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天津飯  作者: 淀川十三
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Run for your life

自室に閉じこもり小説に読み耽る生活を続けていたら、気付けば一週間たっていた。買い溜めしていた煙草も切れた故、街に出て散歩がてらヤニ買うて中華料理屋にでも入ってまともな飯を食うてこましたろ、と思い立った俺は財布とライターと携帯電話をジーパンのポケットに突っ込み適当にジャケットを羽織って家を出た。




季節は夏をとっくに過ぎて、短い秋も終わりを告げよう晩秋であった。そうそう晩秋と言えば原節子と笠智衆らが演じた小津安二郎監督の傑作ホームドラマ、って、それ「晩春」や。なんてね。せっかくやし、一人で飯食うのもあれやから久しぶりにガールフレンドに電話したろうと思ってiPhoneXなる最新型携帯電話の連絡先一覧を開いたところ、俺は肝心な事を思い出した。「俺、ガールフレンドおらなんだ」と、俺は声にも出してしまった。やれやれ。畜生。アホンダラ。




こうなったら男でもええや、誰か暇そうな奴探そうと思ってスマホ画面を上下にスクロールしながら俺は不吉なことを考えてしまった。だがしかしそれは恐らく事実であることが俺の胸を一層強く締め付けた。「俺、この街に友達誰もおらんぜよ」はいはい、今度はぜよが来ましたよ。俺がぜよを使うなんてそれはもう相当動揺していることぜよ。




ポケットに手を突っ込んでタクシードライバーのトラビスみたいに歩きながら俺はここ一年半の自分の行いについて振り返ってみた。高校卒業してフリーターしながら作家になろうして地元でくすぶっていたが、シナリオコンクールで大賞を撮ったのをいい気に脚本家として独り立ちしようと上京したのも束の間、季節外れのインフルエンザにやられおまけに病院からの帰り道に年寄りの女が乗るクラウンに轢かれて右腕骨折。再び病院にトンボ帰り。幸運にも俺を轢いた老女はそれなりに社会的地位と金もあるらしく二百万円くれたが、当初する予定だった執筆の仕事も流れて無職になった。




仕事が流れた事には気が沈んだが、俺は二百万円もの大金に浮き足立ち、酒を飲み、女を買い、モラトリアムな日々を過ごしていた。そんな矢先、出会い系アプリで知り合った女(23・エステシャン)は自室に隠していた俺の金をパクり失踪。何故銀行に預けなかったのか死ぬほど後悔したが、まあ女なんてこんなもんさ、その気になりゃもっといい女すぐ見つかると自分を励ました俺、近所のコンビニでアルバイトをはじめコツコツとお金を貯め、やがて同じ職場の同い年の女の子と恋愛関係になった。捨てる神あれば拾う神あり。生きてりゃいいことあるさ。幸せな日々も束の間、彼女、コンビニの店長(46・男)と交際関係であることが発覚。結局、俺は3ヶ月でコンビニを辞めた。




完全に自暴自棄になった俺は開き直った。心機一転。生活を変えようと酒をやめ、図書館でヘミングウェイやブコウスキーや織田作之助、町田康など健全な本を借りて、これらを読み、初心に戻り、一から創作活動に励もうと決意したのであった。




そんなビター・スウィートな上京物語を思い返していたら駅前の「味楽」なる中華定食屋に到着。定休日だった。やれやれ、仕方がない。こんな日もあるさ。せっかくだからどこか遠くの知らない街に出かけてそこで美味い飯ったろ。俺はいつでもスーパーポジティブシンキングなのさ。ケセラセラ。




中央線に乗り込んで新宿に出て山手線に乗って巣鴨で降りた。煙草屋でハイライトを買った。店前で一服し、煙草屋のおばはんにこの辺になんや美味い店ないかと聞いたら松屋があると言った。


「おばはん、松屋はチェーン店やろ。なんや他に穴場の店ないんですか」と俺は丁寧に聞いた。


「知らん」


「せやかて一つくらいあるでしょ」


「あるけど松屋行った方がいい」


「あるんやったらその店教えてくださいよ」


こんなしょうもなやり取りを交わした末、おばはんからその店までの道のりを教えて貰い、ありがとうと言って去った。おばはんの情報によると商店街を抜けてしばし右に歩くとその店があるという。そう言えば松屋に行ったほうがいいというおばはんの発言が些か気になったが、果たして不味いのだろうか。まあええや、成るように成るさ、レットイットビーだよ。




「大鳳軒」という赤色の堂々たる暖簾の前に俺は立ち、店の中を覗いていた。店内は大きめの王将という感じの広さで客層は年配客と大学生らしき集団がちらほら。割と小綺麗な店だった。なんや良さそうやんと、俺はその店に入った。俺はもう入る前から食べたいものが決まっていた。天津飯である。今日は朝から無性に天津飯が食べたかったのだ。俺はもはやメニューを見ずに店員に「天津飯ありますか」と声をかけ、「ある」てな訳で「じゃあ野菜ラーメンと天津飯ください」と注文した。




出てきた天津飯と野菜ラーメンは可もなく不可もなく。これならどこでも食べられる味だなと思ったがまあ知らない街の知らない店でこうやって食事するのも悪くなかろう。俺はペロッと飯を平らげて爪楊枝で歯をほじくりながら伝票を見た。たまげた。2700円。


天津飯が1700円、野菜ラーメン1000円。いやあ高すぎる。法外や、アホンダラ。俺はもう一度伝票を凝視した。乱雑に、でも確かに2700円と書いてある。なんじゃこの店。やれやれ。あの煙草屋のおばはん、なんで言うてくれへんかったんや。ボケぇ。




俺は財布を取り出して中身を確認した。おまま。二千円しかない。どないしよ。店員に正直に言おうかなと思って店の周りを見回したがホールに店員はおらず。奥の厨房で談笑していた。気づけば客は、俺と年寄りの爺さんだけである。


俺の席は店入ってすぐ手前。爺さんは俺の二つ前のテーブル。こうなってくると俺の頭の中ではある野蛮な、しかしこの状況をくぐり抜けるドラマ的に定番のパターンが思い描かれていた。俺はその悪魔を必死で退治しようとしたがそいつは俺の頭の中から離れる事はなかった。「食い逃げしたろ」と、そう思ったが矢先、俺はテーブルに二千円を置いて、「ご馳走さま!!」と大声を出して店を出た。こうしておけば金置いて急いで店を出たがうっかり金が足りていなかった、或いは伝票の7を0と読み間違えたという言い訳が後から成り立つ。ああ、俺は賢い。やっぱり作家に向いているな、なんてクソみたいな事考えながら俺は必死に走っていた。商店街を走り抜けて駅前に出た。そこから線路沿いを走って気がついたら大塚。隣の駅まで来たのか、ここまできたら安心だろう。











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