3、二人目
次の日から、本格的に僕たちの学校生活が始まった。
教室の明かりの魔法は、先生の言う通り次の日には殆どの子どもたちが成功した。どういうわけか、僕の杖ははじめのうち言うことをきいてくれなくなってしまったが、それでも最終的に10回に1回の頻度で教室の明かりを青色に変えることができるようになった。
魔法の授業は、教室の明かりをつけたり消したりする以外にもあった。
例えば、魔法のオルゴール。先生が特別な呪文とともに杖を一振りすると、目の前に置かれた小さな木箱がひとりでに開いた。中にはピアノの鍵盤が並んでいて、その鍵盤が自ら音を立てていく。
「『きよしこの夜』だ!」
初めに気が付いたエレンが叫んだ。皆はそれにあっと声を挙げて、その箱を取り囲んだ。同じように杖を振れば、この箱は音楽を奏でてくれる。そんな思いに憑りつかれて、僕らは懸命に杖を振るった。ところが、案の定、皆して杖を振り出すものだから何が何だかわからなくなってしまった。しかし、ここでまたしてもリナの提案で順番に杖を振ることになり、そして一番に成功させてみせたのはやはりやる気のなさそうなウルリカだった。
曲は人によって違うらしい。次の成功者であるイリーナが杖を振ると『大きな栗の木のしたで』が流れた。続いて成功したのはエレンで『赤い靴』、リナのは『おつきさまはあおいよ』、僕の場合は『大きなのっぽの古時計』が流れた。リナやイリーナにそれっぽいといわれてしまって、僕としては反応に困る。何回やってもうまくいかなかったのがオリビアとクリスで、一度だけオリビアが振った杖が鍵盤の「ミ」の音を鳴らしたが、それだけだった。
隣の教室の扉を開ける、なんていう魔法もあった。知らなかったがあの積み木のおもちゃのある教室にかけられた魔法が簡単な施錠魔法、水が飛び交った教室には少し難易度の高い施錠魔法が掛けられていたらしい。施錠魔法が得意なのはエレンだった。開錠魔法ができないクリスへの嫌がらせに教室を施錠なんてするものだから、ちょっとした騒ぎになった。最終的には泣きじゃくるクリスに呆れたウルリカが煩わしそうに開錠した。
ウルリカといえば、やはり彼女は突出していた。とにかくいつも退屈そうにしながら、それでいてなんでもできた。魔法だけではなかった。その後に始まった一般教養の授業も、体育も、とにかく何をやらせてもさらっとやってのけてしまう。そのかわり、全員で行動することの多い僕らだったが、ウルリカだけはいつも一人行動だった。あいつは天才肌すぎてお高く留まっているんだなんてエレンは不満を漏らしていたし、オリビアもことあることに陰口をたたいていたが、それでも僕は彼らを止める気にはなれなかった。僕たちは何度も輪に入らないかと声をかけていたし、むしろ魔法を教えてほしいと頼みにいくこともあった。その都度あしらわれているのは僕らのほうで、決して仲間外れにしていたわけではない。むしろ、彼女とも仲間になりたかった。答えなかったのは彼女のほうだとすら、傲慢にも僕は思ってしまうのだ。
そんなことを思っていたものだから、きっといけなかったのだろう。僕が覚えている中で、初めにいなくなったのはウルリカだった。
***
それは魔法学校での生活が慣れて3年は経った頃のこと。僕たちの扱う魔法は当初よりずっと種類が増えた。魔法の水を飛ばして飛距離を争ったり、風を起こすなんてこともした。実技だけでなく筆記の授業も入るようになり、レポート課題なんてものも課されるようになった。このレポート課題が曲者だった。白紙の原稿にはご丁寧に升目がびっしりと書かれていて、その升目全てを埋めてこないといけないのだ。
「なぁ、終わった?」
エレンの質問に当然のように首をふる。今回のお題は、『魔法の使える場所とその特徴』だった。どうも魔法はあちらこちらで使えるわけではなく、場所との相性があるらしい。確かに風の魔法が特に顕著で、寮内では全く使えたためしがない。
「あー、もう、ただでさえ魔法が使えるのが稀なのに?こんなの調べきれるわけないでしょ!」
共有スペースの明かりを変えようと杖を振りまくっていたオリビアが、焦れたように叫んだ。その言葉に、うんうんとイリーナが頷くが、こちらは試しに杖を振って明かりを菫色に変えてしまう。
「きりがないよね」
「っ全然、そんな風に見えない」
ぷくっと頬を膨らましたオリビアが、あきらめたように机に突っ伏した。それを励ますように提案するのが、リナだ。
「それじゃあ、みんなで図書室にいきましょう?何も全部しらみつぶしに試すことはないと思うし」
図書室は、授業後も訪れることを許されている寮から一番近い教室だ。初日は知らなかったが、その蔵書量は素晴らしく、教室の壁一面に本が並んでいる。教室自体も普通の教室の4倍はあろう広さなので、僕はこっそりとそこを『本の迷宮』と呼んでいた。僕が迷うのではない。本の量が多いせいで、目的の本が探せないのだ。
「本!いいアイディアだと思う!」
僕の不安をよそに、目を輝かせたのはイリーナだ。彼女はどうも本の類が好きらしく、暇さえあれば籠っている。そして同じように図書室が好きな女の子がいた。
「失礼しまーす」
図書室に入れば、案の定、本を読み漁っているウルリカがいた。
「また1人で本を読んでいるのかよ」
呆れたようにエレンが言うが、何も返事が返ってこない。夢中で読んでいるのか、邪魔するなという合図なのか、いまいち分からなかった。そこでやめておけばよかったのだが、今から課題の本を探すという手間を思い出したのか、本探しに乗り気のしない様子のエレンが、リナに話を振った。
「なぁ、リナ。お前、声掛けたら?」
「え?なんで私が」
唐突な言葉に、リナが目を丸くしている。
「なんだよ、同じ女子だろ?」
「え、でも……」
邪魔なんじゃない?なんて言葉はエレンには通じなかった。じゃあ1回だけ。そう断念して、リナがウルリカに近寄る。
「……ねぇ、ウルリカさんはレポート終わった?」
話し相手がエレンでなかったからなのか、ウルリカはようやく本から顔を上げた。
「……なんで答えなきゃいけないの」
「なんでって、気になるか……」
「人のことなのに何がそんなに気になるの?」
辛辣な回答に、後ろにいたイリーナがおびえた顔をする。
「だって、同じ学校の仲間だし……」
「……同じ、ね」
含みを持った言い方で、ウルリカはリナを見やった。
「本当にそう?」
ウルリカの言い方がまるでナイフのように鋭かった。
それで、僕はリナとウルリカをくっつけてはいけなかったのではないかと思ったのだ。
「何を言って」
「レポートのことを聞かれるのがそんなに嫌なんだ?」
動揺するようなリナの言葉を遮るように、僕は声をあげた。とはいえ、その内容がまずかったらしい。オリビアが「ばか」と僕に突っ込んだ。案の定、標的がリナから僕に代わる。
「何。その言い方」
「いや、ウルリカちゃんも終わってないならそういえばいいのにって」
ちょっとしどろもどろになったのはウルリカが怖かったからではない、決して。
ウルリカは嘆息すると呆れたように、レポート用紙を差し出した。皆がびっくりして中を見る。つまらなさそうにしているのだから課題なんてやらなくてもいいのに、そのレポート用紙にはびっしりと文字が刻まれていた。
「……図書室には大して魔法の専門書はないから」
ぽつりとそう付け足す。
「え?」
「レポート課題の本を探しにきたんでしょ?関係あるのは、そこの3冊だけ。子どもでも読めるレベルのしか置いていないわ」
そこといって指をさすので、オリビアが対象の本棚に食いついた。そんな様子を呆れたように見やったウルリカが
「ねぇ、おかしいと思わないの?」
と、僕に向かってそんなことを聞いた。
「何が?」
「ここの蔵書の殆どは絵本や図鑑だけ。僅かに読み物として文学や一部の学問がある程度。魔法の学校のくせに、魔法の本はほとんどない」
ほとんどといわれてもこれだけの文書量だ。僕にはとても多く感じられる。
「どういうこと」
リナが言葉を鋭くして聞いた。何か思うことがあったのかもしれない。
「別に」
逆に、リナに対するウルリカの反応は薄い。
「ただ、これ以上茶番に付き合っているなんて無駄だなって思っただけ」
茶番。その言葉を聞いた一同が息をのんだ。彼女の言葉はとても鋭利な刃物のようで、僕らと仲良くする気なんて微塵も感じられなかった。僕たちと過ごす時間が茶番だというのならば、彼女はよほど有用な時間を一人で過ごしているらしいと、そう言い返したくなるくらいに、さすがの僕も腹が立った。
それなのに言い返せなかったのは、次の彼女の言葉がさみしそうだったからだ。
「だから、私、そろそろいなくなるかもしれない」
「え?どうして」
唐突な響きに、思わず聞いたのがリナだ。
「さぁ……?」
ところがその時にはウルリカは、いつもの調子に戻っている。食いついたのはオリビアだ。
「は、何よそれ」
「え、ウルリカちゃん……?」
イリーナも思わずといった調子でつぶやいた。だが、ウルリカはそれ以上は時間の無駄といわんばかりに席を立つ。読んでいたはずの本も片付けずに、そのまま図書室を出て行ってしまったのだ。
「なんだよ、あいつ」
意味の分からないといった顔で、エレンがウルリカの置いていた本を覗く。
「なんだこれ、『しんりがくの、きそ』……?」
さらにその本の下には分厚い表紙の本が2冊覗いている。
「これは、社会学の本。それからもう一つは哲学かな」
イリーナの答えに皆が顔を合わせる。どれもこれも授業ではやっていない内容だ。一体、ウルリカは何を読んでいるのだ。と皆の顔に書いてあった。
***
とはいえ、ウルリカのおかげでレポート課題は助かった。次の日、先生にレポートを提出しながら、僕はウルリカが教室にいないことに気が付いていた。リナたちの話だと、朝起きた時からいなかったらしい。
「ねぇ、ちょっと!」
初めに気が付いたのはオリビアだった。顔を乗り出すようにして、窓のほうを覗いている。オリビアの声で気づいたエレンが「あいつ何やってるんだ」と声をあげた。
なんだなんだ。僕も、気になって窓を見る。
生徒は学校から外に出てはいけない。
体育や授業の合間に校庭で遊ぶことはあっても、その先の門を超えたことはなかった。優等生のリナが自分も好奇心旺盛のくせにルール破りにうるさかったこともあったが、僕らはきちんとその言いつけを守っていた。
だが、その根底には、本当のところ、こんな思いがあった。
校則を破ったら、魔法の学校に受け入れてもらえないという思いが。
それを今、窓の向こう側でウルリカが破ろうとしていた。
豆粒のように小さくなる彼女が、しかしウルリカであることは誰の証言がなくとも明らかだった。校庭の先の門に向かって、彼女は1人歩いている。門の先は、道路になっているようだが、そのさらに先は僕の目では見えなかった。いつ見ても霧がかかっていて、よくわからないのだ。そして、門は内側からであれば錠を開けて外に出ることができた。何も僕らは閉じ込められているわけではない。魔法の学校に選ばれただけで、校則はあってもそれを守るのも破るのもその人次第だと。そういわれている気がした。
「なんで……」
誰かがぽつりとつぶやいたが、誰も答えは返せなかった。
結局、ウルリカはその日以降、一度も学校に戻ってくることはなかった。




