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有翼の女神様  作者: カノウラン
3:サボリ
13/29

日本画

うすくうすくのばした浅葱色に、つばさの墨色をにじみで描く。

墨の濃さをあやまれば、とたんに存在感が浮き出てしまう『見えないつばさ』の表現に、礼音はすこぶる手を焼いていた。


「あ……」


また失敗だと、筆をおろす。

追い打ちをかけるように、ぽたりと余白に落ちて染みる墨が、暗いきもちに輪をかけた。

カラ、と戸車がまわる音がきこえても、すぐには反応する気力さえ湧かない。


「──へえ、意っ外」


すぐそばでした声に、机に両手をついてうなだれていた礼音は、え、と視線を向ける。


「君……」


長袖シャツの袖口をかるくまくった制服すがたの彼は、くしゃりと髪を掻いた。


「鷹林。サッカー部の」

「わ、わすれてないです」


昨日の今日で、いくら左胸に名札がないとはいえ、それだけしか知らない部員の姓を、忘れようがない。


「名前で呼びたきゃ、そうして。そのほうが早いだろ」

「え……」

「何でおどろくの。部のみんなのことは名前で呼んでびびらせてる、って聞いたけど」

「呼んでるのは、その、ニケで──」


自分はただ、その呼称をなぞっているだけ。

そうさいごまで言い出せずうつむいた視界に、上履きがとびこむ。


「──あ。君、ケイタっていうの?」

「そう、鷹林慶太。……って、上履き見たな、先生」


足がうごいて、カタンと鳴ったいすの脇で止まった。

どうやら、引いたいすに腰かけたらしい。


「鷹林くん、どうして美術室になんか……」

「これがニケ?」


問いに問いで返されて、礼音はとなりの机でほおづえをつく慶太を見た。

その視線は、机の上の失敗作に向けられている。


「あ──」

「ふうん、天使とか大きな烏っぽいのを想像してたんだけど。これは、たしかにサモトラケのニケってかんじだね。頭ってないの?」

「首から上は、まぶしくて見ることができないんです。くろい髪も、肩から下の見えてるところだけを描くのは不自然なので……」

「腕もないわけ。どっちも?」

「ええ。見えるのは指をさすときだけなので、袖にかくれているんだとおもいます」

「今も、その辺に浮いてる?」


天井を指さした慶太に、礼音は首を振った。


「いえ。私についてるわけではないので……それよりも、君、ニケの像を知ってるの?」

「そりゃ。今どき、ネットで探せば写真くらいいくらでも出てくるからね」

「あ、そうか」

「でも、先生が日本画を描くひとだとは知らなかったな。イタリア系って聞いたけど?」


じっ、と見られて、礼音は琥珀色をした瞳を隠すように伏せた。

今日日、褐色の髪などめずらしくもないが、純粋な日本人だというには、顔だちからして無理があるらしい。



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