~お姫さまの恋~
「……あれれ?」
それからしばらくたったころ、モッフールはようやくなにかがおかしいことに気付きました。
ぼく、悪いドラゴンになれてないじゃん!
悪いことをするなんてかんたんだ。なんて、いったいだれが言ったんだ。
とんでもなく、むずかしいじゃないか。
ああ、ほんとにぼくはだめな子だ。せっかくまぼろしのドラゴンにうまれかわったのに、悪い子にさえなれないなんて!
「モッフールさま」
おちこんでいると、だれかが声をかけてきました。
ふりかえればそこにいるのは、王太子さまでした。
ただし、今日はお城のメイドさんのかっこうをしています。
いつものりりしいお姿もすてきですが、ふりふりかわいいメイドさんのおようふくもまた、とってもよくお似合いです。
うわあ、きれいなひとってとくだなあ。とすなおに感心しながら、モッフールはいつもの、男の子のかっこうにへんしんします
(と、いうのは、もとのすがたのまんまだと、おたがいに首がつかれちゃうからです)。
「こんにちわ、王子さま。きょうはどうしたんですか?」
「……おりいって内密のお話が。ふたりだけで、話をさせていただきたいのです」
そんなわけで、ふたりは離宮の一室で、ないしょのおはなしをはじめました。
そこで明かされたのは、とんでもない秘密でした。
「モッフールさまもお気づきかもしれませんが……じつは、わたしは女なのです」
「えええっ?!」
「母上は身体がよわく、これいじょう子を生むことはできません。
しかし父上は母上を深く愛しており、別の女性をむかえるなどはできないと……
女のわたしを、あとつぎとして、王太子として育ててこられたのです」
「そ、そうだったんです……か……」
いえない。まさかいまのいままで、気付いていなかったなんて。
人知をこえる頭脳を持っているくせに、肝心なところではぼけぼけのモッフールでしたが、まっ正直にそれを口にするほど『ぐちょく』ではありませんでした。
ひやあせをそっとぬぐいながら、ひっしにごまかします。
王子さま、もといお姫さまは、そんなモッフールのようすを知ってかしらずか、真剣なごようすで話をつづけます。
「それでも、いつまでもだましおおせるものではないのです。
じつは、わたしの秘密は、ある男に知られてしまっております。
その男は、そのことをたてに、わたしたちをおどしてきたのです……
『姫の戴冠式の日に、自分の息子と姫をうまく結婚させろ。
そうして、姫と入れ替えに、彼を王さまにしろ。
さもなければ、この秘密をくにじゅうのみんなにばらす』と」
モッフールがおどろいていると、お姫さまはさらにいいます。
「もともと、いずれはばれてしまうひみつでした。
わたしが王になったら、いずれはお妃を迎えなければならない。
そのときにはいやでも、このひみつはばれてしまうのです。
だから、国のためには、このおはなしを受け入れるべきなのでしょう。
けれど、モッフールさま。わたしにはこころに決めた方がおります。
……あなたさまです。
わたしはもう、あなたさま以外のおよめさんになどなりたくありません。
どうか、どうか、おたすけください」
そういって、お姫さまはなきくずれました。
いつもあかるく、気丈な王子さまとしてふるまっていたとしても、なかみは悩める女の子。
その苦しみは、どれほどのものだったでしょう。
たすけてあげなきゃ! モッフールは決意します。
こんな自分に、うまれてはじめて、愛を告白してくれた女の子。
それを、邪険になんてできるはずもありません。
いいえ、はっきりといいましょう。
このときモッフールも、お姫さまに恋をしていたのです。
いったん、うけいれるふりをしてください。
さいごのさいごできっと、逆転してみせます。
モッフールはそういって、お姫さまをかえします。
お姫さまは、モッフールのひだりのほっぺたの、そこだけふたつ、くろい小さなほしもようがならんだところにちゅっと、やさしいくちづけをしてくれました。
さあ、こうなったらゆうき百倍。モッフールはさっそくうごきだします。