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ワンダーウォール  作者: まつやま
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春 その2

 青葉大学は教員の養成に力を入れていることで有名だ。全国から学生がやってくる理由の一つは、教師になりたい生徒が多くやってくるからだ。そして、入学後すぐに生徒は新歓バスハイクなるものに連れていかれる。これは教員を目指す新入生が先輩からありがたいお話しを聞いて、履修を組んだりモチベーションを上げたりするために設けられているイベントである。しかし、祐介は教員を目指しているわけではなく、彼からしたらただの遠足のようなものだ。非常に退屈だ。

 朝早くから憂鬱な気分でバスに乗り込む。がやがやしている。みんなもう友達を作ってバスの中で語らっている。まどかは学科が違うから別日、レイは学科は同じだがクラスが違うのでバス移動中は祐介は孤独を感じざるを得ない。やはり非常に退屈だ。

 隣に知らぬ男が座った。眼鏡をかけて、少しひょろっとしている。どうも、と会釈だけして窓を見る。

 「全員乗り込んだようなので出発しまーす」

 バスは動き出す。しばらくして祐介の携帯に通知が来た。まどかだ。

 「昨日はいきなり話しかけてごめんね。今日バスハイクだよね?楽しんでね!」

 「全然大丈夫だよ。今バス動き出した。楽しむよ。」

 本当は全然楽しくないし楽しめる気もしない。しかしLINEでの会話など建前で塗り固めても問題はないのだ。


 「ねぇ、今の壁紙って、oasisだよね?」

 隣の眼鏡が話しかけてきた。

 「そうだけど、oasis好きなの?」

 祐介もいきなり話しかけられることには驚かなくなっていた。それに、この眼鏡がさっきから自分のスマホをチラチラ見ていたのは気付いていた。

 「ああ、大好きだよ。最高だよね。」

 祐介は大学で初めての同志に会えた。祐介は顔に出さなかったが内心かなり嬉しかった。

 「俺、Wonderwallが一番好きなんだ。」

 「超わかる。あれは名曲。」

 「あ、そういえばお名前なんですか?」

 「あ、失礼。名乗るのを忘れてましたね。僕は川井誠人といいます。よろしくね。」

 誠人は名乗ると眼鏡をくいっと直した。

 「俺は倉科祐介。oasis好きな人と出会えると思ってなかったから今めちゃめちゃ嬉しいよ。」

 祐介はこのバスハイクに少しだけ期待をし始めた。


 「友達できた?」

 「隣のクラスのレイって奴。知ってる?」

 「レイ?知らないな。どういう人?」

 「背のでかいハーフのやつ。目立つよかなり。」

 「あ、天レイモンド慎治君か。レイって呼ぶんだ。」

 レイの本名は天レイモンド慎治(あまレイモンドしんじ)である。見た目も目立てば名前まで目立つ。本人は長いからレイと呼んでほしいらしい。

 「あとは文化研究学科の女の子くらいかな。」

 「あ、さっきのLINEの子?」

 「まぁ、そうだね。」

 「ごめん、覗く気はなかったんだよ。」

 祐介がLINEを見られて快く思っていなかったのを誠人は察したのだろう。

 「実は俺、一年生だけど年上なんだ。今年二十歳になる。」

 誠人衝撃のカミングアウト。だが、大学なんてそういうものだ。浪人生の一人や二人、たいしたことではない。

 「そうだったの。見た目じゃ分かんないな。」

 「そう。だから友達作りたいけどみんな年下かって思うとなんか複雑な気持ちになって声をかけづらいんだよね。」

 浪人生なりの悩みだ。祐介には理解したくても出来ない。だから何を言おうかも分からない。

 「歳なんて関係ねぇよ!」

 精一杯のフォローだった。


 バスは目的地に着いた。みなバスから降り、集合場所のミュージアムまでは徒歩で向かう。

 「富士山が綺麗に見えていいな、ここは」

 誠人は富士山を見てそう言った。確かにでかいし綺麗だ。テレビでしか見たことなかったからかなり感動している。

 「誠人、このあとの予定分かる?」

 「確かミュージアムで先輩達から話聞いたり友達作ったりしてから移動して飯と履修を組むだったはず。」

 「そっか。」


 「なぁ、祐介。」

 「どうした?」

 「今日は終日一緒に行動してくれないか?」

 「どうした急に。」

 「他の子達と仲良く出来る気がしないんだ。」

 「そういうことか。俺もだよ。そうしよう。」

 富士山を見上げながらコミュ障二人は約束した。


 「では、これから履修を決めていきますので、先輩に分からないことはどんどん聞いてってくださいね!」

 引率の先生が言うと、履修組みの時間が始まった。

 「大学の授業ってどんな感じなんだろうな。」

 祐介は大学というものをよく分かっていない。

 「俺もよく分からん。」

 「先輩に聞いた方が早いなこれ。」

 祐介は近くにいた背の高い顔立ちの整った男に声をかけた。

 「先輩、ちょっといいですか。」

 「おう、どうした?」

 「ちょっと履修とかよく分からないんですけど。」

 「おう、オッケー!教えたるよ。」

 男の胸には武田と書いたプレートが付いていた。

 「週一で自分が受ける授業を決めるんだけど、単位ってのがあって、一つの授業で大体二単位貰えるんだけど、年間に取得できる単位にも限界があるから、一年生だと56単位だったかな?以内の履修を組めばいいよ!」

 「なるほど。」

 「で、卒業には128単位必要だからね。あと、単位にも色々あって、教養科目の単位とか、専門科目の単位とか色々あるけど、それぞれに上限が設定されてるんだ。それら全部合わせて128単位ってこと。とりあえず一年生は必修科目入れてから組んだ方がいいね。」

 「なるほど、分かりました。」

 「あとはバイトとかとの兼ね合いで自分に都合のいい日とかを作ったり、楽な日を作るのが主流だね。」

 武田は優しく教えてくれた。

 「君、名前は?」

 「倉科祐介です。」

 「祐介君か、実はさ、話しかけてくれたお礼にいい話があるんだけどさ、ゴールデンウィークからバイトしない?」

 突然の誘いに祐介はびっくりした。

 「え?」

 「詳細は後で教えるけどさ、もし興味あるなら紹介するよ。今人足りてなくてさ。でも楽だしやりがいもある。保証するよ。」

 祐介は悩んだ。というのもゴールデンウィークは実家に帰省する予定もないし暇なのだ。そして金もない。だがいくら何でも怪しい。

 「もし怖かったらゴールデンウィークちょっとだけやってみて続けるか決めていいよ!」

 「そういうことなら。やってみます。」

 「ありがとう!じゃあ早速なんだけどLINE教えて貰っていいかな?」

 武田と祐介は連絡先を交換した。祐介はいかにも大学生活を楽しんでいるこの先輩に少し憧れを感じていた。

 「じゃあ、また後で連絡するよ!あ、あと山本先生の授業は楽だから履修した方いいよ!」

 そう言って武田は違う子を見に行った。

 「男にもモテるんだな。」

 誠人は、茶化すように言った。

 「あんなリア充の代表みたいな先輩と知り合えたのが自分でも驚きだよ。」

 「そうか?祐介も見た目だけで言ったら整ってるしリア充っぽいぞ。」

 「見た目だけって言うなよ。」

 そんなこんなで二人の履修は埋まっていったのだった。


 バスは再び大学を目指していた。長かった一日が終わる。

 「祐介、このあと家に来ないか?飲もうぜ。」

 「行ってもいいけど俺未成年だぞ。」

 「真面目かお前は。まぁ飲みたくなきゃいいよ。俺は飲むからな!」

 「勝手にしてください。」

 

 目が覚めたら祐介は誠人の部屋にいた。誠人は寝ている。目の前には缶のチューハイが何本も散らかっていた。これ全部飲んだのか…

 

 「その文化研究の子とはどこで知り合ったのよ。」

 「入学式の時に話かけられたのがきっかけかな。」

 「なんて言って話しかけられたの?」

 「今何時ですか?って」

 「それでそのあと連絡先交換したの?」

 「そう。」

 「それなんか怪しくね?」

 「どういう意味だよそれ。」

 「だって連絡先交換したんだろ?ってことはケータイは持ってたってことじゃん。時間分かんなかったらケータイ見るだろ普通。」

 「確かに。」

 「だから何時か聞いてきたのはお前に話しかけるための口実だったんじゃない?」

 「でもさ、何が目的か分かんないよなそれ。」

 「そうなんだよ。」

 

 こんな感じの会話をしていたのは覚えている。いつ頃から寝たのかは思い出せない。時刻は午前三時。頭がズキズキ痛む。お酒を飲むつもりなんてなかったのに。祐介は静かに誠人の家を出た。外はすっかり暗い。この町には学生が多い。つまり、夜になると飲み会終わりの学生がゾンビのように町を歩いていることも多い。外で騒ぎ散らしていたり、二人の男女がいい雰囲気になっていたり。祐介の嫌いなやつだ。駆け足で家に帰った。

 

 来週からいよいよ本格的に授業が始まる。そして彼にとって長かった春は終わり、初夏を迎えようとしていた。

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