エピローグ、それは、まるで魔法のような
研究室と呼ばれる長い廊下を、先生と歩きながら話している。先生は、ここでは博士と呼ばれていた。助手たちの話では大変有名な人らしい。
先生は白衣の襟を正しながら、
「いつから気づいていたんだい」などと意地悪を言う。
「気づきたくなくてずっと最後まで残った人間に、それを聞きますか。それとも、これも実験の成果として聞きたい情報ですか」
実験。そうすべては実験だった。
身寄りのいない子どもたち8人を集めて、世間とは大きく異なる社会、つまり魔法の学校で過ごさせるという実験。杖に用意したセンサーと子どもたちの位置情報、学校中に仕掛けた小型カメラと音声認識で魔法を再現させるということからも、それが大掛かりなプロジェクトとみてとれる。例えば、施錠呪文が存在すると見せかけるために、学校中の全ての扉に仕掛けが用意されている。風魔法に関しては場所に制限があるという知識を与えた上で、風を吹き出す機械を設置した場所にだけ発動するように工夫している。魔法を教わった者は、確かにあの学校の中でだけなら、魔法使いになれるというわけだ。
そしてその実験で、その時の僕らの様子、魔法のある環境で僕らがどういう性格に育つのだとか、いつ世間との違いに気づくのかとか、そんなことを調べるために僕らを観察していたのだ。
しかし、その実験に何の意味があるというのだろう。そんな話は知りたくなかったし、できれば今この廊下を歩いていること自体がうそだといってほしかった。
「君が話したくないなら無理強いはしない。君たちの人生の、一番大切な時期を奪ったのは間違いなく私だ。だから、今更心を開けなんていうつもりもない」
先生は、はじめはもっと簡単に考えていたといった。何も知らない子どもたちに学校生活を押し付ける代わりに、学校を卒業した生徒には本人の望むことをさせてやればそれでよいと。
「8人目、君は覚えていないと思うが、サム君はね。大変好奇心の強い子で、実は初日にいきなり言いつけを破って職員室に入った」
すぐにクリスが気にしていた人物のことだと気づいた。先生の話では、その子はその子の希望で、毎週のように世界中を旅しているらしい。
「逆に全く心を開いてくれなくなって、私の顔など見たくないといってここを飛び出してしまった子もいる」
なんでも1人で生活すると言い出し、今は本当の学校に通いながらアルバイトをしているらしい。資金面はさすがに手を借りたらしいが、それもそのうち全額返すといわれてしまったとか。名前は聞かなかったが誰かは想像がついた。さすがはウルリカというべきか。
「そうそう、エレン君には『俺たちの人生を馬鹿にしているのか』って、一発殴られたよ」
そう言って先生は、あの時の痛みを思い出したのか、茶色の瞳を細めながら、右頬を擦った。ただ先生の話では、そんなエレンも今はクリスと一緒に別の研究所で勉学に励んでいるらしい。魔法とは違う、魔法の学校の外、世間についての勉強をしているのだとか。
「君のようにあの頃が忘れられない子もいたね」
オリビアの杖は、はじめから壊れていたわけではなかった。ただ、彼女は実は相当の負けず嫌いだった。皮肉なことに魔法の練習のしすぎで、杖を振りすぎたらしい。不注意でいろいろなところにぶつけてしまって、センサーの感度が悪くなってしまった。学校にいられなくなった彼女は、こんな場所のことはどうでもいいから学校に返してといって、しばらく部屋に閉じこもったままだったという。
「イリーナがいてくれたおかげでどうにか落ち着いているが、大変だった」
話はイリーナにうつった。
「イリーナかい?彼女は私の助手をしているよ。私のプロジェクトはここだけじゃない。ほかの研究所で、今はリナと一緒に働いている」
僕は、先生の話の中にでた言葉に思わず反応した。
「リナ?」
「実は、彼女は私の娘なんだ。研究を手伝うと、そういってくれてね。ずっと、僕のことを先生として扱ってくれていた」
「そうなのか」と僕は意外だった。てっきり、リナはイリーナの手紙で魔法の学校の真実に気づいたのかと思っていた。だが、実のところ、リナははじめから全て知っていたのだ。つまり、1人だけ『違う情報』を持ちながら、彼女はあの学校の生徒を演じ続けていた。
「しかし娘には、プロジェクトが終わった暁には全員と必ず連絡がつくようにしろと言われている」
その言葉にはっとした。たとえ彼女がすべてを知っていたとしても、おそらく何も変わらないのだということに。そして――、
「社会は変わっても、あの時いたメンバーが大事なことには変わらないからとね」
同時にそれで初めて気がついたのだ。
そうなのだ、望めば会えるのだ。
時間はあらゆるものを変えてしまう。けれどその中にも変わらないものはある。それが皆の心だ。そして、たとえあの学校が『うそ』にすぎなくても、その出来事自体が消えたわけではないのだ。
「リナとの約束だ。君も帰ってきたし、8人全員集合するように取り計らった。この先の部屋でみんなが君を待っているよ」
胸が高鳴るのを感じる。顔が嬉しさのあまり、朱を帯びていた。
もうすぐで、皆に会える。かけがえのない皆に。会った覚えのない8人目とも、ぜひ会ってみたい。
おそらく、全員が全員、あの頃の皆ではないのだろう。魔法の学校を卒業した後で、彼らはそれぞれ変わっていったはずだ。
それでも確かに、僕らはつながったままだ。あの『魔法の学校』という輪で。
そう思うと――、
それは、その絆は、まるで魔法のようだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
拙い文章ではありますが、皆さんの心の片隅にでも残りましたら幸いです。
また、今後、誤字訂正のため改稿表示が入ってしまうかもしれません。シナリオ自体を大きく変えるつもりはありませんので、あらかじめご了承ください。




