ガンバレ
「エ、イタリアーノ?」
はっ、と顔を上げると、視線がぶつかった。
「どうして、君、イタリア語なんて──」
「おっ、通じた? 小学生のころ、イタリア代表にハマってたんだ、うちの母親が」
「……代表?」
「そう、アズーリ。青、の複数形なんだっけ。こういう青も、アズッロっていうの?」
「アズッロ、じゃなくてチェレステ、かな」
指さされた絵の空を見ると、暗いきもちがよみがえる。
今日はもうやめておこうと筆をかたしかけて、礼音ははたと動きを止めた。
「…………そういえば、今、授業中じゃ」
「そうだよ。六限目が始まったところ」
「鷹林くん、授業は?」
「ねむいし、試合の前日に、体育でよけいな体力つかいたくないから、さぼり。邪魔?」
礼音が首を振ると、机で組んだ両腕に左頬をのせて、慶太はまぶたを閉じた。
きりりとしたまなざしがないと、やや印象がやわらぐ。
「体育の授業って、深澤先生?」
「そう」
「──……きらいなの?」
「スポーツ全般、好きだけど」
「深澤先生の、こと」
片目だけが開いて、礼音をちらりと見返す。
ちいさく、嗤われた気がした。
「べつに。好きじゃないのはたしかだけど、きらいというよりは、認めてないだけ」
どきり、とさせられる。
それは他人事だとはおもえないことばで。
教師に相応しいところなどひとつも持たないという自覚がある礼音の、うしろめたいきもちを、容赦なく突いた。
「あの男とは、サッカー観とかコーチ観ってやつが、決定的にちがうもんでさ。先生って正反対のタイプに見えるけど、あの男と気が合ったりするの?」
「え、……気が、あう?」
予期せぬ質問に、礼音は問うた相手をまじまじと見た。
いつの間にか開いていた目も、いぶかしげに礼音を見返す。
「ちがうんだ。じゃあ、単に、同い年のよしみで協力してやってるだけ?」
「深澤先生と私は、同い年なんですか?」
「えっ。──どっちも二十五って聞いたけど。というか、先生って美術選択だったやつらに聞いても、名前すらまともに出てこない謎の教師状態なんだけど。いったいどういう授業やってんの?」
慶太の視線に、礼音はうなだれるともなく、うつむいた。
「……すみません」
「ああでも、いつも美術室にいてくれるから、課題提出には困らなかったってさ。それって、いつもこうして絵を描いてるってこと?」
きもちだけうなずく。
垣間見た慶太の顔は、ひろげたままの画材へと向けられていた。
「先生って、俺たちに協力してくれてるけど、俺たちに勝ってほしいとか、実はこれっぽっちもおもってなかったりする?」
「え──……、あの、……どうして?」
おもいきり戸惑いをうかべているであろう礼音の顔を見て、慶太がわずかにわらう。
「他のひとと、何か雰囲気がちがうからさ。よく考えたら、先生って、俺たちにガンバレって言わないなーと」
もうひとつ、謝るべきか。
それとも、とりあえず否定しておくべきなのか。
迷う礼音に、慶太が真顔で問うた。
「明日、負けてくれってのが、本音?」
「ま、まさか。おもってません、そんな!」
おもわず身を乗りだした礼音の肩を、ぽん、となだめるように慶太がたたく。
「そう。良かった。悪いけど勝つし、勝てる方向にもっていったの、先生だからね」
「え……っ」
「先生のことばって、強制しないところとかちょっと毒入ってるところが監督に似てて、みんな、今まで監督から言われてきたこともおもいだせてる。あと、声をかけてる相手がリザーブばかりで、レギュラー組の目まで一発で醒ましたし。おみごと、ってかんじ」




