6、卒業
1日、2日、3日……。4日、5日、6日……。
毎日が意味もなく過ぎていく。
教室にある机といすは僕のだけ。他は片付けられてしまって、あの頃の光景は見る影もない。
ある時、先生が質問した。
「君は本当は気が付いているんじゃないかい?」
それはリナと同じ質問だった。先生もなのだ。僕たちを選んだ側の、この学校を『始めた』はずの人が、そんなことをいう。
「……先生こそ、本当は学校を辞めたいのではないですか」
先生は目を細めただけで、その言葉を否定しない。
「そうかもしれない。けれど、私は先生を辞めないよ」
先生は僕に質問した。
「学校に最低限必要なものはなんだろう?」
唐突の質問に、僕はすぐに答えが出てこない。その間に、先生が答えを用意していた。
「生徒に、先生だ。それに、教える場所も必要かな」
それから、にこっと先生は笑った。
「君が生徒であり続ける限り、私は先生を辞めない。約束するよ」
***
先生との授業は、それからも続いた。僕はただ授業を受け続けた。カリキュラムが完全に終わり、復習漬けの毎日になった結果、とうとう僕はこの学校に用意されている全ての魔法を習得した。その後も、復習は終わらなかった。使えるようになった魔法を、さらに完璧にするかのように学び続けた。
使えるようになるのに何年もかかった魔法だから、一通り復習するにも時間がかかるはずだった。ところが、それすらも今ではあっという間に終わってしまう。1巡目、2巡目、繰り返すほど早く終わってしまうようになり、そのループが次から次へと続いていく。すぐに終わってしまう魔法の復習の繰り返し。無心に、ひたすら続ける。飽きなんてものはとうに通り越していた。魔法のカリキュラムが終わってもしがみついていたかった僕は、ただ魔法を使い続けるほかなかった。それがどんなに苦痛でも、それ以外のことをするのがもっと苦痛だった。そうやって延々と魔法を使い続けた結果、僕はある日、熱に浮かされた。
熱い。高熱が僕を襲い、体をだるくさせた。満足に動けない体は、ベッドからでるのもままならなかった。その熱さの中で、夢を見た。
皆がいた。リナがいて、僕を呼んだ。エレンがクリスをからかっていた。オリビアとイリーナがおしゃべりに花を咲かせている。ウルリカは相変わらずぽつんと外れて一人で本を読んでいた。
その中に入れてくれ。
僕は叫んだ。ところが、どういうわけか、そこにいる皆のもとに行こうと走っても全然たどり着かない。それどころかどんどん離れていく。
「待ってくれ」
僕は叫んだ。声が出る限り叫び続けた。それでも皆が遠ざかっていく。ああ、届かない。
はっとすると、僕はベッドの中で汗だくになっていた。そうだ、届かないのだと思った。あの頃に戻りたい。あの楽しかった頃に。それなのに、皆が僕を置いて行ってしまう。
ふいに、僕は初日のことを思い出した。先生は初日の日、こういったはずだ。『校則を破らない限り、魔法の学校にいられる』と。
『うそ』だ。そう、先生に言いたくなった。僕は、魔法の学校そのものは『うそ』でもよかった。ただ、皆と一緒にいたかった。それなのに、校則を守っていても、周りの皆が僕を置いて行ってしまった。しがみついていればずっと続けられると思っていたのにだ。
気づけば学校にあった景色がなくなり、魔法の学校は僕のいた学校ではなくなった。つまり、魔法の学校に、僕はいられなくなった。
今いるのは僕だけがいる、『うそ』の学校。それはなんて空しい世界だろう。
ああ、確かにこれは無意味だ。リナが『意味ない』といった、あの言葉を思い出した。魔法の学校で、皆といたときには確かに意味があった。僕は充実した楽しい毎日を送ることができていた。けれど、今は『意味がない』。楽しくなんてないのだから。
翌朝、熱が冷めた僕は学校内を渡り歩いた。2段ベッドからおり、食堂を覗く。寮の共有スペースで、明かりを何回か変えてみる。
やっぱり、違う。そう思った。
図書室に入り、本を見回した。噴水のような水のある教室に入り、魔法のオルゴールが置いてある倉庫も覗いた。職員室の鍵だけを開けてそのまま通り過ぎ、積み木の置かれた教室も入った。
最後に、初日にいた教室にいくと、そこには先生が待っていた。
「おはよう、ポール君」
「おはようございます」
挨拶だけ済ませると、僕は杖を差し出した。
赤茶色の杖。一体この杖で何回魔法を使ったことだろう。けれどもう、この杖で魔法を使うことはないのだ。
「先生、僕も『卒業』したいと思います」
その手に握られる杖が、音を立てて半分に折られた。
中に入っていた小さな歯車が、ころころと床の上を転がった。
先生はそれに拍手で答えた。
「そうか。とうとう決めたんだね。ポール君、卒業おめでとう」




