春
「こちらが受付になります。お名前をお願いします。」
「倉科祐介です。」
「ありがとうございます。こちらが入り口になります。ホールに入ったら前から詰めておかけになってお待ちください。」
受付のお姉さんは美人だった。そんなことを考えながら祐介はホールに入った。今日は大学の入学式なのである。
式の開始は午後の一時から。現在十二時二十分である。四十分間暇だ。早く着きすぎたか。
前の方に行くと人がすでに座っている。祐介は言われたとおりに前から詰めて座った。隣には女の人が座っている。この人もこの大学に流されてきたのだろうか。手元にある資料をじっくりと眺めている。
時間まで手持無沙汰を感じた祐介は音楽を聴くことにした。音楽はいい。聴いてる間は誰の声も届かない。聴こえるのはバンドサウンドと歌声、それだけ。それだけのシンプルな世界に音楽は連れてってくれる。それだけで四十分などあっという間に感じられるのだ。
何を聴こうか。彼は音楽プレーヤーのライブラリを開き、「oasis」の「(What's the Story)Morning Glory?」を選択した。そしてイヤホンを耳にはめようとした瞬間、隣の女の人が声をかけてきた。
「すいません、今何時かわかりますか?」
突然の出来事で少し焦った祐介だが、落ち着いて腕時計を見た。
「十二時二十四分ですね」
「あ、ありがとうございます」
そう返事をしたあとも、彼女は目線をそらさなかった。祐介も彼女の顔を見た。ホール全体が薄暗くてよく顔が見えないが、可愛らしい顔をしている。
「式始まるまで暇ですね。」
彼女は微笑んでそう言った。
「そうですね。ちょっと早く来すぎちゃったかな。」
話す話題が見つからない。こういうのは少し苦手なのだ。顔がよく見えないのは幸いだが。祐介は次にかける言葉を探っていた。
「お名前はなんていうんですか?」
先に声をかけたのは彼女の方だった。
「祐介です。倉科祐介。あなたは。」
「まどかです。山口まどか。」
「まどかさん、よろしくお願いします。」
祐介の拙い笑顔をみてまどかはまた微笑んだ。
「祐介さんは何学科なんですか?」
「英文です。まどかさんの学科はなんですか?」
「わたしは文化研究です。違う学科なんですね。せっかく仲良くなれると思ったのに少し残念ですね。」
本当に残念だと思っているのだろうか。祐介は疑いから入る人間だ。
「出身はどちらですか?」
「俺は岩手です。」
「岩手ですか。遠いところから来ましたね。わたしは静岡です。」
「静岡ってことは隣の県か。近いのうらやましいです。」
最初は戸惑っていた祐介だったが、自然と会話できるようになっていた。
「祐介さんはなぜこの大学に来たんですか。」
「えっと、それは・・・。」
答えようとしたときに後ろに人が座った。ずいぶんと背の高いハーフのような顔立ちの人だ。というかハーフだ。祐介は彼をしばらく見て何かを思い出した。
最近の学生は受験が終わったり大学が決まると、SNS等で入学する前に知り合う場合が多い。そして祐介もまた例外ではなかった。彼の後ろに座った人こそが祐介が連絡を取り合っていた人だった。
「ねぇ、もしかして君がレイ?」
初対面でいきなり失礼だったか、いきなり話しかけて大丈夫だったか。祐介は微妙に緊張していた。
「そうだよ!君が祐介か!よろしくね!」
予想より気さくな人だった。祐介は安心した。と同時にまどかの存在を思い出した。
「ごめん、後ろに知ってる人いたからさ。」
「全然大丈夫だよ。わたしも知り合いと会いたいな。」
「入学する前だと友達いないと心細いもんね。」
そんな他愛ない会話を続けているとそろそろ午後一時だ。
「始まるね。」
「そうだね。」
ホールが暗転した。司会の人が話し始める。祐介はここらへんで意識が薄れてきた。やべ、眠い。
目が覚めると式は終わっていた。
「祐介君、起きてる?」
「おい祐介、起きろー」
まどかとレイに肩を揺すられ目が覚めた。
「あれ、式終わったの?」
「よく寝れたか?」
レイはからかうように言ってくる。
「祐介君、よっぽど疲れてたんだね。」
まどかは笑いながら言うと、カバンから携帯電話を取り出した。
「祐介君、よければ連絡先交換しない?こうして出会えたのも何かの縁だと思うし、一人でも大学に友達がいた方が心強いと思うんだ。」
「ああ、もちろんいいよ。」
祐介も携帯電話を取り出し、二人はお互いの連絡先を交換した。
「ありがとう!じゃあ、わたし下で待ち合わせしてる人がいるから、もう行くね。」
まどかはそう言うと手を振って笑顔で去っていった。
「いやぁ、祐介君、君もなかなか隅に置けない人だなぁ。入学式からナンパだなんて。俺にも教えてくれよ。」
レイはニヤニヤしながら言った。
「馬鹿、そういうのじゃねぇよ。ってか先に声かけてきたの向こうだかんな。」
「へぇ、モテるんだねぇ。あ、そうだ。今から何人かでご飯食いに行くんだけどさ、祐介も来る?」
祐介はちょうど腹が減っていた。しかも友達を作るチャンスではないかこれは。
「行く。」
こうして祐介の抱えていた少しの不安は、小さな希望に変わった。春はまだ長い。