(2)採用試験
カリンが紛れ込んでしまったのは、魔法学院の小間使いの採用試験でした。
カリンはこの面接をぜひ受けてみたいと思いました。
自分は言われた通り、ちゃんと魔法学院に来たのです。
それに、魔法学院で学ぶのは魔力感知と魔力操作と魔法の初歩⎯⎯どれもカリンにはもうできることばかりです。
ただ、“普通の魔法”がどんなものなのかについては知りたいと思いますけどね。
そんなわけで、たぶん村長さんがしかられてしまうことは無いでしょう。
はたして自分が小間使いとして採用してもらえる可能性はあるのか、自分でも出来る仕事なのかを確認出来るかもしれません。
⎯⎯知りたい。できれば、そのまま小間使いになりたい。
⎯⎯でも本当にそんなことをしたら、今度は門番のおじさんがしかられてしまうかもしれないわ。
あの門番は、真面目で優しい人でした。迷惑をかけたくはありません。
⎯⎯今回は、ちょっとだけ面接試験を受けてみたいわ。
⎯⎯チカッ?
⎯⎯そうね。ちょっとだけなら……。あとでちゃんと謝れば大丈夫なんじゃないかしら。
面接が始まりました。
質問するのはカリンたちをここに連れてきた若い男の人で、黒い服の男性は、黙ってこちらのやり取りを聞きながら観察しているだけです。
カリンは少し緊張しました。
黒い服の男性は、穏やかな笑顔でこちらを見ているだけのように見えます。
でも、男性の魔力から感知できるものが⎯⎯なんだか恐いのです。
悪意は感じません。
それに、この恐さに似たものをカリンは知っています。
あの、村長さんの短剣です。
⎯⎯この人、じつはとっても強いんじゃないかしら。
おじさんの穏やかで優しそうな笑顔にだまされちゃだめってことね。
⎯⎯チッカ!
ちなみに、黒い服の男性は従僕頭のマシューさんとおっしゃるそうです。
とくに難しい質問はされませんでした。
健康状態についてや、体力が必要な重労働であることを理解しているか、などについて聞かれただけです。
それでもやはり……。
「10歳? ごまかしてもすぐにわかるんだよ。正直に言ってごらん」
カリンの場合は、どうしても年齢詐称を疑われてしまうのです。
それでも、領民証明書があるので、無事に信じてもらえました。
「嘘だろう? えっ、本物? えっ……」
信じてくれたはずです⎯⎯⎯⎯たぶん。
領民証明書は記載をごまかすことが許されない書類で、信頼度が高いのです。カリンはずいぶん助けられています。
採用する側の2人がカリンを“採用の対象外”として見ていることは、すぐに感じ取れました。
おそらく体が小さいために非力で体力が無いと思われたのでしょう。
ですから、「重い物は持てる?」という質問で、3つの中で1番大きな木箱をカリンが軽々と持ち上げると、とても驚かれました。
なにしろカリンの体よりも大きな箱でしたからね。
中身は何なのでしょうね?
初めて、黒い服の男性の表情が変わりました。
真剣な顔で、一瞬鋭い視線をむけられ、カリンの胸の鼓動がドキンと跳ねました。
けっきょく、3人のうちで面接を通過できたのはカリン1人だけでした。
若い方の娘はとても非力で、1番小さな箱すら動かすことが出来ず、その時点で不合格。
もう1人の方は、今回配属される職場が洗濯場であることを知ると、自分から辞退しました。
どうやら、この女性は、将来の旦那様を見つけるのが本当の目的だったようなのです。
平民のための基礎過程とは違い、魔術科や騎士科、錬金術科は10歳から18歳まで。
こちらには貴族の若様や大商会の坊っちゃん、将来出世間違いなしの有望株などが在籍しているのです。
貴族の若様に見初められるのを夢見る平民の娘がやってくることなど、きっと珍しくもないのでしょう。
“不合格、今後、学院の仕事への採用は認めない”と伝える男性2人の態度は、冷たくも素っ気ないものでした。
そうですね。たしかに洗濯場では、どう頑張っても、貴族の若様との出会いはありませんね。
“最後の採用試験”として、カリンが連れて行かれたのは洗濯場でした。
とても広い洗濯場には洗濯物が文字通り山になっていました。
洗濯している人の姿はありません。
魔力感知で確認しても、ここにいるのはカリンと、カリンを連れてきた若い男の人、従僕頭補佐のベンしかいないようでした。
なんでも小間使いがいきなり3人立て続けに辞めてしまったのだそうです。
結婚。怪我。家族の不幸。それぞれ理由は違いますが、3人の職場がそろって洗濯場であったことで、気がついたら洗濯物が“山”になってしまっていたのだそうです。
“最後の採用試験”は、“この洗濯物の山をカリン1人で全て洗え”⎯⎯ということなのかと思っていたら、
「出来るかぎりで良い。むしろ、無理な仕事を任せてすまない」と謝られてしまいました。
「面接を通過した時点で、君はもう仮採用なんだ。採用おめでとう」
「……ありがとうございます?」
「なんだかあんまり嬉しくなさそうだな」
ベンは洗濯物の山を振り返って、納得したような、申し訳ないような顔になりました。
「うん、なんか……ごめんね」
⎯⎯いいえ、違います。本当のことを話したら、すぐに採用が取り消しになってしまうかもしれないからです⎯⎯とは言えませんでした。
「あとは、この洗濯場で働く様子を見て人柄を確認し、問題なければ本採用になります。
あっ、ここには学生たちの洗濯物は無いから安心してね。
ここの洗濯物なら、多少は雑に扱っても大丈夫だから」
学院には洗濯場がいくつかあって⎯⎯ここは従僕、小間使いなど、学院で働く下働きたちの洗濯物専用なのだそうです。
⎯⎯どうしよう。嬉しいけど、本当のことを言わなきゃいけないよね?
⎯⎯チカ…………。
新たな小間使いを採用しても、重労働のために、せっかく採用した新人がすぐに辞めてしまうのだとベンはため息をつきました。
そういう話を聞くと、本当のことを言わずに採用されてしまったことに罪悪感がわきます。
本当のことを話したら、やはり採用取り消しになってしまうでしょうか?
⎯⎯許されるなら、私はこのままここで、ずっと洗濯係が良いのだけれど……。
⎯⎯チッカ……。
せめてここにある洗濯物の山は全て片付けようと、カリンは気合いをいれました。
カリンが中で寝られそうな大きなたらい。洗濯場専用の井戸。広大な物干場。
仕事に必要なことをカリンに説明するとベンはさっさと自分の仕事に戻って行きました。
他の建物から離れた場所なので、近くに人の気配はありません。
カリンはおもいっきり深呼吸しました。
⎯⎯こんな理想の職場は他に無いわよね。
⎯⎯チカッ!
カリンはさっそく“力持ち魔法”と“洗濯魔法”で洗濯物の山を崩し始めました。
今回は、汚れた水は捨てることにしました。綺麗な水は井戸から汲めば良いのです。
でも、水の中の魔力だけは回収します。
汚れと一緒に魔力を捨てていたらもったいない。
そんなことをしていたら、これだけたくさんの洗濯物を全て洗うことは出来ないかもしれません。
小間使いや従僕の仕事着。こちらは馬屋番の仕事着でしょうか。さすがに下着は自分達で洗っているようで、ここには見当たりません。
大物はシーツの山です。
下働きの者たちは地方出身者が多いため、職員寮で暮らしている者がほとんどなのです。
シーツは一枚一枚が大きいので、それだけで大きな山が1つできています。
カリンは次々に山を攻略し、お日様が1番高いところに上る前に、全てを物干場に干し終えました。
この物干し場には薄い結界が張られているようです。雨が降っても洗濯物が濡れないようになっているのでしょう。
さて、どうしましょう。終わったことを報告したら、本当のことを話して謝らなくてはなりません。
とっても名残惜しいですが、この職場とはお別れです。
カリンがそう考えていると、それまで誰もいなかった物干場に、いきなり、とても大きな魔力の反応を感知しました。
カリンが慌ててそちらを見ると、そこには1人の老人がシーツの陰に隠れて立っていました。