4、一人目と三人目と四人目
ウルリカがいなくなったことで学校生活は変わってしまうのではないかと思ったが、そうはならなかった。先生はいつもと同じように授業を続け、僕たちは普段と変わらず課題が分からないと嘆くばかりだ。こうして人が1人がいなくなってしまってもその隙間は日常に埋められていくのだと、僕は妙に実感した。
そうこうするうちに1年が経ち、僕たちの魔法の授業はさらに難しくなった。それと同時に、生徒たちの間ではっきりと差が生まれだしていた。
「さぁ、今日も昨日の続きをやってみよう」
教室の真ん中に置かれたのは、水晶玉だった。まずはリナが進み出て、杖を振るう。水晶玉の中で真っ白の光が爆ぜた。彼女の杖の動きに合わせて、それが光の道を作るように水晶内を移動する。どこからか感嘆の声が上がった。
「はい、じゃあ次」
指名されたのは僕だ。残念ながら僕はリナほどこの手の魔法は得意ではない。僕が何回か杖を振るうとようやく、水晶玉の中で光が爆ぜた。僅かに杖の動きに合わせて光が走っていく。
よかった、消えなかった。
ほっと胸をなでおろす僕に、「やるじゃねぇか」とばかりに小突いたエレンが杖を振るった。エレンが振るうと水晶玉は一瞬で光に満ち、そして白色に塗りつぶすかのように光の線が霧散した。リナの繊細さとは違う、豪快な魔法にエレンらしさがでていた。
そして、次がクリスだった。クリスは何回も杖を振るうが、僕からみても振るい方がなっていなかった。あれでは杖は答えてくれない。案の定、何も反応せず、クリスの出番が終わった。
それから、イリーナ。彼女が流れるように杖を振るうと、それに合わせて水晶玉が点滅した。くるっと杖の向きを変えてやれば、白い光が、まるでスケートリンクにいるかのような滑らかさで、水晶玉内を軽やかに踊る。
最後に、オリビア。彼女は呪文とともに杖を振るったが、水晶玉は反応しない。何回か振って、ようやく水晶玉がわずかに点滅した。弱い光だが、確かに魔法は成功だ。
だが、それが気に食わなかったらしい彼女は、何回か強引に杖を振った後、杖を捨てた。
「あっ」
皆が驚いた顔をした。杖を粗末に扱うなんて、僕たちの中では考えられなかったからだ。
「オリビア、杖が泣いているよ」
諭すように言って、先生がオリビアの杖を拾い上げる。
「でも、先生、私の杖は変なんです」
そう言ってむくれたままだったオリビアが、僅かに顔をあげた。その顔が今にも泣きそうなのを見て、僕は察する。オリビアは今までもあまり魔法が成功したためしがない。それが気に入らないのだ。きっと。オリビアは負けず嫌いなのだろう。
「そんなことはない。ほら、もう少し杖の言うことに耳を傾けてごらん。きっと杖と仲良くなれる」
そう諭され渡された杖を、オリビアは受け取ってから、近くにいたイリーナに差し出した。
「え?」
意図が読めないイリーナにオリビアが言う。
「交換して。イリーナだけ魔法が使えるの、ずるい」
ただの八つ当たりだと思う。そもそも、イリーナ以外にもリナもエレンも皆、魔法を使えている。その中に特に優劣はない。それぞれに苦手な魔法と得意な魔法がある。それだけだ。僕もあの3人と比べたら見劣りはするが、それでも一応使えている。
「オリビア、その杖は君だけのものだ。交換はできない」
イリーナの返事よりも前にとめたのは、先生だった。オリビアに腕を下させる。
いつしか、オリビアの目には涙があふれんばかりにたまっている。
「オリビアちゃん……」
答える言葉が見つからない様子のイリーナ。エレンが彼なりにオリビアを助けようとして、発言した。
「オリビアなんていい方だろ。クリスを見てみろよ。今まで一度だって大した魔法を使えていないじゃねぇか」
話題に挙げられたクリスはクリスで、居た堪れない顔をしてみせる。それでも俯くだけで何も言わないので、さすがに怒ってもいいのにと思ってしまった。
「でも、いやなの!」
口をへの字に曲げたオリビアが、そのまま教室を飛び出す。
「待って、オリビアちゃん」
追いかけようとしたイリーナが足を止めて、先生を見る。追いかけてよいかとその目が言っていた。
「かまわないよ。今日は授業どころじゃないようだ」
その言葉にイリーナが走り出す。
「私たちも行きましょう?」
リナの声に、残りの皆が頷いて走り出した。大体、飛び出した行く先に見当はついている。寮だ。いつも皆でわいわい遊んでいられる寮。いつの間にか僕たちの帰るべき家のような場所になっている。だから彼女は寮に帰ったに違いないと。
僕の勘はあっていた。ところが、非常に不本意なことにオリビアは女の子たちのいる部屋へと籠ってしまったため、僕たちは外にはじき出されることになった。
完全な蚊帳の外で、待ちぼうけの男子3人。こんな時ぐらいいれてくれればいいのにと思うが、なかなかに女の子たちは手厳しい。とはいえ、今中にいるのは2人だけでリナはまだ戻っていない。彼女には寮にいなかった場合に備えて、学校中の女子トイレを確認してもらっているのだ。下手に動くとすれ違いになるからと、僕たちはただ待っていた。
「ただ待つだけっつうのもな」
やることがないと暇だと言いたげなエレンに、びくっとしたのがクリスだ。いじられるとでも思ったのだろうか。
とはいえ、エレンはそんな気分でもないらしい。ただ、しんと待っていた。
「ね、ねぇ」
その沈黙をクリス自身が破った。
「ウルリカちゃんのこと、覚えてる?」
随分、素っ頓狂な質問だ。
「忘れるわけないだろ」
たった1年前の話なのに。とエレンが続けると、「ごめん」とすぐにクリスは謝る。
「ただ、ウルリカちゃんは校則を破ったから、学校にいないんだよね」
その言い方に何か含みがあった。
「あいつは、自分から出ていっただろ」
ウルリカの行動は不自然ではあった。でもそれはきっと、自分たちとは見ていたものが違うからそう思えたに違いないと、僕は納得させている。1年も立てば、捉え方なんて変わっていくものだ。
「そうなんだけど、でも、校則が」
「ごめん、こっちはいなかった」
クリスの声を遮る形で走ってきたのは、リナだ。
話し中だと気づいたのだろう、何かあったのかと首をかしげる。
「あいつらは中だ」
エレンがそう言った矢先、中からでてきたのはオリビアだった。駆け込むように出てくるので、何事かと思う。
「ねぇ、みて」
そういって、オリビアは呪文と同時に杖を振るった。
「あれ、何も起きない」
不思議そうな顔をするオリビアに、その顔をしたいのは僕たちだと言いたくなった。よくみれば泣き晴らした跡はあるものの、彼女は先程までの様子が嘘のようにからっとしている。一体、何があったのだ。
だが、問いただす前より先にイリーナが駆け込んでくる。
「オリビアちゃん、私も杖を持つからもう1回やってみよう?」
そして彼女はオリビアの手に手を添える。言われたオリビアは頷いて、杖を振った。
その途端、天井の照明の明かりが菫色に変わった。
「やった、できた!」
僕たちは目を合わせた。僕が普通に杖を振ると、明かりは青色になる。振り方で色は変えられるものの、振りやすい振り方というものがある。それが僕の場合、青色だ。エレンだと黄色で、リナだと赤色。そして菫色は、イリーナの色だ。偶然か、そう思って彼女の持つ杖を見、合点がいった。
「その杖、オリビアのじゃないよね」
オリビアは、僕が責めているように思ったのかもしれない。彼女に睨み付けられてしまった。
「そうよ、イリーナのだわ。でもこの杖なら、私の振り方と呪文で、魔法が成功したの。やっぱり、私の杖、壊れているのよ」
断言するように言うオリビアに、クリスから言葉がかかった。
「壊れているなんて、言わないほうがいいよ」
オリビアは意外な発言者にきょとんとする。
「忘れたの?校則」
忘れるわけがない。散々言い聞かせられたのだ。僕はそれを暗唱することさえできる。
『その1、何があっても杖は粗末にしないこと。この杖の代わりはないから』
クリスはおどおどしながらも、きっぱりと意見を言った。
「君は一度杖を捨てている。粗末にしたんだ。だから、本当はもう破っていることになっているのかもしれないけれど……」
そう、クリスは続けた。
「でも、君の杖の代わりはないから、少しでも学校にいたいなら壊れていることにしてはいけない」
オリビアは首を傾げた。
「どうして。こうやってイリーナに貸してもらえばいいじゃない」
クリスはそれでも首を横に振る。彼には珍しく強情だ。
「ダメだよ、それだと校則を破ったことになる。そうしたらここにはいられない」
お前なぁと、呆れたエレンが間に割って入った。
「さっきの話の続きだったら、ウルリカの時は自分から出て行ったって言っただろ?」
クリスはそれにも首を振って見せたのだ。
「違う、ウルリカだけじゃないんだ。ウルリカの前にも、校則を破っていなくなった人がいたんだ」
クリスの話は僕には寝耳に水だった。思わず周囲の顔を見るが、皆が一様にわからないという顔をしている。いや、イリーナは何か考えるような表情だ。
「覚えてない?入学式の日。本当に半日ぐらいしかいなかった男の子のこと」
あの時の記憶を掘り返しても、僕は思い当たらなかった。あの日は全員の顔をまだ覚えていなかったし、魔法への驚きで頭がいっぱいだった。
そんな僕でも、思い当たることがある。何てことはない、寮の部屋だ。あの部屋のベッドは4つあるのだ。誰も使っていない下段のベッドが、気にならなかったかといえば、嘘になる。
「あの日、寮にいくなりその子は、教育棟に戻ったんだ。それで、そのまま職員室を見つけた」
職員室の前であれば、僕たちも何度も通っている。窓はあるがどれも内側から黒ビニールのようなもので隠されていて、光1つ漏れていない部屋だ。普段は施錠されているが、おそらくその日だけは初日ということもあり開いていたのだと思われる。
「それで、その子は職員室に入ったのね」
リナがクリスの言葉を引き取る。僕は暗記している校則を、頭の中で読み返した。
『その2、何があっても職員室に入らないこと』。
入ってはいけない職員室に入ったその子の末路は……。
クリスがこくんと頷いた。
「僕は途中までついていったんだけれど、校則を破る気になれなくて帰ったんだ。でもそれきり、その子は学校からいなくなってしまった」
どうしてクリスが校則を破ったら学校にいられなくなるといったのか、ようやく腑に落ちる。
それと同時に、オリビアの顔が青くなっていた。
「それじゃ、私……。ここにいたかったら、あの魔法の使えない杖で我慢しろっていうの」
魔法を学ぶはずの学校で、魔法が使えない杖を持って居続けること。その文面を見るだけで、いかに滑稽なことか。でもそうでもしないと、オリビアは校則を破ったことになるかもしれない。
「けど、杖を思いっきり投げてたんだぜ。校則なんてすでに破ってるだろ」
エレンが、僕の言いたいことを代弁した。
「僕もわからないよ。壊してないからセーフ……なのか、まだ執行されていないのか」
執行といわれると、よほどオリビアが悪いことをしているようにも思える。オリビア自身もとても困ったような顔をしていた。
「それか職員室に入ったっていうやつも案外戻ってくる気がないだけで全部お前の思い込みなんじゃね?」
それがいいと僕も思う。こんなことで仲間がいなくなるなんて、なんだかちょっぴり怖かったのだ。第一、いなくなった彼らは今どうしているというのだろう。僕の頭の中で、ウルリカと記憶にない彼が黒い魔物にぱくりと食べられる想像が繰り広げられる。そうだ、彼らはそもそも無事なのだろうか。
「……ここで考えても埒があかないと思わない?どうせ今日はもう授業しないって言ってたし。一度解散しない?」
リナの提案で一同が頷く。その通り、何も思いつかなかったのだ。思いつかなかったから、僕たちはいつものように課題をして、いつものようにご飯を食べて、いつものように寝てしまった。
しかし今にして思えば、この時のことを僕は後悔している。できれば時間を巻き戻してオリビアに杖を捨てるなと説得しにいきたい。
なぜなら、彼女たちは次の日に忽然と姿を消したからだ。
***
リナが共有スペースでしびれを切らして待っていたのは、早朝のことだった。朝食を食べようとやってきた僕たちに、
「朝起きたら、オリビアとイリーナがいなかったの」
と動揺を隠せない様子で僕らに伝えた。
「え、それって……」
嫌な想像が僕たちを襲う。僕の頭の中で、黒い魔物がオリビアとイリーナを食べてしまった。
ダメだ、そんなことは絶対に起きてはいけない。
「それで、この手紙が置いてあって…」
一度読まれた後のある手紙は、リナの仕業だろう。僕たちもテーブルごしにさっそく手紙を開いた。
漠然とした不安が胸に覆いかぶさってきて、息がしづらかった。
ようやく広げた手紙の筆跡は、イリーナのモノだった。
『みんなへ 突然のお手紙、お許しください』
はじまりはイリーナらしい、丁寧な文面だ。
でも急いで書いたらしく、その字面がいつもと違い少し右上がりになっていた。
『先ほど、オリビアちゃんが先生に呼び出されて出ていきました』
思わずリナを見るが、リナは首を横に振った。彼女は知らなかったらしい。
同じ部屋にいてどうしてと思ったが、真夜中だったかもしれないし 寝ていて気付かないことはあり得た。
『クリス君の話が嘘だと信じたかったけれど、本当なんだと思います。私も覚えているんです。小さくて活発な男の子のこと』
手紙の間に少し間が空いた。話が切り替わったように、本題に入る。
『私はオリビアちゃんの後を追いかけて、先生に相談してみます。そして、オリビアちゃんも戻ってこられなくなったら……』
そのあとの言葉がぐちゃぐちゃと消されていた。すぐあとに『**の学校はいらない』と書いてあって
その次に衝撃的な言葉が書いてあった。
『私は自分の杖を壊します』
全員がそこまで読み終わってから、目を合わせた。
自分から杖を壊す。
まさかイリーナがそんなことをするとは思わなかっただけに、その驚きは言葉では表しきれなかった。
手紙はこう続いていた。
『でも、みんなのことも大好きでした。さようなら』
好きならなんで、みんなでここにいられなかったのだろう。
僕の問いには誰も答えてくれなかった。
***
そのあと、授業はじめにやってきた先生を全員で問いただした。
オリビアとイリーナは大事な仲間だから、返してと。当然、無事なんだよなと。
先生は僕たちが何を言われても何も返さず穏やかに聞いていた。
そして最後にこう答えた。
「オリビアとイリーナは、一足先に卒業したんだよ」
ここまでくると、一人目のイニシャルと今後の展開が予測できるかもしれません。




