの暗殺者や密偵というのも無いと思うけれど。まあ、ちょっと失礼して……。


 ロバートは仕事を終えてほっとしているらしい少女の技能スキルを確認するために、技能鑑定スキルボードの能力を発動しようとしました。


「えっ?」


 その瞬間、驚いたようにこちらを振り向いた少女に、ロバートの方が驚きました。


 ⎯⎯隠蔽発動中なのに気づかれた?


 少女はロバートを見たまま、目を丸くして固まっています。


 ロバートは素早く気持ちを切り替えると、かつての教え子たちから気持ち悪いと失礼なことを言われた完璧な笑顔で、少女ににっこりと笑って見せました。


「はじめまして、お嬢さん。ロバート・アークラインといいます。この魔法学院の学院長をしています」




 ◇◆◇◆◇




「あっ、はい。はじめまして。カリン、です?」


 驚いて固まっていたせいで、カリンの挨拶は少し片言になってしまいました。


 “学院長”と名乗った老人は、髪は白髪で、顔にも(特に目尻の辺りに)たくさんのしわがありましたが、背が高くてスラッとしていて、動作も優雅です。

 若い頃は王子様のようだったのではないでしょうか。


 ただ、笑顔は本物の笑顔ではないような気がしました。


 ⎯⎯多分、本当の本当は子供のように無邪気な人なのだと思うけれど……だって魔力がニールにそっくり。


 ⎯⎯そうね。この人もマシューさんと一緒。私のことを警戒しているんだわ。初めて見る私のことが恐いのかしら?


 ⎯⎯でも、みんなちょっと失礼じゃない? 私のどこが恐いのかしらね。


 ⎯⎯チッカ!



 ◇◇◇◇◇



「申し訳なかった」


 学院長室のソファーでカリンの対面に座ると、事情を聞いた学院長はカリンに頭を下げました。


 カリンは学院の正門から洗濯場まで行くことになった事情を全部説明したのです。


 わざと本当のことを言わずにいたカリンとしても気まずいので、その事を学院長に正直に話し、カリンも「ごめんなさい」と謝りました。


 カリンが学院長からのお叱りを受けることはありませんでした。そして⎯⎯、

 門番が処分を受けることは無い⎯⎯と学院長はカリンに約束してくれたのです。



「小間使いになりたいのですか?」


 学院長はカリンの話を聞いて、面白そうに笑っています。


「では⎯⎯なってみますか? 学院の小間使いに」


 カリンの了承を得て、改めてカリンのスキルを鑑定した学院長は、魔力感知レベル7、魔力操作レベル5という数字に衝撃を受けていました。


 特に魔力感知のレベル7⎯⎯あり得ない数字です。


 魔力感知は努力だけでは上達(レベルアップ)しない技能なのです。


 ほとんどがレベル1。血のにじむような努力をした魔術師でもレベル2止まり。


 レベル3以上に上がるには、生まれついての素質が必要なのだと言われています。


 じつは学院長と並ぶレベル5の宮廷魔導師長も2類転生者です。

 “転生者である”ということも、立派な素質のうちなのです。


 ⎯⎯カリンは3類転生者だと言っていたが、洗濯場での魔法も合わせて、じつに興味深い。


 カリンは今の時点で、もうすでに基礎課程修了の条件を満たしています。

 そして、魔力量中級で、適性が水魔法の彼女には、この先の専門過程に進む資格はありません。


 ですが、この不思議な少女を手元から離してはならないと、ロバートの経験から得た勘が訴えているのです。



 一方カリンは、⎯⎯やっぱり、このおじいさんは楽しいことが大好きな子供みたいね⎯⎯と思っていました。


 胸のペンダントがチカッと瞬いて、リンもカリンの感想に同意しているようです。


 でも、本当に小間使いになれるなら、カリンとしてはとてもありがたい話です。


 ⎯⎯あそこで働けるなんて、なんだか嘘みたいね。

 ⎯⎯チカチカッ!



 魔法学院に入学するはずだったカリンは、こうして、学院の小間使いの仕事を始めることになったのです。






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