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ワンダーウォール  作者: まつやま
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初夏

 武田に言われたバイトとは、遊園地の着ぐるみバイトだった。出動時間は30分ほど。休憩時間はしっかり確保されており、昼食時以外の休憩時間も時給が発生する。つまり出動する30分間だけ頑張ればいいのだが、これがまた辛かった。突然のことだが、まず暑い。視界は狭い。引率が必要。子供には殴られるし大人には煙たがられる。たまに優しい声をかけてくれる人も入れば時給を聞いてくる夢のない人もいる。当然答えられないのだが。ゴールデンウィーク、祐介はほとんどこのバイトをしていた。

 「祐介!お疲れさん!」

 武田がジュースを差し出しながら声をかけた。

 「あ、ありがとうございます。お金、いくらでした?これ。」

 「いいよそんなもん。これくらい奢るよ。」

 これが大学の先輩か…!優しい。祐介は勝手に感動していた。

 「どう?結構キツい?」

 「出てる間はキツいですね。でもなんとなく慣れてきました。休憩も多いし、割には合ってると思います。」

 「お、それは良かった!今日とかも外結構暑いからね、こまめに水飲みなよ?中で熱中症になっても気付けないからさ!」

 武田は祐介の入る着ぐるみの引率のお兄さんだった。どうやら教師を目指しているらしく、子供の扱いにかなり長けていた。

 「次何時からでしたっけ?」

 「1時間後!それまでゆっくり休んでな、俺は違う仕事があるから!」

 そう言って武田は部屋から出ていった。1時間まるまる休みなのに時給が貰える。こんなバイトがあるのか。


 祐介は大学に入ってすぐに自動車教習所に通い始めた。そこで明日香という女性と知り合った。送迎のバスで隣になったのがきっかけだった。

 「ねぇ、あんた一年生?」

 「そうですけど。」

 「あー、よかった!一年生か見た目じゃ分かんないから!声掛けづらかったのよね!私教育学部の伊藤明日香っていうの!よろしくね。」

 なぜ声をかけてきたのかは未だにわからないがそれがきっかけで仲良くなった。明日香はけっこう男勝りな性格だ。度胸もある。初対面の人にいきなり「あんた一年生?」と聞くくらいだ。一年生じゃなかったらどうしてたんだ。

 

 「祐介さ、サークルは入ってる?」

 明日香が尋ねてきた。

 「いや、なんも。」

 「そーなの、あたしのとこ入る?」

 「なんのサークルなの?」

 「SUPって知ってる?」

 「何それ。」

 「Stand Up Paddle Boardの略で、簡単に言うと立ってやるカヌーみたいな?楽しいよ。」

 祐介は運動とかに興味がなかった。運動ができないわけではない。ただ、大学に来てまで運動をしたいと思うほど情熱なんてなかった。

 「考えとくよ。」

 

 ゴールデンウィークの最終日、誠人から連絡が来た。

 「今日の夜暇じゃないか?もし暇ならうちにおいで。」

 祐介は前回の誠人の家での出来事を思い出した。

 「酒は飲まんぞ。」

 祐介はバイト終わりの電車で返信をして、ひと眠りつこうとした。携帯の通知が鳴る。えらく返事が早いな。そう思いながら携帯を見ると誠人ではなくまどかからのLINEだった。あれから祐介はまどかと毎日LINEをしている。一日3回とか、回数こそ多くないものの、毎日途絶えることなく続いていた。今は映画の話になっている。

 「この辺で映画館ってないよね?」

 青葉町はド田舎だ。当然映画館などない。隣町にも映画館はない。つまり、映画を見に行くためにわざわざ東京まで行かなくてはならないのだ。

 「ないらしいよ。東京まで行かないと。」

 まどかは今やっている恋愛映画がどうしても見たいらしいのだ。

 「ね、祐介君、お願いがあるんだけど。」

 今日はまどかの返事が早い。どういうことだ。

 「どうしたの?」

 「私どうしてもその映画が見たいんだけど、一人で東京に行くの怖いから、一緒に見に行かない?」

 なんと、これはデートのお誘いではないか!?祐介は既読をつけないで、一旦返事を考えることにした。祐介はちゃんとした恋愛をしたことがない。人を好きになったことがないからよく分からない。とにかく疎いのだ。これはなんて返せばいいのだろう。しかし冷静に考えれば断る理由などない。まどかのことは嫌いではないし、祐介もちょっとその映画に興味があった。

 「いいよ、一緒に行こう。」

 送信してしまった。気が付いたら電車は駅に到着していた。


 祐介が誠人の家に着くと、そこにはレイがいた。

 「おう、祐介!遅かったじゃないか!」

 レイがにこやかに声をかける。

 「よぉ、祐介。実は色々あってな、レイ君と仲良くなったんだ。」

 誠人が飲み物を持ってきて、そう言った。

 「そうだったのか、びっくりしたよ。」

 意外と誠人は料理が上手い。本人曰く浪人時代に身につけたらしい。今日は誠人が手作り料理を振舞ってくれた。 

 「やっぱ誠人の料理は美味いな。」

 レイが言う。

 「男の一人暮らしだと料理なんてしないからな。」

 「一年多く生きてるからな。」

 誠人は最近自虐的発言が増えている。これも彼なりの成長なのだろうか。

 「そういえば」

 祐介は今日の出来事を喋りだした。

 「まどかちゃんと映画に行くことになった。」

 誠人は驚愕した。

 「まどかちゃんって、文化研究の子か!?」

 「うん。レイは見たことあると思う。」

 「ああ、入学式祐介の隣に座ってた子か。結構可愛いよね。」

 「マジ!?可愛いのかよ!祐介よくやったな!」

 誠人は祐介の肩をバシッと叩いて言った。

 「ただ、俺女の子とデートに行くこととか全然ないからよくわかんないんだよね。色々教えてくれよ。」

 祐介は二人に頼んだ。

 「そうだな、とりあえずデートの帰りに次のデートの約束を作るんだよ。そうすればまた次のデートに繋げられる。」

 レイは飯を食いながら助言した。

 「レイはモテそうだもんな。助かるよ。」

 「モテるってほどでもないよ。これも俺の友達が言ってたことだし。」

 「で、映画はいつ見に行くの?」

 誠人が聞いた。

 「来月の土曜日。まだ詳細は決まってない。」

 「そっか。じゃあ次は七月の花火大会にでも誘えばどうよ?」

 誠人が提案した。

 「あ、いいじゃんそれ。」

 レイも便乗して言った。

 「じゃあ誘ってみるよ。ありがとうな二人とも。」

 祐介はなんとなく不安が取り除かれた気がした。ただ唯一気になることがある。以前誠人と家で飲んだときの会話だった。確かになぜ彼女は話しかけてきたのだろう。明日香もそうだがまどかの場合はなぜか少し闇を感じるというか、怖い気がする。家に向かっている途中で、レイに聞かれた。

 「祐介、お前少し怖いんだろ?」

 「なんかどうしても気になることがあってさ。引っかかるんだ。」

 「まぁ、何があったか知らないけど、そんなに不安になんなくていいと思うぜ。楽に考えなよ。女の子と映画に行くだけなんだから。」

 レイの言う通りなのだが、祐介はそれでも何かが心に引っかかっていた。

 

 明日から再び学校が始まる。そして六月の青葉町には夏が訪れる。

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