表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有翼の女神様  作者: カノウラン
1:サッカー部の守り神
4/29

幽霊に非ず

「葬式にはな、よその学校の監督だって来るんだ。これから対戦する学校の監督だってな。大会の真っ最中に、つぎの監督になるやつがめそめそ泣いててみろ。いっしゅんで、なめられるに決まってんだろーが!」


礼音が肩をすくめた瞬間、またも、カタリ、と物音がした。

大声の余韻か、うわん、と耳鳴りがするなか、ほそいほそい声が、言う。


『なめてくれれば、隙も生まれるであろう』


「そ、うか。そうです、ヨ──」


おもいきり同調しかけて、ハタと、礼音はわれに返った。

飛びつくように流星の両腕にしがみつき、おそるおそるその体の向こうをうかがい見る。


「レオン?」

「こ、こ、ここ、中に、何かいます」


何事か、という顔をしていた流星は、はっとしたように礼音の袖を引いた。


「もしかして、オヤジの幽霊っ?」


そうかも、というおもいは湧きかけて急速にしぼむ。

空気も、声質も、急死した五十代男性のもの、にはほど遠い。


『幽、で……ないわ……』


ちりん、と鳴る鈴の音のようなその声は、ほそくつめたく岩をつたう清水のように、意識のなかに滲みてくる。

聞くまいとおもえば、すくなくともことばとしては聞き取らずにすむ、一方通行な声なき声とは、あきらかに異質なものだと礼音は直感した。

タスケテ──

あの日、遠くからでも、耳をふさごうとしていた礼音に『ことば』をとどけた、誰かの声。

六日も前から聞こえていたそれが、突如倒れて帰らぬ人となった、鶴岡監督本人のものであったはずがないのだ。


「……幽霊では、ないそうです」

「嘘つけ。ここに、オヤジ以外の幽霊なんか、出るわけねーんだ。つーか、オヤジの幽霊以外、ゆるさん。出てきやがれっ」


誰もいない空間に向かって、流星が啖呵をきる。

礼音は、その背にかくれているのはやめて、一歩、二歩、と後退った。


『待ちいや』


背筋をなでるような静止の声に、足が凍る。

なぜか、流星ではなく自分が見られていることを、礼音は悟った。

うつむいたままでも、白い反射光にさらされているようなまぶしさを感じる。


『わが声を、きけるな、そなた』


とっさに、礼音は首を横に振った。

天井よりも高い場所から、笑声がきこえた気がする。


『あれほど……あれほど、呼んだものを。よくも──』


澄んだ声には、責めも、うらみも感じられない。

ただ、おちた沈黙に、ふかい、ふかいかなしみがにじんで見える。

おまえの所為だと言われたなら、礼音もそんなことはないと、反論やいいわけができた。

けれど、分かっている。

関わりたくないと、きこえないふりで無視した声が、なにを知らせんとしていたのか。

聞こうとしていたなら、救えた命が、あったかもしれないことを。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ