脅し
「いや、待て、ちがう。そういうやつの方が、生徒には身近な教師になれるって、オヤジがよく言ってたんだ。何言ってんのかさっぱりだったけど、とりあえず、知らなきゃ恥ってほど大事なこっちゃねーってのは伝わったぜ、よかったな」
もういちど、礼音はそうですね、とくり返した。
まだ、何かが肩に乗っているように、ずっしりと重い。
「その、ニケだかって幽霊が、そこらへんに浮いてるんだな?」
「……ま、まぁ、そう」
「何だって?」
「え?」
「言ってることが分かるんだろ。そいつは、俺にどうしろって言ってる?」
礼音は、目をほそめて光源をあおいだ。
「──はよう葬儀にゆかぬか、だそうです」
とたん、流星がムッとしたように口をへの字にした。
「行くって言ってんだろ。早く行きゃ、死人が生き返んのか。土曜には準々決勝があるんだぞ。俺が聞きてーのは、試合をどうすりゃいいのかってことだ。何が、作戦考えるのは十年早い、だ。ひとつずつ経験つんでいけばいいなんてクソ悠長なこといってたおかげで、監督としてできることなんかまだ何にもねーのに、俺にどうしろってんだ。何が、後継者──肝心なときに何もしてやれねーやつが、どのツラさげて後輩たちにそんなこと言える。負けてみろ、急にオヤジが死んだせいだとかって言われるんだぞ。好きで、死んだわけじゃねーのに。いちばん、くやしいのはオヤジに決まってて。安心して見てろって、ほんとは、言ってやりてーのに……っ」
ふわさ、とつばさのはばたく音を、礼音は視覚できいた。
今立ち去れば、それ以上は関わらずにすむと分かっているのに、なぜか、翳りをまとった黒翼からは目が離せない。
「──手を貸す、と言ってます」
「ニケが?」
「ええ。自分の知ることを、いくつか伝えてやろう、と」
「そうか……」
ふかくうなずいたつぎの瞬間、流星の手がむんずと礼音の両腕を握った。
痛い、と訴えようとしてその目を見た礼音は、口にできず、飲み込むことをえらんだ。
「手を貸すっつったな、レオン」
「え。いえ、それは、私じゃ」
「うるせー。いいか、こちとら、試合まで一分一秒を争うんだ。おまえのいる美術室? そんくらい、俺でもどこか分かるぞ。逃げられるとおもうな」
まぎれもない、脅しだ。
おもわず仰向けば、どんな鳥よりも大きなつばさが、ゆったりと天井の境を上下する。
逃げても無駄じゃ、と笑われた気がして。
礼音は今ごろになって、学内のかなしみと鶴岡監督を惜しむきもちを、共有したのだった。