私とカミサマと化け物
昔からほんの少し不思議なモノを見た。
猫なんていないのに猫の影が歩いていたりぼんやりとした人形がゆらめいていたり何もない所で転けたと思ったらケラケラと笑い声が聞こえたり。
そんな不思議なモノを見た。
子供の頃は、それが何なのかいまいち良く分かっておらずたまに不可思議な事を言う子供だと思われていた。
それを自覚したのは、小学一年の頃だ。
自分の世界とは違う別の世界があると知りそれに口をつぐんだ。
知られてはいけないと思ったからだ。
もう嫌だと思いながらゆっくり息を吐く。
ゆらゆら揺れて歩く影を追い越しながら真後ろを這うカタマリを剥がそうと早歩きになる。
真夏日だというのに自分の周りだけ嫌に冷たい。
「チッ...しつこい」
スルスルと人の波を避けながらこちらに手を伸ばしてくるベトベ○ーの真っ黒版みたいなモノを避けながら徐々に人気の無い方へと向かう。
首につるしたカプセルネックレスが淡く光るのを見てまた舌打ちが出る。
ヤバイモノほど光の強さが大きくなる。
そういう道具だとあの胡散臭い祓屋は言っていた。
つまり、後ろのはそこまでの力はないということになる。
だが、本能的にあれはヤバイと分かるモノだ。
近寄ってはいけない、触ってはいけない、見付けてもいけない。
そういう類いのヤバイヤツだ。
「あの、クソ野郎ッ...絶体不良品寄越したな!!」
ざらざらと細石をばらまき白檀のお香袋を
放り投げる。
ぎゅあぐゅあという気持ち悪い声を上げて足を止めた真っ黒を見て清め塩をぶん投げる。
そこからスタートダッシュを決めるように全力で走る。
普通の人があれを見たら一発で穢れにあてられ捕まれば一発であの世だ。
あれは、きっとこの世の穢れに近いものだ。
絶体に捕まったら死ぬと分かるアレに怯えつつ走る。
陰陽師でも祓屋でもない私が生きる手段は逃げるか奥の手を使うかだ。
「マズイマズイマズイマズイッ!!」
ずるずると不快な音が近寄ってくる。
確実に私を喰らう為に腕を伸ばしてぐあぐあと不快な声を上げている。
簡易結界札を木に張り付けると端から腐り落ちていくのが見えた。
足止めにもならないらしい。
「アイツ絶体にぶん殴る」
走りすぎて太股と脹ら脛が痛むのを我慢しながら足を動かして恨み言を吐く。
あのいけすかない祓屋のすかした面をぶん殴るのだ。
絶体に生きて帰らなければならない。
『さぁちゃん、僕が喰べてあげるよ』
するりと頬を撫でる美しい手にぞわりとする。
ふわふわと浮いている人形を睨むように見上げると白布に隠された顔がニコニコと笑うのが一瞬見えた。
「...対価はなに」
コイツが私をタダで助けるわけはない。
タダより高いものはないと昔の経験で嫌というほど知っているのだ。
『んふふ...さぁちゃんは、賢くて可愛くて
話が分かるから、僕だぁいすき』
ネットリとした話し方にゾッとする。
よりにもよって今日憑いてきた
のがコイツとか運がない。
『そうだなぁ...血も良いけどぉ...そろそろもっと質量があるものが欲しいなぁ』
後ろの化け物よりもタチが悪いと内心舌を打つ。
この生死を決める時にこういう取引を持ちかけるからコイツは苦手なのだ。
「...質量...ね」
爪や髪では納得しないということだろう。
肉を寄越せと明言しない辺りに性格の悪さを感じる。
ニコニコと笑うタチの悪いモノがゆっくりとこちらに手を伸ばす。
痛いのは嫌だが後ろに喰われるのはもっと嫌だ。
アレに喰われればあの世にもいけないと分かるからだ。
仕方がないと諦めようと思った瞬間、キラキラと自分の周りを何かが囲う。
『婢讎...意地の悪い事をするな』
少し咎めるような口調で婢讎をたしなめたのは歌舞伎の女役みたいな格好をした
壺装束を被った婢讎と似たようなモノ。
『...瑛護』
ここにいる奴らが全員人じゃないという状況に胃が痛くなる。
しかし、瑛護がいれば身の安全は守られる。
昔の貴族の女性みたいな格好をした瑛護がそっと撓垂れ掛かってくるのを黙認しつつため息をつく。
『それでも対価は貰うぞ』
婢讎は、不貞腐れたように少し拗ねた声でいった。
対価を払わないと自分が酷い目に合うことも身を持って知っているので文句はない。
『私はいつもので善い、この界を張るのにそこまでの力はいらないのでな』
パサリと扇を開いてクスクス笑う瑛護に原石水晶と白檀の香を渡す。
彼女(?)は、大体これを欲しがる。
高いときは、本当に高い宝石になるので二分程度の結界を張ってくれる時は原石水晶と彼女(?)のお気に入りの白檀を渡す。
『瑛護は、そうやっていい子ぶって...痛い目に合うのはお前だぞ、さぁちゃん』
こういう忠告をくれるのがコイツの良いところだ。
怖いワガママがなければ頼るのだが、頼りすぎるのも良くないのは分かっている。
『僕には、血で良い。
足りないのは喰って足すからいらない』
ぐわりと婢讎の雰囲気が変わり背筋が粟立つ。
「...っ」
針で指を指して差し出すと引っ張られるように血が抜けていく。
大玉のビーズ位の大きさになった血玉をぱくりと呑み込んだ婢讎はうっそりと笑う。
『さぁちゃん、目を閉じて瑛護の傍にいて』
婢讎に言われるままというより抱き付かれている為に動く必要もない。
『うふふ、私が護ってあげる』
そっと目を閉じて息を細く吐く。
ぐゅあぎゅあという声が蝉の鳴き声のような悲鳴じみた叫びに変わった瞬間、ゾッと肌が粟立つ。
何かが死ぬときの声が嫌いだ。
幼いときから聞いた死の声が記憶にこびりついて離れない。
あの頃は、まだなにも知らなかった。
私の傍にいるモノタチが人じゃない事も私を喰らう為に居ることも。
『もういいよ、帰ろう』
そっと頬を撫でる手に促されて目を開ける。
暗い公園の道には、もうなにもいない。
私にしか見えない夥しい血痕は、そのうち弱いアヤカシや穢れに喰われて無くなるだろう。
「...ありがとう」
婢讎と瑛護は、クスクスと笑う。
なにも知らない無知な幼子をみる目で愛でながらいつでも殺せる小さな命を嗤うようにうっすらと微笑む。
味方は、あの人だけ。
そう思っているのも私だけかもしれない。
それでもあの人だけは、私を見捨てないと約束してくれたのだ。
「やぁ、憑き人ちゃッ???!!」
「くたばれクソ祓屋」
あの日から数日経ってから胡散臭い祓屋の店に寄った。
コイツを殴る為である。
「不良品寄越しやがって...死ね」
ネックレスを放り投げるとヤツは首をかしげながらしけしげとそれを確認する。
「違うよ、憑き人ちゃん。
これを壊したのは君の側にいる化け物さ」
ゾッと背筋が凍った。
しかし、納得もしてしまった。
アイツらは私が死ぬのを待っているのだ。
魂だけでも回収できれば良いとでも思ったヤツがいても可笑しくはない。
「相変わらずヤバイのに命を狙われてるね」
ケタケタと笑う祓屋を睨み付けて店を出る。
必要な札も水晶も買った。
ここに用はない。
「頑張らなくてもいいんだよ、憑き人ちゃん。
いつでも僕の研究所に来て実験体になってもいいしね。
そしたらきっと、助かるよ?」
「お前みたいなのに身体を弄られてたまるか、変態クソマッドサイエンティストが」
そう吐き捨てればケタケタと笑い声を上げてヤツはチェシャ猫のように口角を上げた。
「君のカミサマに殺されたくないからね。
冗談さ、半分は...ね」
チッと舌打ちをして店を出ると何時もの路地裏に出る。
相変わらず意味のわからない術を使う。
『アイツ...僕きらいだなぁ』
婢讎が不機嫌そうに呟いた。
無闇に殺さない主義とかいう婢讎は、矢鱈と実験体に妖や化け物、呪いなどを使うアイツが嫌いなのだろう。
「でも、役に立つから」
私に危害がない限りはアイツを使うと言外に言えば婢讎は、ふんと鼻で嗤う。
『甘々なさぁちゃんは、あのゲテモノの事を捨てられないんでしょ』
そんな事はないし、心外である。
それが顔に出たのだろう婢讎はコロコロと楽しげに笑って言った。
『出なきゃとっくに僕らの餌になってるもの』
うっそりと、婀娜っぽく嗤う婢讎を横目に見てため息をつく。
「そうね、アンタ達があの人に勝っていれば
私はとっくに餌だったわ」
仕返しのようにそういうと退廃的な雰囲気が一瞬で怒気へと変わった。
『...そう...アイツが居なければ...僕は...お前を......』
恨み言を吐いてフッと婢讎は姿を消していった。
「さて、学校行かないと」
スタスタといつも通りに足を動かしていけばゆらゆらと揺らめく黒い影や光の玉、道路には手が落ちている。
いつもの狂った現実だ。
あちらとこちらのモノに憑かれる私が今も生きているのはカミサマのお陰だ。
「ありがとう、神様。
私は今日も生きています」
ブレスレットにそっと口付けて言うとキラリと光った気がした。
怖くないちょっと不可思議な話を目指しました。
地味にあった体験談を大きくして大きくして固めた話です。
夏は不思議な出来事が多いっていうけれど
年中どこかしらで不思議な出来事は起こっているわけで...
滅多な事はしないほうが身のためです。
まぁ、お盆だからはっちゃけてもご先祖がタスケテクレルカモ(目反らし)
続かないかもしれない。