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恋心と甲斐性なし

 俺は並川高等学校に通うごくごく普通の高二男子。多少運動神経が良く、勉強もクラスで五位以内には必ず入る。それなりに顔だちも整っていて、イケメンの部類に入ると自負しているし身長もそれなりに高い。ここまで人気者要素が揃えば普通はクラスでちやほやされたり、女子生徒に告白されたりしても何の不思議もないのだが―――。


 今は昼休み。今日も俺は屋上で独り飯を堪能していた。メニューはいつもと同じで焼きそばパンに炭酸水。

普通パンには牛乳だろうと言う奴がいるが、俺は牛乳という飲み物が大がつくほどに嫌いなのだ。あの舌に絡みつく感覚と鼻から抜ける強烈な臭い。あれは人間の飲む物じゃないとすら思うほどだ。そのくせヨーグルトやチーズは大丈夫という変わり者。

目の前に広がる空は雲一つない快晴。多少生徒たちの声も聞こえるが、ここほど気を抜ける場所は他にあるまい。

パンを食べ終えると、いつものように仮眠を始める。まだ昼休みは二十分ほど残っているし、仮眠には不足ない。

俺がこんなぼっち学園ライフを送っているのには理由がある。それは俺の性格だ。別に一人が特別好きというわけでもないし何人かでワイワイするのも楽しいとは思う。だが根本的に他人と関わるのが苦手なのだ。

建前やお世辞なんて使えない俺は思ったことを口にしてしまうため、中学時代に何度か女子生徒を泣かせてしまい職員室に呼ばれたことがある。それは他愛もない事で告白されて『可愛くないから無理』と断ったことや、美術の授業で画力を褒められていた女子に『その程度の絵なら誰でも描ける』などと言ってしまった事にある。もちろん今ではそんなことを態々口にした自分を愚かだと思っているし(言った事については正しかったと今でも思っているのだが)、それからは極力学校以外での人付き合いを避けてきた。

そしてその甲斐あって今は一人というわけだ。これといって寂しい事もなければ、一人は時間が有意義に使えるから好きだ。

ようやく訪れた微睡に包まれ、眠りに就こうとしたその時。屋上のドアが開き、我が聖域に乱入者の訪れを感じたが、ここでいちいち誰が来たかなんて確認しないのが俺だ。そもそも俺に用事がある生徒なんてこの学校にそういないはず……なのだが。

俺の予想に反し足音の主はみるみるこちらに迫り、すぐ傍で立ち止まる


「高峰隼君だよね?」


 よく通る澄んだ声が掛けられ、嫌な気はしなかったが今は睡眠シーケンス真っ最中。多少ご機嫌斜めな塩対応でも文句はあるまい。

 閉じた目を薄っすら開けて声の主を確認するが、こちらを覗き込む人影がぼんやりと認識出来たところで驚きに目を見開く。それと同時に跳ね起き、立ち上がる。

「真柴先生…」

 そこに佇んでいたのは長身でスラリとしたシルエットが印象的な女性だった。現代文担当の学園のマドンナこと真柴瑞稀先生だ。顔は整っており、気品の中に幼さが残る癒し系の典型だろうか。服装は白いブラウスに淡いパステル調のカーディガンを羽織り、黒のタイトスカート。袖口から覗く手脚は信じられないほどに白く、線が細い。

瑞稀先生は話口調が柔らかく、砕けて話せるということで女子生徒からも人気らしい。まあ、男子の目を引くのは豊満な乳房だろう。噂ではFカップあるとも言われている。

 それはさて置き、つまりは俺もその中の一人なのだ。

 俺が先生を知ったのは二年に進級してすぐの始業式。新任の先生が三人紹介された中に彼女はいて完全な一目惚れだった。クラスにも何人か可愛いなと思う女子はいたが瑞稀先生は段違いだった。そこには大人の魅力とあどけない可愛さが混在して見事な調和を織り成していた。

 そして、今憧れの人が目の前にいるわけで、普段は平静を装っている俺も所詮は思春期真っ盛りの男子高校生なのだから緊張するなという方が無理な話だ。

「どうして俺の名前を? 授業でもほとんど話したこともありませんし、態々昼休みにどうしたんです……?」

「そ、それはね……」

 そこで急に俯き黙り込む先生に初めは勿体ぶっているのかと思ったが、そうでもないらしい。疑問が蓄積し脳内を圧迫し、先生は口ごもりなかなか続きを語ろうとしない。しかも照れているのか、耳まで潮紅している。

 確か瑞稀先生は文学部の顧問で、部員が足りないとかで来年には廃部になるかもって噂があったな。もしかして今更だが顧問自ら部活動の勧誘か? なら昼休みなのも頷けるし、行間に読書してるのを見かけてって可能性も大いに有り得る。実際問題として入学時に文学部の顧問が瑞稀先生だったら間違いなく入部していた。

 黙り込むこと三十秒。意を決したのか瑞稀先生は顔を上げ、しっかりとした目つきで俺を見つめる。一瞬目を合わせるのを躊躇ったが、先生の瞳を見た途端そんなものは一瞬のうちに消え失せた。

「あ、あのいきなりの事で驚かせちゃうかもしれないんだけど、真剣に聞いて欲しいんだ」

「は、はい…」

 もし入部して欲しいって勧誘だったら受けるのもアリかな。

 俺がそんな結論にたどり着いた時、少し何かが引っ掛かる気がした。

 でも、勧誘で驚かせてしまうってどういう……。しかも、こんなに照れることないのに。


「わ、私と付き合って下さい!」


 んっ……!?えっ、今なんて……? 付き合うって部活の事……だよな? そうに決まっている。だってこんなに完璧な女性が俺の事なんて好きになるはずないじゃないか……。

 キョトンとしている俺を見た先生は狼狽しながら返事を促す視線を送ってくる。

 だが、いきなりそんなことを言われて『はい、そうですか』と言えるほど俺の頭の中は単純な構造をしていない。そのため理解するまでにタイムラグが発生してしまうのだ。

 今俺の頭の中では勘違いを修正しようとフル稼働中だ。

「やっぱり嫌だったよね……。先生が生徒に告白するなんて変だもの……」

 俺の返事を聞く前に、牧子先生はその思考時間をどう受け止めたのかそんな事を言い出した。余程自信がなかったのか、それともただ心配性なだけなのか分からないが告白する人の心情なんて俺に分かるはずもない。

 だが、ここでやっと理解する。先生は俺に愛の告白をしているのだと。ならこんな絶好なチャンス逃してなるものか。

 その瞬間、俺の頭の中の何かがぷっつりと切れた気がした。それが理性なのか何なのか分からないが、だからこんなこっ恥ずかしい事が言えたのだと思う。


「俺も、俺も……ずっと好きでした……」


 今までの人生の中で一番勇気を振り絞ったのではなかろうか。心拍数は急上昇し、額には汗が伝う。手汗が酷く、背中にシャツが張り付く感覚がとても不快だ。

 しかし、次の瞬間そんな不快感全てが吹き飛んでしまう。

 目の前には先程までの緊張で強張った表情から一転し、笑顔の華を満開にさせた瑞稀先生がいたのだ。

 俺にはそれだけでもう十分だった。

「ありがとう。私すごく心配だったんだよ。だって二十六歳の私が生徒に恋するなんて一般的に考えておかしいと思ったから」

「年齢なんて関係ないで…」

 え、今なんだって? 二十六歳ってことは瑞稀先生は誕生日が十月だったから今年二十七の年。つまりそれは俺と十歳も違うってことで……、瑞稀先生はもうすぐ三十路ってこと。こんなこと言いたくはないが……、


 ババア手前じゃねぇか。


 この瞬間、俺の先生への憧れは泡のように弾けて消えた。それは恐ろしい速度で。

そこで気づいたんだが、どうやら俺の年齢のストライクゾーンは意外と狭く、年増が嫌いらしい。これは本能的なものなのか、瑞稀先生に裏切られたような気がしているだけかは定かではない。だが、この告白は……。

「ごめんね。昼休みに態々時間取らせちゃって。これからは恋人同士だね。よろしくね」

 俺の内心の変化など知る由もない瑞稀先生は嬉しそうにそう告げ、立ち去ろうとする。しかし、俺の口から漏れた言葉が先生をその場に踏み止まらせた。いや違う、今先生は雷に打たれたような衝撃を受けているだろう。

「いや、やっぱり無理です……」

「えっ……。でも、今私のこと好きだったって……」

「そうなんですけど、すみません。何だか年齢聞いたら、やっぱりないわって」

 これ以上の問答はなお傷を深くするだけだ。

そう言い残し、俺は先生を残し屋上を後にする。

残された瑞稀先生がどんな顔をしていたのか、振り返ればすぐ分かったのだろうが、そんなことは出来ない。する必要もない。

 何故なら俺の今行為は最低だと分かっているから。分かっていたのに、抑えが利かなかったのだから。

 瑞稀先生、多分泣いてるだろうな。俺もまだまだ未熟。もっと大人にならないと……。

 扉を閉める寸前、生温い風が校内に流れ込むのを感じた。


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