志望動機
オヤジと毎日のように通ってた、と流星が語ったおでん屋は、カウンター席だけのせまいつくりで、満席状態の店内をのぞいて帰っていく客と持ち帰り客とで、ひっきりなしにドアが開く。
礼音は、今も外にある空席待ちとおぼしき人影を気にしながら、皿の上で四つに切り分けられたこんにゃくを、ひと切れ口に運んだ。
「あの城北にヨンゼロで快勝とは、鶴さんの急逝で一時はどうなることかとおもったけど、やっぱり強いね、媛川は」
どん、と新たに目の前に置かれた生ビールのジョッキを持ちあげ、流星はカウンターの向こうに目礼をした。
「頼りになるエースがいるんで、うちには」
「鷹林くんか。すごいねぇ、彼。今年こそは、得点王狙ってるんだろ、選手権の」
「選手権出場も決まってない内から、そんなこと考えてたら、オヤジにどやされるよ」
店主と流星の会話は、となりに座った礼音だけでなく店中につつぬけだ。
「はは。最近の子はいちいちどやされなくてもやるべきことをわきまえてるって、鶴さん言ってたっけ。誰かさんとちがってな」
「ちっ。客にケンカ売ってねーで、牛すじと巾着くれ。あと、おなじの、レオンにもな」
「え、あの……」
「おまえ酒飲まねーんだし、いいから、ガンガン食え。おでんなんかで悪いが、決勝まで駒を進めたのはおまえのおかげなんだしよ」
おでんなんかで悪かったなと、グレーのタオルで頭をおおった店主がひとりごちる。
礼音はぶんぶんと首を横に振った。
「レオンってことは、やっぱり外人さんなの。英語の先生か何か?」
差しだされた皿を礼音のぶんも受け取って、ちがう、と流星が答える。
「担当は美術。あと、日本人だから。な?」
ええまぁ、と礼音は曖昧にうなずいた。
「へーえ。先生はどうして教師になったの。おとなしそうだし、教育に燃えてってかんじでもなさそうだけど」
ウーロン茶のグラスに手を伸ばしたままで礼音は固まってしまう。
どう、答えるべきか。
こたえが見つかるよりもはやく、鼻でわらうような声がきこえた。
「教育に燃えて教師になったりしたら、三日でいやんなるぜ、なあ、レオン?」
「え……」
「こっちは生徒のためとおもってやってても、期待を掛けてるってことは、どっかに自分の願望が入ってんだってオヤジに言われてよ。俺の場合、自分がなれなかったサッカーのプロを代わりに育てたいんだ、と自覚したら、おもいどおりにいかないこともふっ切れた」
「プロに……?」
「そうだ。まあ、俺の場合は、運がなかった、なんて負け惜しみも言えないぐらい実力がなかったんだけどな」
ははは、とふっ切れた笑みをみせる流星を、礼音は直視できず、うつむいた。
すこしだけ、苦くても辛くても倒れてしまってもいいから、酒を口にしたい気分になる。
「でも、三十年やって、あのオヤジでさえ、結局ひとりだけ。プロを育てるのも、俺じゃ一生むりだって気がしてきた」
「──え、プロになった選手がいたんですか。それは、すごいことなんですよね?」
カチャン、と皿を取り落としたような音が聞こえて、礼音はカウンターの向こうを見た。




