王子顔な幼馴染
初投稿です、よろしくお願いします。
「きゃー!サーファロード様よ!」
「今日も麗しいわ…」
平和な昼下がりの午後、宮廷にて。第一王女主催のお茶会に出席していた婦女子の皆様は少し離れた回廊から見える人物に対してそろって黄色い声を上げる。
サーファロード・エルクルード。エルクルード侯爵の第二子で騎士団に所属する17歳。漆黒の癖1つないさらりとした髪に吸い込まれそうなほど深い藍色の瞳。常に讃える微笑は目があった女性をかたっぱしから虜にし付いた異名が『漆黒の天使様』。
「レイニーレイン様は羨ましいですわ…サーファロード様の婚約者だなんて!」
「全くですわ…いつ頃式を挙げるご予定で?」
そう、わたくしはそんな『漆黒の天使様』の婚約者なのだ。もっとも、恋愛感情はなく幼馴染からの延長線上からという感じだが。
故に、ご令嬢たちからも羨ましがられることもよくあることだ。
けれども妨害行為やいじめに発展しないのはわたくしがヴィクラム公爵家の次期当主だからだろう。
わがヴィクラム公爵家は建国当初からある国きっての名家であり、それに見合った権力と財力を持ち合わせている。けれどわたくしに言わせれば、歴史だけは古く平和ボケした残念公爵だ。野心は初代から行方不明だという。
それゆえ代々王家に信頼されているのだろう。けれど、家に帰ったら国王陛下が父上とワインを開けて宴会してたのは「これでこの国は大丈夫なのか…?」と本気で心配したものだ。
馴染みすぎではないか陛下よ。幼い時は近所のおじ様かと思っていてよ。
そして、あいも変わらずご令嬢に愛想を振りまく婚約者を見てため息をついた。
「キャーキャー言っていて、ご令嬢達が可哀想だわ」
「どうかしたのか、レイン?」
「アンネ殿下なら意味をわかっていただけるかと」
このお茶会の主催者、トリニーアンネ殿下はこの国の第一王女にして第二王位継承権をお持ちのお方だ。ご自身は『王位なんてものに興味は微塵もなくってよ』と仰っており将来は孤児院を経営すると意気込んでおられる、ノブリスオブリージュの精神に溢れたお方だ。
そんなアンネ殿下はわたくしとロードの幼馴染だ。陛下が我がヴィクラム公爵家に入り浸っている現状からして必然的と言うか、腐れ縁というか。
要するに数少ないヤツの本性を知っている人間の1人というわけだ。
「兄上の立場がないほどに王子然としているというのにな…」
「まったくですわ。本性がアレでは…」
「普段は猫を被っているところが余計に腹立たしいものだ」
若干恨めしげなアンネ殿下。
視線の先では笑顔を振りまいているロードがいる。
「誰も思わないのでしょうね、まさかかのサーファロードはただの悪ガキだなんて」
わたくし達は同時に溜息をついた。
「サーファロード、帰りの馬車を用意しておりますわ」
お茶会も終わり、わたくしはロードに声をかけた。ロードは騎士団に、わたくしはお茶会と2人とも王宮に行く用があり、それならばとヴィクラム公爵家の馬車で一緒に来た。
その後話の流れで帰りも一緒に帰ることとなり、先に用が済み待っていてくれたロードを呼びに行った。
もっとも、わたくしがいてもいなくてもこのご令嬢に囲まれた状態ですぐに帰れたとは思わないけれど。
だからわたくしのことを救世主のように見たのだろう。イケメンも大変だ。
「同伴させていただこう。ではまた、ご令嬢方」
ニコニコと笑顔で手を振るロード。それだけを見ると社交界で騒がれるのも道理だ。
けれどそれもそろそろおしまいだ。
馬車に乗り、まるで人格が変わったかのように喋り出す。
「あー、うざってぇ。オレにキャーキャー言う余裕があるなら他のやつにしとけ。婚約者がいんだから無駄だ無駄。生産性のないことしやがって」
「今まで幾度となくその変化を見てき たけれどその度に多重人格を疑うわ」
「オレとしては未だに本性がバレていないのを褒めてもらいたいところだね。顔の雰囲気に合わせて性格変えてやってんだ。感謝しろっての」
「まあ傲慢」
そう、これが世の「漆黒の天使様」の正体である。ただの口の悪い悪ガキだ。
しかもこれをキラキラしい正統派のイケメンがほざいているのだ。ギャップもいいところである。
「貴方の目がもう少し鋭くて髪がもう少し乱雑だったらその口調でもよろしいのでは?」
「…うっせ、めんどくさいんだよ」
そんなどこまでも自分を曲げないロードを見て、わたくしは以前アンネ殿下から聞いたことを思い出した。
「恋は人を変えるとアンネ殿下はおっしゃっていたけれど、ロードはたとえ恋をしても何も変わらなそうね」
その言葉に返答はなく、なぜかロードは黙り込んだ。
目はどこか遠くを見ているようで、心ここにあらずというか。ともかく変だった。
「ロード、どうかしたの?普段の憎まれ口は叩かなくてもよろしいの?」
「いや、少しの絶望と今更感とに苛まれていただけだ。気にすんな」
この一瞬でロードに何があったのだろう。
馬車の外を見ても普段と変わらない静かな貴族街が見えるだけだ。
わたくしは首を傾げた。
***
俺とレインの出会いは11年前、6歳の頃だ。
その頃俺は弱虫で、その日も他家の令息たちに女っぽい顔だからといじめられ、隠れて泣いていた。
そこに、迷い込んだらしいレインは現れて
「男のくせにメソメソ泣くんじゃなくってよ」
と言い放ちながら座り込んでいた俺に手を差し伸べた。
その時、俺は本当にレインがかっこよく見えて恋に落ちたんだ。
幸いにも身分も釣り合うということで婚約者の身分も手に入れた。
7歳の頃にレインが本を読みながら「この方、わたくしたいぷですわ!」と覚えたての言葉を使い、指差したのは野性味あふれた騎士だった。
だから当時真っ当な貴族令息らしい言葉遣いだったのをやめて庶民の様な粗野な口調に変えた。それを初めて聞いた母は呆然としていた。
なのに、レインは一向に振り向いてくれない。どうせ幼馴染でその延長線上の婚約とか、それくらいにしか思ってないんだろう。片思い歴12年は伊達じゃない。
「なかなか婚約者に振り向いてもらえないのも哀れだな、ロード」
「王太子殿下、その口を今すぐ閉じないと俺はうっかり腰の剣を滑らしてしまうかもしれません」
「すまんな、私は婚約者と相思相愛だから片思いというのがわからなくてな」
そう俺で遊ぶのはこの国の王太子殿下だ。そして俺の片思いを知っている人物でもある。
騎士団の仕事で殿下の執務室に行くたびにおちょくってくる殿下に殺意が湧いたのは一度や二度ではない。
婚約者とイチャイチャしているのをこれ見よがしに見せつけられた時は本気で殴り飛ばしそうになった。
「しかし、漆黒の天使様も形無しだな。意中の令嬢には振り向いてもらえないとは。まったく、お前のせいで本当の王子たる私の影は薄くなっていくというのに」
正直、否定できない。
先日のお茶会で妹のアンネ殿下に「立場がない」と言われていたようにお株を奪っている気がしてならないからだ。
けれど俺で遊んでいるのだからプラマイゼロだろう。
「けれど殿下、一体俺に何が足りないんですかね。自分で言うのもなんですが、顔もいいですし、騎士団所属でそこそこ腕も立ちますし、家柄も悪くない。世の令嬢が求める条件はクリアしているつもりなのですが」
「そりゃあ、お前がレイニーレイン嬢に好意を伝えていないからだろう。私を見ろ、私は常に婚約者に愛を囁いている」
「なっ…!」
そんな、そんなことができたら俺は11年も片思いしていない!
多分、根本的なところでは弱虫な自分を変えられていないんだろう。
いつになったら俺は踏ん切りをつけて告白できるのだろうか。
先が見えない不安に苛まれた。
人物紹介
レイニーレイン・ヴィクラム
愛称 レイン
名家、ヴィクラム公爵家の跡取り娘。自覚のない鈍感。サーファロードから告白された時は耳を疑った。
サーファロード・エルクルード
愛称 ロード
エルクルード侯爵家の次男坊でレイニーレインの婚約者。超イケメンだが超ヘタレ。レイニーレインに告白できたのはこれから2年後の結婚式の前の日。
トリニーアンネ
愛称 アンネ
王国の第一王女であり王位継承権第二位を持つ。レイニーレインとサーファロードの幼馴染。当然ロードのレインへの想いには気づいているけれど面白いから放置している。告白されたのが結婚式の前日とレイニーレインから聞き、サーファロードのヘタレっぷりに引いた。
王太子殿下
次期国王。トリニーアンネの兄で、妹同様レイニーレインとサーファロードの幼馴染。名前が出てないことから察せられる通り影が薄い。有能ではあるので立派な王になる。婚約者とラブラブ。告白したのが結婚式の前日とサーファロードから聞き、大爆笑した。