勝利の女神サマ
「先生、天然か? 媛川の先生なんだろ?」
店主から視線を向けられた流星は、ため息まじりにうなずく。
「そうだよな。あんた自身がサッカーのこと知ってるように錯覚しちまうが、代表だってことも知らなかったもんな」
どこかで聞いた単語に、礼音の脳裏にある人物がうかんだ。
「あ。たか、ばやしくん──?」
「そうだよ、先生。鶴さんが育てたプロってのは、準決勝でハットトリック決めてくれた、あの鷹林くんよ。夏にはシティFCって東京のクラブから内定もらってんだ。U-19代表としても全国に知られた、媛川の星だよ。おなじ学校で知らないってどーなの」
「──すみません」
前日に行われた試合で、終わりがけ、立て続けにゴールを決めた慶太の興奮とは無縁の表情を、礼音はふとおもいだした。
まるで、秋空にはばたく黒翼のように涼しげな顔は、まわりの選手たちと視野の高さがちがうことを物語っていたのかもしれない。
「そこまで興味ゼロってのもどうかとおもうけど。あいつが自分から言い出さなかったんなら、あんたがとくべつな目で見ないことを、逆に、居心地よくおもってんのかもな」
「……そうで、しょうか」
「アレ。そうなの? じゃあ、よけいなこと言っちゃったかな。忘れてくれる、先生」
それは無理だと、礼音は苦笑を返した。
「頼むよほら、あの子は、これからって時に鶴さん亡くしちゃってるから。この先、相談相手になる大人も必要だろう」
おもわず、礼音がとなりを見ると、流星はほおづえをついて顔を背けてしまう。
「このひとはだめだよ。鶴さんいわく、歴代最優秀の教え子が鷹林くんなら、こっちは歴代ワーストの問題児だってんだから。どっちが大人だか分かったもんじゃないよ。ねえ」
「いえ、あの、私も──」
どちらが大人だか、といえば慶太を相手に、礼音自身も何度おもったか知れない。
ぐびぐびとビールをあおった流星が、どん、と空のジョッキをテーブルに置いた。
「ねえ、じゃねーよ。どーせ、才能なんて俺にはからっきしだったし、全国で戦った経験すらねーしな。世界を相手にしようってやつからすりゃ、話しになんねーとおもうんだろ。俺が多少勉強したところで、この一年、あいつが外部で関わったようなプロのコーチとは比べようもないに決まってんだ」
「まあ、それでも、鷹林くんはちゃんと点を取ってくれてるし、新監督は危なげなく決勝までチームを導いてさ。何だかんだいって、うまく回ってるじゃない。鶴さんだって草葉の陰で、きっと感心してるよ」
おかわり、とジョッキを掲げながら、流星は鼻を鳴らした。
「俺たちには、ショーリのメガミがついてるからなー」
「……その辺にしといたら。すっかり酔いがまわってきてるみたいだし」
「酔ってねーよ。マジだ、なあ、レオン?」
ばしん、と肩をたたかれ、礼音はあやうく箸を取り落としそうになる。
「ハイハイ、いるいる、勝利の女神サマな」
投げやりに返し、肩をすくめてみせる店主に、礼音は異を唱えることもできず、苦笑をうかべた。




