エース
昨日一日で、かれこれ十人ほど声をかけただろうか。
もちろん、礼音は誰がレギュラーかなんて知りもしない。
が、ニケは知っていたはずだと、ぼんやりおもう。
「あ、の……それはニケが──」
「ああ。だとしても、今の状況で何のプレッシャーもかけずに部に関われる人間なんてなかなかいないだろうから、俺は、何気にすごいのは先生だとおもうけど。ただ、勝とうが負けようがどうでもいいってひとに恩返しするのは、むずかしいね」
「お、恩……?」
腕に頬をうずめてふたたびまぶたを閉じた慶太を、礼音は見つめた。
「勝負にもサッカーにも興味ゼロなひとでも、勝てば、すこしはよろこんでくれるのかな」
ちいさなひとりごとは聞こえないふりで、礼音は風を入れに窓に向かった。
* * *
「美術室でさぼってたんだってな」
「──すみません」
腰に手をやった流星に仁王立ちでにらまれ、礼音はとっさに謝った。
「おまえがそそのかしたのか?」
「え……誰を、ですか」
授業の空き時間をどこでどうすごそうと、さぼっていたとは言わないだろうと、礼音は遅ればせながら気づく。
「鷹林だ。六限の体育、あいつが実技に出てこないのなんてめずらしいから、どうかしたのかとおもって、保健室まで探しに行かせたんだぞ」
礼音は、おもわず流星の顔を見つめた。
「──何だよ」
「いえ、ちゃんと──じゃなくて。そんなに──でもなくて。心配するんだなぁと」
流星の目が、すわる。
「そりゃするさ。つーか、エースの心配せずにはいられない無能監督で、悪かったな」
「エース? それは、彼がチームでいちばん優れた選手、という意味ですか?」
礼音をしみじみと眺めてため息をつくと、流星はそばの木にどか、と背をあずけた。
「──……おまえ、もしかしなくても、鷹林のこと、知らねーだろ、実は?」
「え。知っていますよ。鷹林慶太くん、っていうんでしょう?」
「そういうこっちゃねーんだよ」
どういうことかと、こたえを求めて礼音は頭上の黒翼をあおぎ見るが、つばさの全体像が見えるあたり、今はこちらに背中を向けて練習のほうを見物中らしい。
「あいつ、昨日、部室で寝こけてたのを時差ぼけだって言ってたろ。何で時差ぼけになるとおもうよ?」
「時差ぼけは、海外に旅行して──」
「アホウ。旅行じゃねえ。海外遠征だ、サッカーのし、あ、い!」
流星にひとさし指を突きつけられ、礼音は五センチほどひるんだ。
「おまえさ。オヤジの告別式にあいつがいなかったのも、知らねーんだろ」
「えっ、はい……」
「言っとくけど、うちのガッコでそれ知らなかったの、おまえだけだぞ。オヤジが死んだ日、まだあいつらが中東で試合してたって、みんな知ってることだからな」
「あいつらって……?」
「U-19だ。つまり、十九才以下の日本代表。鷹林はそのメンバーで、帰国したのは一昨日の夕方。いくらサッカーに興味がなくても、そのくらいは学内にいりゃ知らないわけないとおもってたけどな」
「────に、日本代表……?」
そんなすごそうな選手をマネージャー呼ばわりしたことに、礼音もさすがに青くなる。




