(10)お別れの時は突然に⎯⎯
(9)(10)5時に投稿しました。
この国の国民は7歳の時に魔力検査を受けることが決まっています。
まず、簡単に魔力量を調べて、上級、中級、低級という3段階で判定します。
そのうち、中級以上と判定された者は、10歳になると王都の魔法学院に行かなければなりません。
カリンは今年、書類上“推定7歳”となっています。
砦までカリンを迎えに来た村長さんの許可をもらい、ちょうど良いのでここでカリンの魔力検査を受けて行くことになりました。
本来ならば、魔力検査は年齢の近い子供たちを集めてまとめて行うことになっています。
この辺りだと、周辺地域の男爵領や子爵領をまとめる辺境伯領の領都になります。
⎯⎯おれ低級だった。
⎯⎯ぼくもっ。
⎯⎯おおっ、中級が出たぞっ!
⎯⎯どこの子だ?
子供たちと親たちがワイワイ騒ぐ様は、まるでお祭りのようです。
検査を行う神殿の前の広場にはたくさんの屋台も出ています。
検査よりも屋台を楽しみにしている子供のほうが多いでしょうね。
村長としては、カリンもそこに連れて行ってやりたいと思っていました。
しかし、おばば様や砦の司令官の話を聞いたかぎりでは、どうやら大勢の前にカリンの能力の情報を晒すのは避けたほうが良さそうです。
カリンにとっても、思いがけずありがたいことでした。
話に聞く魔力検査の様子に、憂うつになっていたのです。
人混みの中に入るとまだ、気持ちが悪くなったり、頭が痛くなったりするのです。
それがニールのような子供ばかりとなると、耐えられるかどうか自信がありません。
今回検査するのはカリン1人だけ。
待たされることも無く、魔術師は早速カリンを鑑定してくれました。
鑑定の能力は持つ者がかなり限られる力です。
この力を持つ者は、まず間違いなく“2類”転生者だと言われています。
カリンは、自分以外の転生者に初めて会いました。
カリンの父親ぐらいの年頃の男の人でした。
顔色が悪く、目の下にくっきりと隈ができています。
とても疲れた様子で、カリンの思い込みもあるかもしれませんが、あまり幸せそうには見えませんでした。
やはり、お城の偉い人たちと一緒にお仕事をするのは大変なのかもしれません。
⎯⎯私は役立たずの“3類”で良かったわ。
鑑定魔法は鑑定できる情報量が使い手によって違います。今回の魔術師が鑑定できるのは、魔力量と年齢でした。
これでカリンの記録から“推定”の文字を外すことができると、大人たちは気楽に考えていたのですが……。
カリンを鑑定した魔術師の顔が、もっと青くなりました。
青いというよりも白くなっています。
何が見えたのか、司令官と村長が心配して尋ねてみれば、とりあえず魔力量は中の中だと言います。
だとすると、彼が青くなった理由は……。
「10歳です」
「はぁ?」
「だから、彼女はすでに10歳です。誕生日はわかりませんけど」
司令官と村長は顔を見あわせました。
「そいつはまた……」「参りましたな」
鑑定結果が間違うことはほとんどありません。
首をかしげて大人たちを見上げている、7歳にしても少し小さいのではないかと思われる、この少女が10歳⎯⎯。
「嘘だろ、おい」「参りましたな」
その後すぐ、砦も村もあわただしく動き始めました。
なぜ、村長さんたちが参ってしまったのかと言うと、10歳で魔力量中級のカリンは王都の魔法学院に“すぐに”行かなければならないからです。
学院に行かずに11歳の誕生日を迎えると、最悪の場合は、首長が罪に問われることになります。
今回の場合、首長とは村長さんと男爵⎯⎯次代の男爵のことです。
困ったのはカリンの誕生日がわからないことです。
鑑定の結果というのはじつにきっちりとしているのです。
誕生日がくれば、昨日まで“10歳”となっていた年齢が、その日から“11歳”と鑑定結果にはっきり出るのです。
「まあ、事情があるんだし、多少は大目にみてくれると思うがな」と砦の司令官は苦笑いしていましたが……。
学院に入るには、領主が発行する領民証明書と魔法学院への紹介状が必要です。
領主不在の時は次期領主、それもいない時は領主の側近…………。
どちらもいない場合はどうすれば良いのでしょう?
とりあえず、男爵家の文官に掛け合い、領民証明書だけはなんとか作ってもらいました。
それにしても、どこへ行っても必ず言われる言葉が⎯⎯
「嘘だろう」「そんな小さな10歳がいるものか」「鑑定が間違ってるんじゃないか?」
⎯⎯この3つです。
1番「嘘でしょう」と言いたいのは、いきなり3つも年齢が上がってしまったカリン本人なのです。
体の大きさを見れば、周りの7歳の子供にも負けていたりするのですから。
王都までは、司令官の判断で特別に竜騎士が送ってくれることになりました。
同行者はカリンが断りました。
村はただでさえ果実の収穫で大変な時期です。
そこに盗賊団の騒動が加わって、村から人を出す余裕など無いことをカリンはわかっていたのです。
慌ただしく準備を整え、翌日、カリンは村の広場で出発前の見送りを受けました。
ゆっくりお別れをする時間はありませんでした。
魔力量中級の水魔法使いのカリンが魔法学院に滞在するのは半年間です。
その間に魔力感知と魔力操作。それから水魔法の初歩を学ぶのです。
⎯⎯そして半年が過ぎた時はどうしようかしら。
10歳というのは、もう見習いとして働き始めてもおかしくない年齢です。
王都に行くカリンは、もしかしたら、そこで仕事を見つけて働き始めることになるかもしれません。
もしもそうなったら⎯⎯。
この村は王都から、とても遠いのです。
王都で働くことになったら、カリンはもう二度とこの村に帰ってくることはできないでしょう。
あれから3年。カリンはもうこの村の子供でした。
村人たちが口々にカリンを心配し、激励してくれます。
珍しく、杖をついて広場まで出てきたおばば様は「いいかい。うつむくんじゃないよ」と目を潤ませ優しく笑ってくれました。
村長は「半年後でも、1年後でも、いつでも帰って来なさい。ここはお前の村だ」とカリンの頭を撫でてくれました。
ヘレンはお弁当を作ってくれました。
ニールは顔を真っ赤にして、唇を噛み締めています。
本当のところを言えば、たくさんの人に囲まれ、たくさんの情報が一気に入ってくる状況はカリンにとってかなり辛かったのです。
カリンは頭痛と涙をこらえてしかめっ面になっていました。
涙は、もう零れてしまいそうです。
とても嬉しかったのです。
ここはカリンの村です。みんなも自分も自然にそう思っているのです。
ここにちゃんと自分の居場所があることがこんなにも心強い。
⎯⎯いつか必ずここに帰って来よう。
ここが私の“生まれ故郷”なのだから。
涙ぐむカリンを乗せて、飛竜は王都に向け、広場から飛び立ったのです。
小さくなっていくニールが何か叫んでいるようですが、カリンには何を言っているのかわかりませんでした。
かくれんぼでカリンが勝ち逃げしたことを怒っているのでしょうか。
⎯⎯ごめんね。私はもう、子供の遊びから卒業しなければいけないみたい……。
カリンは飛竜の上から、村のみんなに向かって大きく手を振ったのでした。