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天津飯  作者: 淀川十三
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I'm looking through you


「食い逃げしたろ」と、そう思ったが矢先、俺はテーブルに二千円を置いて、「ご馳走さま!!」と大声を出して店を出た。



こうしておけば、金置いて急いで店を出たがうっかりして会計が足りていなかったと言い訳が出来るし、或いは伝票の7を0と読み間違えたという言い訳も後から成り立つ。ああ、俺は賢い。やっぱり作家に向いているな、なんてクソみたいな事考えながら俺は必死に走っていた。2700円すら払えない俺、走りまくっていた。そうしたら次第に、既視感からなのか、走馬灯のように中学生の頃の思い出が蘇ってきた。







「ねえ、それ何書いてるん?」



休み時間に声を掛けてきたのはクラス一、いや学校一の美人であろう女子、斎藤さんだった。そんな斎藤さんが俺ごとき不細工で陰気な奴に話かけてきたのだから、俺が動揺しまくった事は言うまでもない。「いや、その、あの」と俺は小便漏らしたガキのような情けない声を発し、急いで手帳をしまった。実はその手帳には深夜ラジオに投稿するためのネタが書かれていた。



「ねえ、チラッと見えたけど、もしかして漫才のネタとか?」



「いや、それは、ちが、あわわ」



「急に邪魔しちゃったみたいでごめんね」



「……」



「でも君、大人しいけどホンマは喋ったらおもろい人ちゃうんかなと思ってん」




そうや、そうやねん! 俺は他の奴なんかよりおもろい自信がある。ツイッターでも俺のラジオネームを検索すると「おもろい」「悔しいけどセンスの塊り」とか呟かれている! そのことを彼女に言いたかった! でも緊張しまくって言葉が出てこないし、まず彼女の顔が見られない。


今の俺ならきっと「実は深夜ラジオのネタ考えてるねん」「斎藤さんもお笑い好きなん?」とかさらっと言えたはず。でもあの頃の俺は「…」黙ってるばかりだった。



俺はその場の空気が耐えられなくなって教室から出て、斎藤さんから逃げた。


斎藤さんは可愛さだけではなく笑いのセンスもあった。教室でも授業中にまるで大喜利のごとく積極的に発言していた。俺は彼女のそういうアナーキーな言動にとても惹かれていた。斎藤さんのことが好きで好きで好きで好きで好きでたまらなかったのに、ごまつぶみたいな勇気しかなくて、俺は結局なにも伝えられなかった。



斎藤さんは、やがて同じクラスのサッカー部のイケメンと付き合った。二人はお似合いに思えた。俺みたいな吐瀉物のごとき人間は、薔薇のような彼女には相応しくないのだ、と自分に言い聞かせた。









中華料理屋から走りにげて、気づけば俺は家にいた。今日の俺は生涯最低にクズだ。俺はあの頃から本質的には何も変わっていない。もはや逃げることが俺の宿命になってしまっている。本当に、今日の俺は生涯最低にクズだ。




翌日、俺は食い逃げした中華料理屋「大鳳軒」の前に立っていた。店の人に正直に言って謝り、昨日の代金を支払おうと思ったのだ。この事件を片付けないと俺は本当にクソったれな人生しか歩めない気がした。店は、午前中なのでまだ営業前だった。俺はふと展示されている料理サンプルを見た。びっくりした。『天津飯・700円』うそん。天津飯は1700円ではなかった。俺のほんとうの会計は1700円であり、つまり俺は2000円を置いたことによりちゃんと支払っていたのだ。しかも300円のチップ付きで。



俺がその後、鼻歌歌いながらルンルンで帰ったのは言うまでもない。なんやええ気分やから久々に風俗行って抜いたろうと俺は思った。そや、ソープ行ったろ。俺の気分はルンルン。ランラン。であった。













目の前に立つ半裸の女がたしかに中学の時の同級生、斎藤であることは明らかであった。うす赤い照明のかかるベッドと風呂場があるだけの小さな部屋のなかで、中学の同級生が立ち並ぶ。そこにはなんとも言えぬ奇妙な空気が充満していた。ややあって、斎藤は黙って俺の服を脱がせた。「シャワー浴びましょう」と斎藤は小さな声で言った。



それはまるで保健体育の授業で見せられるようなお手本みたいに質素な営みだった。俺たちのプレイは熟年夫婦みたいに単調で味気なかった。料理でいえば、ご飯と味噌汁と漬物といった感じであった。



シャワー浴びながら俺はここに来て初めて話しかけた。



「あれ、ネタ帳や」



「え?」と斎藤は泡のソープで俺の股間をつかみながら顔を見上げた。



「中学の時聞いてきたやろ、手帳に何書いてるのって」



「そんなことあったっけ」と斎藤はシラを切ったがその顔は動揺していた。



俺は最初に斎藤を見た時から思い浮かびプレイの最中も頭から離れなかったあることを言ってみようと思った。多分断られるだろう。でも今さら恐れることは何もない。俺はそれを言いたいし、言うべきだと思ったのだ。


俺は言った。



「斎藤、俺とコンビ組まへんか?」



「ええよ」と言った斎藤の澄ました顔が俺は今でも忘れられない。



斎藤のことは「腐れおめこ」に詳しくかかれていますので、そちらも是非お読みください。

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