信じさせて
季節は秋だというのに、風はまだぬるい。
それでも、空に浮かんだ黒翼のはばたきは涼やかで、見ていればすこしだけ胸をかるくしてくれる気がする。
「なーんで、こんなすみに座ってんだよ」
ほら、とペットボトル入りのスポーツ飲料が目の前に降ってきた。
取り損ない、膝からころげおちていくボトルをあわてて追えば、放った流星があきれた顔をする。
礼音は、つめたい感触を両手におさめると、しゃがんだまま下を向いた。
「私は、部外者なので──」
「あんたは今日からサッカー部の副顧問だ」
だとしても、サッカーに関して無知である事実は変わりようがない。
飛び交うボールを見ていても、何がたのしいのかも分からない。
礼音にできることといったら、グランドを去りたいきもちに抗いつづけることくらいだ。
「あの。シンノスケ、っていうのは?」
意表を突かれた顔をみせた流星が、ゴールネットを越えてくるボールに気づいて、ひょいっと足をのばす。
磁石が仕込まれているかのように吸いついてみえるボールは、礼音にとって一種のマジックだった。
「キーパーだ、控えの。そこの赤いビブス」
親指でさしつつ、浮かせたボールをまた足の甲で受けとめる。
くりかえされる上下動は、見えないゴムの仕業にしかおもえない。
「気づいても、声に出さなければ、判断できないのとおなじことだ。年下だからとまわりに遠慮することはないと、伝えるようにと」
「──オヤジは、あいつをスタメンでつかう気だったのか?」
「さあ」
礼音がくびをかしげた瞬間、磁力がきえたようにボールが流星の足を離れていく。
「ふーん。ま、ともかく。それはあいつに、あんたから言ってやってくれるか」
「えっ。でも、私は──」
「分かってる。みんな半信半疑っていうか、ニケとか勝利の女神とか、ぶっちゃけ、うさんくせーとおもってるさ」
礼音は、うつむいた。
異質なものをみる目には、馴れている。
目に見えていないものを信じさせるちからが、自分にあるともおもわない。
「でも、いるならいて欲しいとおもうものもあるだろ。あいつらは見ててくれる目を、何かあったら叱って、支えて、送りだしてくれると信じてたものを、失った。あんたがいて、言ってることが的確なら、見ててくれるものがいることくらいは、信じられる。疑っても、こんな俺しかいないより、いいはずだ」
流星が、しきりに鶴岡監督の幽霊かと、問うていたことをおもいだす。
監督が見守っていてくれる、と信じたかったのは彼なのだと、礼音はおもった。
いるかどうか、信じられるかどうかではなく、信じさせてくれと、そう言われているような気になる。
舞い降るような鈴に似た音色を耳にして、おもわず礼音は上空と流星とを見比べた。