異世界で怪談を
この小説は映画『学校○怪談』シリーズへのあふれる愛を元に製作されました。
登場する怪談は『学校の○談』シリーズを参考にしています。
こんばんは。あなたの隣の見届け人、マヤお姉さんですよ。
「――あなたに勝って、私がマヤの寵愛を手に入れる!」
「――負けない! 私だって、負けるわけにはっ!」
草木も眠る丑三つ時。“学校の怪談”にとってはいよいよ本番真っ盛りとなりそうな時分に。校庭の朝礼台に座っている私の目の前でそんな少年マンガみたいなやり取りが繰り広げられていた。……いや少年マンガに『寵愛』なんて爛れた単語は出てこないか。
相対するのは一人の女性と、一人の少女。
女性はいかにも重そうな西洋甲冑に身を包んだ女騎士であり、つり目がちではあるが絵画芸術のように整った顔つきをしている。
元々は白磁のような肌と満月のように輝く金髪をしていた――らしい。今となっては石化して(・・・・)しまっているので本当かどうかは分からないけれど。
ちなみに彼女は完璧に石化していて、肌に触れてみても石と同じ感触、同じ冷たさをしている。の、だけれども。関節も口も瞼も人間と同じように動いている。石なのに。
まぁ“怪談”に常識を当てはめてもしょうがないのだけれどね。それでも石像が人間のように自由に動き回っている光景はときどき正気を疑いたくなってしまう。
我ながらいい仕事をしたような、奇怪な仕事をしたような……。
さて。そんな女騎士に対するのは身長120センチほどの可愛らしい少女だ。白を基調とした服にはこれでもかというくらいにフリルが装備されている。いわゆる『ゴシック服』というものだろう。
腰まである金髪は軽くウェーブがかかっており、青い瞳と白い肌、彫りの深い目鼻立ちは西洋人を思わせる。
……まぁ、いわゆる西洋人形なのだからアングロサクソンの幼女っぽいのは当たり前なのだけど。
石化した女騎士と、自律する球体関節人形。
学校の怪談に当てはめれば動く二宮金次郎像とメリーさんの電話。
……うん。メリーさんがお人形さんの外見をしているのはまだ分かる。元々の怪談が捨てられた人形だし。『何でメリーさんが学校の怪談なの?』と指摘されたら笑って誤魔化すしかないけれど。
しかし二宮金次郎が女騎士というのは何度考えても無茶がある。いや習合させたのは私なのだけどね。もう少しうまいやり方はなかったものかと自問自答したい今日この頃。
あ、いや最近は女体化という手があるのか、と私が偉人すら恐れぬ突飛な発想に至っていると――
「――あら、ケンカですか? あの二人が争うなんて珍しいですわね」
不意に背後から声がかけられた。
振り向いた先にいたのは穏やかそうな笑みを浮かべた美少女。セミロングの黒髪と、漆黒のセーラー服。ともすれば『黒』が強くなりすぎる外見だけれども、生まれ持った肌の白さによって色彩のバランスは丁度いい塩梅にまとまっている。
穏やかそうな目元。少々童顔ながらも大人びた物腰。丁寧な口調。およそ大和撫子と呼ぶにふさわしいものは持ち合わせている。
……けれど、彼女を紹介するときにまず言及すべきなのは『大和撫子である』ことではないだろう。
真っ先に注目すべき点は、彼女が、下半身を欠損していることだ。
いわゆる“テケテケ”
なにやら不思議な力で空中にぷかぷか浮いている。
普通の人間であれば夜中に上半身だけの女が現れたら腰を抜かすのだろうけど。私は彼女と友好的な関係を築いているし、何より職業柄こういう人は見慣れているので驚くことはない。
私は少し困った顔をしながらテケテケ――佐知子の疑問に答えた。
「あぁ、うん。なんでも今夜私と一緒に寝る権利を賭けているのだとか」
はじめに言っておくがエロい意味じゃない。と、思う。少なくとも今まで一緒に寝て貞操を散らした記憶はない。そもそも女の子(?)同士では散りようがないと思う。
それ以前の問題として怪談に睡眠は必要ないと思うのだけど、前にそう指摘したら自律神経がどうだの精神的な疲労がどうだのと人間っぽい理屈を延々と並べ立てられてしまったので沈黙は金。
私の答えに佐知子は「あらあら」と頬に手を当てて微笑んだ。
「マヤは文句の付け所がない美少女ですものね。お二人が争ってしまうのも仕方がないのかしら? 白絹のような髪の毛に宝石よりなお美しく輝く赤い瞳……ふふ、人気者は辛いですわね?」
声は穏やか。顔には微笑み。だというのに佐知子からはものすごい圧力が発せられていた。殺気と表現してもいいかもしれない。ぼそっと「お邪魔虫が……今夜は私が同衾しようとしましたのに」とつぶやいていたけど聞こえなかったことにする。
ちなみに。
私の性別はよく分からない。死んだのが(・・・・・)昔すぎてもう生前の記憶がほとんどないのだ。私って自分の姿形を比較的自由に変えられるから、たとえ今裸になって生殖器を確認しても元の性別と同じとは限らないし。
というか、友達の魔女は「姿をぽんぽん変えているから忘れちゃうのよ」と呆れていた。ここ数十年は諸事情で少女の姿に固定しているのだけど、一理ありそうなので反論はできなかった。……性別不明で何か困っているわけじゃないからどうでもいいと言えばどうでもいいのだけど。
ただ、男よりは女の姿でいる方が『しっくり』くるので生前も女だったのかなぁと私が考えていると、校庭で対峙していた二人に動きがあった。女騎士のシャルが地中から二宮金次郎像を召喚したのだ。
うん。召喚。地面の下から石像がにょきにょきと。ざっと数えただけで百体以上のニノキン軍団だ。子供が見たら泣くなこれ。
もちろん地面はボコボコの穴だらけであり、修復しなきゃいけない未来の私を誰か慰めてくれても罰は当たらないと思う。
ニノキンを召喚したシャルが高らかに笑った。
「ふははっ! マヤによって習合された今! 私は二宮金次郎! 二宮金次郎は私! つまり! 全国1,000体を超えるとされる二宮金次郎像を私は呼び出すことができるのさ!」
いやその理屈はおかしい。
私の真っ当すぎるツッコミは遠く離れたシャルには届かなかった。届いたとしてもスルーされただろうが。
「くっ! なんて厄介な! 一体でも私と同等の力を持つニノキンが100体以上も! このままでは負けてしまうわ!」
そんな説明っぽいセリフを吐いたのは西洋人形ことメリーさん。出会ったばかりの頃はもっと悲観的だったのに、今ではすっかり他の怪談に影響され愉快な性格になってしまったみたい。
膝をつくメリーさん。迫り来るニノキン軍団。なんだこれと呆れ果てる私。もはやどうしようもない現状を打破するかのごとく、メリーさんの背後に近づく二つの影があった。
二つの影がそれぞれメリーさんの左右の肩を叩く。
「諦めてはいけません、メリーさん」
「その通り。あなたにはまだ我々がいるではありませんか」
メリーさんが振り向き、二人の登場に目を輝かせた。
いいシーンだ。
美少女(いや美幼女?)の危機に駆けつける二人の仲間。敵は強大、だが関係ないさ、なぜなら今夜私には仲間がいるのだから。そんなモノローグが入ってもおかしくはない場面。
けれど私はその光景を半眼で見つめることしかできなかった。
なぜならば。メリーさんに声をかけた二人の仲間は――人体模型と、骨格標本だったのだから。
もう絵面からしてギャグじゃん。
私の心からのツッコミは当然あやつらに届くことはない。
「我らは生まれた理由も、歩んできた道も違う。だが我らは同じ人形の身。仲間の危機とあらば悪鬼羅刹にもなりましょう!」
そう言ってマッスルポーズを決めたのは人体模型のマッスルさん。内蔵が今にも飛び出しそうなほど新鮮に脈打っている。
いやメリーさんの目的は私との同衾だからね? そんな邪な理由のために悪鬼羅刹になるのはどうかと思うよ?
「ふっ、これだからマッスル殿は頭が硬い。美しい女性が困っている。我らが動く理由はそれだけで十分ではありませんか」
そう言って歯を「キラーン☆」と輝かせたのは骨格標本のナルシスさん。名前の元はもちろんナルシストだ。髪を掻き上げるようなポーズを取りながら赤い薔薇の香りを楽しんでいる。
お前に髪はないだろう、とか、骨のくせに花の香りが分かるんかい、という指摘はとりあえず置いておいて……。私が丹精込めて育てた花壇のバラを勝手に折りやがったナルシスは後でボコらなきゃいけないだろう。最近増えたバラの窃盗事件の犯人を見つけました。
とりあえず折られた薔薇と同じ数だけ骨を折ってやる。
私が黒い笑みを浮かべているとマッスルさんが片腕を天高く掲げた。
「シャル殿! 貴殿が全国に存在した二宮金次郎を召喚するのであれば! 私も数多ある“学校の標本模型”を呼び寄せよう!」
宣言するのとほぼ同時。空の彼方から一体の人体標本が降ってきた。アメコミのヒーローみたいな片膝での着地――いわゆるヒーロー着地を決めている。人体模型なのに。
せっかく格好付けているのだし、着陸の衝撃で内蔵がいくつか落っこちたのは見て見ぬふりをした方がいいだろうか? 大腸がゆらゆら揺れている。やっぱり子供が見たら泣くな絶対。
そして続々と校庭に降ってくる人体模型たち。その数は百や二百ではきかないだろう。
二宮金次郎像がない学校はそれなりに存在するだろうけど、人体模型がない学校は珍しいからね。ニノキンより人体模型の数の方が多くなることは必然なのか……。と、校庭にひしめく数百体の人体模型を見て遠い目をした私である。
そして人体模型が出てきたのなら骨格標本も参上するのが道理である。
地面の下から、これまた数百の骸骨が這いずり出てきた。いきなりのホラー展開。演出として雨と雷を追加したいね。
正直、地面から出てくるという登場の仕方はニノキンの二番煎じなのだが、学校の怪談≒恐い話的には大正解だと思う。ナルシストが一番マシというのもどうかと思うけど。
うおぉぉおおおおっ、と、発声器官もないくせに鬨の声を上げながらぶつかり合うニノキン軍団と人体模型・骨格標本連合軍。個々の防御力は石像であるニノキンが優れているが、人体模型はその身の軽さと数の暴力で案外いい勝負に持ち込んでいる。
骨格標本(バラ泥棒)? 骨ごときが石像に勝てるわけないじゃん。早々に蹴散らされて骨塚を築いている。ふふ、後でキャンプファイヤーして燃やしてやろう。
私が折られたバラの恨みを込めた実況解説をしていると、私のすぐ横をテケテケの佐知子が通り過ぎた。そのまま真っ直ぐ怪談の大運動会――じゃなくて戦場に向かっていく。
「えぇ、佐知子、あの中に突っ込むの……?」
「あら、わたくしのことを心配して下さいますの?」
いやあのドタバタ喜劇の中にテケテケまで乱入したら収拾が付かなくなるじゃん。とは、嬉しそうに目を輝かせる佐知子には言えなかった。私に心配されるのってそんなに喜ばしいことなの?
「大丈夫ですわ。テケテケであるこのわたくしが、あのような岩や全裸や骨に負けるはずがないでしょう? それに、あの二人がマヤの寵愛を賭けて戦っているのであれば、わたくしが参戦しないわけにはいきませんわ」
「…………」
テケテケだから負けないってどういう理屈? とか、岩や骨はともかく人体模型を全裸扱いはひどすぎない? とか、なんでうちの怪談はみんなして色ボケしているの? とか。ツッコミしたい諸々をゴクンと飲み込んで私は満面の笑みを作った。
「そう! 頑張ってね! 私は今ちょっと動けないから!」
正直、今日は心の中でのツッコミをしすぎて精神的に疲れました。これからはスルーする方向で行きたいと思います。
動けないから。そんな私の発言を受けて佐知子が視線を私の膝に落とした。
「まぁ、微笑ましいこと」
微笑ましいと言えばそうなるのだろう。
ニノキンに校庭を穴だらけにされたり、ずっと探していたバラの窃盗犯を見つけたにもかかわらず。私が目の前で繰り広げられている怪談ドンチャン騒ぎに乱入しなかったのには訳がある。
朝礼台に座る私の、膝を枕に。学校の怪談の最有名“トイレの花子さん”がスヤスヤと寝息を立てているのだ。
万人が容易に想像できる赤い吊りスカートに白いシャツ。おかっぱ頭の超絶ウルトラハイパー可愛らしい女の子だ。特に私を『お姉ちゃん』と呼び慕ってくれる様は心臓を撃ち抜かれて死んでしまいそうなほどに愛くるしい。もう死んでるけど。
こんなにもプリティーな花子さんが私の膝の上でお休みしているのだ。石像や筋肉や骸骨の相手をできるだろうか、いやできない(反語)
佐知子のどこか呆れた声が降ってくる。
「……お顔が緩んでいますわよ。まったくマヤは花子のことになると性格が変わるというか残念になるというか……」
「だって妹分だもの。こんな可愛い妹を前にして平常心でいられるはずがないよね!」
「シスコン……。本当にどうして花子が関わると……。はぁ、まぁ、妹さん相手に嫉妬してもしょうがありませんわね。マヤの妹ならいずれわたくしの義妹になるのですし。少々心がもやもやしますが、それは暴れることで解消いたしましょう」
深々と、深々とため息をついてから佐知子は肉と骨と石像の祭典に乱入した。近くにいたニノキンの足を掴み、軽々と振り回して周囲の人体模型や骨を破壊していく。
テケテケは腕だけで時速100キロ越えのスピードを叩き出す怪談だものね。石像を片手でぶん回すくらい楽勝なのだろう、たぶん。
しかし、上半身しかない女性(大和撫子)が二宮金次郎を振り回し無数の人形を破壊していく光景は冗談としか思えないね。もはやツッコミする気力もないけれど。本日のツッコミゲージは空っぽです。私も花子さんみたいに眠ってしまいたいわー。
ちなみに花子さんは小学生くらいの見た目だし、妹だし、本来なら『花子ちゃん』と呼びたいのだけれども……。本人から「花子さんと呼んでください! それがスタンダードみたいなので!」とドヤ顔で(←可愛い)お願いされたので仕方なく“さん付け”で呼んでいる現状だ。
背伸びして大人ぶる子供って超可愛いよね。
現実逃避して過日の花子さんに萌え萌えしている私である。
いやだって、現実から逃げなければ、怪談大戦争に乱入した佐知子が「てけけけけっ! 死ね死ね死ねー!」とハイテンションに叫びながら素手でニノキンの首をねじ切り、人体模型の心臓を握りつぶし、骨格標本の足の小指をポキリと折るという悪夢のような光景を直視しなきゃならないじゃないか。本日のツッコミは早期閉店。私は何も見ていません。
「まったく……。どうしてこうなった?」
月明かりが怪談たちの乱痴気騒ぎを照らす中、私は花子さんの頭を撫でながら深くため息をついた。
そのつぶやきが聞こえたのかどうかは分からないけれど。
「う……ん?」
花子さんが目を覚ましてしまったみたい。きょろきょろと辺りを見渡し、私の顔を見つけた途端「おはよう、お姉ちゃん」と花がほころんだような――いやこんな言葉では花子さんの笑顔のすばらしさは表現できない――雷が鳴ったような――大地が揺れたような――太陽が爆発したような――ビッグバンが起こったかのような可愛らしい笑顔を私に向けてきた。
やだ、うちの妹、超可愛い。
もう可愛すぎて『可愛い』って感想しか出てこないよ。頭の中の語彙力が全部吹っ飛んだ。可愛可愛。
私が思わず恵比寿様のように目を細めていると、花子さんが大乱闘の続く校庭に視線を移した。いやまぁあんな轟音が響いているんだから仕方ないけれどさ、お姉ちゃんとしてはもう少し花子さんの可愛い顔を見つめていたかったのにー。
花子さんが可愛らしく小首をかしげた。可愛い。
「? お姉ちゃん、みんな何しているの?」
「え? あー、え~っとね、……私からの寵愛を賭けた真剣勝負?」
自分で言っていて恥ずかしくなってきた。好意を向けてくれるのは嬉しいのだけど、同時に複数の想いを寄せられて対応できるほど器用じゃないのよ私って。現状維持を選択している私は悪くない、と思う。
友達の魔女なら「全員選んじゃえ! ハーレムハーレム百合ハーレム!」と無責任に煽ることだろう。というか実際に言われた。
……分かってる。単婚や重婚といった価値観は時代や地域によって移り変わり、複数の人を愛するのがいけないことだとは限らないのだと。そもそも“怪談”に人間の価値観を当てはめるのが間違っているし。
でもねぇ、最近まで仕事漬けの毎日だった私にいきなりハーレムを作れというのは無茶ぶりが過ぎると思うのですよ、はい。迫ってくるのがむさ苦しい男じゃなくて女の子であるのがせめてもの救いか? いやでもなぁ、女性関係がだらしない姉だと花子さんに思われたくないし……。
仕事が一段落したのでこれからはスローライフを送ろうと思っていただけなのに、何でこうなるんだろう?
私が遠い目でお月様を見つめていると、膝の上から重みがなくなった。花子さんが立ち上がり、もはやコメディでしかない戦いに赴こうとしているのだ。
「え、ちょ、花子さんまで参加してしまうの?」
花子さんは振り返り、眉を申し訳なさそうに下げながらもはっきりと断言した。
「――うん。お姉ちゃんは誰にも渡したくないし」
ブルータス、お前もか……。
妹がいつの間にか恋と女の戦いに身を投じる年頃(?)になっていた。私が当事者なのが微塵も笑えない。
というか私と花子さんの間にあるのは姉妹愛――だよ、ね? そうだと信じたいけど今の花子さんの目はシャルやメリーさんや佐知子と同じ光を宿しているんだよなぁ。端的に言うと嫉妬の炎がメラメラと燃えている。
「この、色ボケどもめ……」
呆れか、はたまた諦観か。いろんな感情を押し込めたつぶやきは澄んだ月夜に溶けていった。
――私が花子さんの成長を実感させられた、この日。この出来事。
これが、この世界で過ごす最後の日の出来事(バカ騒ぎ)になろうとは。たぶん、この場の誰もが想像すらしていなかったと思う。
あ、ちなみに。
怪談バトルロイヤルは花子さんの優勝で幕を閉じた。彼女は意外と強いのだ。




