1、魔法の学校へようこそ
今でも、鮮明に覚えている。初めて、この学校にきた日のことを。
「ようこそ、魔法の学校へ。君たちはこの学校に選ばれた特別な子ども達だ」
先生はそう言って、僕らを出迎えた。一見普通の教室でまばらに座る僕たちの前にやって来た先生は、この時まだ白髪1つなかった。先生はどこにでもいそうな細身の地味な男の人でおまけに白衣なんて着ていたものだから、先生の口から『魔法の学校』なんて言葉がでるのは、意外に思えたものだ。
「ここで寝食を共にし、魔法を鍛え卒業まで過ごすんだ。さぁ、仲良くできるかな」
僕たちはあっと声をあげた。先生が白衣の隙間から取り出した杖でさっと空を一撫でした途端、教室の明かりがピカピカと色々な色に光ったからだ。
エレンが飛びつかんばかりに席を立った。今思えば当時からワンパクぶりは衰えていない。
「すげーっ!!」
そのまま先生の前へと駆け込むので、抜け駆けされるものかと他の子どもたちも席を立ち出す。気づけばあっという間に先生の回りには子どもたちが集まっていた。
いや、そうではない。この時からウルリカは1人だけぽつんと椅子に座って退屈そうにしていた。僕らがそれに気づかなかっただけだ。
「君たちもこれぐらいすぐにできるようになる。ほら、一旦席に着いて。早く戻った子から杖をあげよう」
杖があれば今したことが再現できるのだと分かって、子どもたちは一目散に席へとついた。その勢いにやや遅れたのは、ぼおっとしているクリスだ。今回は先生の杖に見惚れていたのだろう。
クリスが座るのを待ってから、杖の授与が始まった。先生は杖を渡す時、子どもたちに校則について話をした。何があってもこの校則は破ってはいけないと、釘を指した。早く貰いたいあまりてきとうに頷いたエレンにはしっかりと復唱させてまで杖を渡そうとしなかった。
皆はうずうずしていたが、僕には逆にそれが厳かに感じて自然と背筋がぴんと伸びた。そうして座り続ける僕がおかしかったのか、指を指してくすくすと笑う女の子がいた。オリビアだ。早速友達ができたらしい彼女は、イリーナに僕の様子を教えていた。
ようやく、僕の番がやって来た。
「さぁ、ポール君、前へ」
「はい」
大きな声をだして壇上にあがる。
僕の前に差し出されたのは赤茶色の細い杖だった。先生のよりもずっと短いが、細かい紋様が彫られている。それが僕にはとても神秘的に映った。自然と、僕の胸は高鳴った。
「この学校には3つの校則がある」
杖を見せびらかしたまま、先生は告げた。
「その1、何があっても杖は粗末にしないこと。この杖の代わりはないからね。その2、何があっても職員室に入らないこと。その3、学校より外には出ないこと。以上を守れる者だけが、この学校にいることができる」
厳粛に、その杖を受け取る。僅かな重みが、心地よかった。
これから始まるんだ、魔法の学校生活が。
そんな嬉々とした表情を、今の僕は冷ややかに見つめるしかない。
そうだ、今の僕なら言うだろう。
先生の言葉は、『うそ』だ。校則を守るだけでは僕の学校生活は戻ってこないと。