~うんめいの日~
けれど、かくしごとはできないもののようでした。
それからたったの数時間後。
お姫さまたちをおどしている男のもとには、離宮のしたばたらきだという男の子がひとり、いまのお話を『みっこく』しに来ていたのです。
「ふむ、そうか。わかった。
では、ほうびをやろう。
ひき続き、たのんだぞ」
「はい、おだいじんさま。おまかせくださいませ」
ごほうびの金貨を受け取ると、男の子はふかくいちれいして、おへやを出て行こうとします。
ここは、おしろの一室。
『おだいじんさま』とよばれていたのはなんと、王さまの弟さまでした。
それは、お姫さまや王さまたちでも、どうにもできないはずです。
「ところでお前。見ない顔だな。
名を名乗れ!」
しかもこの男は、とても抜け目のない男でした。
男の子の正体を、するどく見抜いて呼び止めます。
「あ、あの、わたしはそのっ……ルモッフィ、と……
さきおとといにお城づとめになったばかりの」
モッフールは、ひっしの度胸でうそをつきます。
それでも、男はだまされません。
すかさず、剣のじょうずな次男を呼びます。
「うそをつけ!
きさまごときのたくらみなんぞ、とうに別の間者からもれておったわ。
リオン!」
「はい、父上、これに」
リオンとよばれたその青年は、背も高くてハンサムで、まるで彼こそ王子さま。
しかも、とっても強そうです。
モッフールはそんなリオンに立ちふさがられて、その場で立ち往生してしまいました。
「あっ……あのっ……や、やめっ……」
「ふん、心臓の小さな化け物め!
姫もこんな奴のどこがいいのだか。
まあいい、こやつさえいなければ、姫もあきらめてリオンを婿にするだろう。
リオンよ。不埒の白竜だ。斬り捨てい!」
「したらば、ご免!」
「うわあああ!」
ざんっ、と、リオンの剣がいっせんすると、すさまじい光がはじけ、あとには小さな――まるでぬいぐるみのようなちいさな竜のからだが、ぽつん、ところがっていたのでした。
いまいましいことに、その左目のしたには、いまは亡き長男とよくにた特徴がありました。
いまいましい。男はそいつをぽん、とけとばそうとします。
でも、だめです。なにかがひっかかってきて、どうにも足がうごかないのです。
いまいましい。したうちをして、リオンに命じます。
「まったく、あっけない!
リオン、『それ』はお前にやる。姫にでも送ってやるがいい!」
「はい」
リオンはひざまずいて父親を見送ると、もふもふとした『それ』を、床から拾い上げるのでした。
王弟さまのご命令どおり、『それ』はお姫さまのもとへと届けられました。
お姫さまは、『それ』がくわえていたメッセージカードに目を通すと、『例のお話、お受けします』と、短くことづけて遠乗りに行ってしまったのです。
いくさきは、主をうしなった離宮。
モッフールがお気に入りだった、大きな天窓のへや。
そのまんなかのソファーにそっ、と『それ』を安置すると、お姫さまはひとりうつむいて、お城にもどってゆきました。
それからはあっという間でした。
そもそも『王太子さま』の戴冠式は、こんな事情でのびのびになっていたのです。
ご本人が承諾なさったとなれば、あとはあっというま。
それから二日と経たないうちに、戴冠式と結婚式の準備は整えられました。
いつもよりも念入りに飾られた玉座の前に、『王太子さま』は立っていました。
晴れやかな新王の衣装に身をつつみ、つめかけたたくさんの人々の前で、ひとりじいっとうつむいて、来るべき瞬間をまちわびていました。
と、高らかにラッパがなりひびきます。
玉座の間の入り口からはいってきたのは、美しく着かざった花嫁衣裳の『お姫様』です。
女の子にしては高い背は、かかとの高いお靴をはいているからだとごまかして――
りりしいお顔も、見事にメイクで作りかえ。
さらにベールとウェディングドレスで着かざってしまえば、もうだれも男だなんておもいもしません。
ため息の出るような、美しい『花嫁さま』は、白い礼装の父親にエスコートされながら、玉座の前へ、しずしずと歩を進めてゆきました。
玉座の前、『王太子さま』と『花嫁さま』、ふたりが向かい合ってたてば、神父さまが促します。
さあ、愛の口付けをと。
『王太子さま』は、ひとつ大きく深呼吸すると、『花嫁さま』のヴェールに手をかけました。
そして、その顔を見るや、にっこりとかおをほころばせ、愛のこもった口付けを『花嫁さま』にさしあげたのです。
『王太子さま』の手が離れたとき、いっしゅんだけ『花嫁さま』の左目のしたが白日のもとにさらされました。
そこには、ふたつならんだ小さなほくろ。
それを目にした王弟さまは、ぽかん、とお口をあけました。
その場にがくり、ひざをつきます。
そうして、ははは、はははと、涙をこぼしながら天を拝むのでした。