~王弟さまと、いとしいわが子(1)~
王弟さまは、いっとき王室を飛び出していました。
愛する奥さまとの結婚を、反対されたからです。
王弟さまと奥さまは、ちいさな町でふたり支えあい、まずしいながらも懸命に日々を暮らしておりました。
そのうちに、新しい命を授かりました。
ほんとうは、女の子がよかったけれど、男の子もできてしまえばそれはかわいらしいもの。
それに、その子の左の目のした。
かわいいほっぺにぽちぽち、とふたつならんだちっちゃなほくろは、愛する奥さまとおそろいでした。
こうなったらもう夢中。かわいくてかわいくて、いっそたべちゃいたいくらいです。
ひとよりちょっぴり不器用で、言葉もおそめのその子でしたが、そんなところですら、いとしくかわいく思えます。
ゆっくりながらも、着実に成長してゆくそのすがたを、大切に大切にいつくしみ――
王弟さまは、その子リアンと、愛する奥さまと、家族三人、仲良くしあわせに暮らしていました。
けれど、よいときばかりとはかぎりません。
折からの不景気で、王弟さまは会社をくびになってしまいました。
わるいことはかさなるもので、奥さまも大きな病気になってしまいます。
王室に帰ればよいのでしょうが、そうすればきっと、奥さまとリアンはいくばくかのお金とひきかえに追い出され、家族は永久にばらばらにされてしまうことでしょう。
そう考えた王弟さまは、泣く泣く男の子を知り合いの神父様に、奥さまを病院へ預け、じぶんは身を粉にして、いっそう必死に働きました。
――そうして一年後。
ようやく、あたらしいお仕事も軌道にのり、奥さまのご病気もよくなってきたときのことでした。
神父さまの教会が、原因不明の火事にあい、焼けてしまったのです。
そのときリアンは、ほかの子供たちや、なかよしのねこたちを逃がすためにとさいごまで火の中に残り、天に召されてしまったのです。
みんな、大いに泣きました。
王弟さまも奥さまも、神父さまやねこたちはもちろん……
いつもリアンをばかにしていた子供たちでさえ、ごめんなさい、ごめんなさいと泣きました。
おさない子供でありながら、これほどりっぱな行いをした者が、どうして王室にふさわしくないわけがあるでしょう?
お城のみんな、国のみんな、だれひとりとして、いまは亡きリアンが正式な王子さまとして迎えられることに、反対しませんでした。
そしてそれをもって、リアンの母親である奥さまも、正式に王家の一員として認められ、王弟さまも王家に戻ったのでした。
喪が明けて、祝福の中まもなく、ふたりめのお子も授かりました。
上の子の名から文字をもらって『リオン』と名づけられたその子は、すくすくと元気に成長していきました。
亡くなったリアンの面影をなぞるように、さいしょはなにごとも不器用だったその子はしかし――
リアンの年を越す頃からは、めざましく成長しはじめて。
やがて、少年から青年となる頃には、強くかしこく美しく、何ひとつ非の打ちどころのない、国中のあこがれの貴公子さまへと成長したのでした。
もちろん、王弟さまにとっても、リオンの成長は大きな喜びでした。
けれど、そのお気持ちはどこか晴れません。
さいしょから、認めてくれてさえいれば――
あの子が、リアンがひとり、火事に巻き込まれるようなことさえなければ――
そのきもちは王弟さまのなかでどんどんとふくらみ、くるしいほどになっていました。
そんなときに、しってしまったのです。
兄王さまの子である王太子さまが、実は女の子だということを。
王太子さまは御年十七。リアンがいきておれば、御年二十一になるでしょうか。
そう、本来ならば、リアンが、リアンこそが王太子。
次の王になってしかるべき存在だったのだ。
そう考えたとき、王弟さまの中に、あくまがうまれてしまったのです。
お兄さまと、そのご家族をおどして、むりやりにわが子リオンとの結婚をしょうだくさせ、王国の実権をにぎろうとしてしまったのです。
リオンが、ほんとうは王さまになんかなりたくないことを知っていながら。
愛する奥さまが、自分のたくらみに心をいためていることを知りながらも、止まることができなかったのです。