サル
「先生って、いったい何なの。あの男のいうことなんか聞いてやって、何か得になるともおもえないんだけど」
ばきり、と鳴った製氷皿から、ステンレスのバットにガラガラと、氷があけられる。
「神だか霊だか知らないけど、仮にそんなのがついてるからって、どこに、先生がつきっきりで通訳してやる義理があるわけ。どうせ、自分ひとりじゃ監督なんて務まらないって、泣きつくか、脅すかしたんだろうけど」
するどい、と礼音が顔に書いたかのように、横目でやっぱり、と言わんばかりのあきれ顔をされた。
冷蔵庫の中から大きなペットボトルを取り出すと、氷を入れた氷のう袋に水とおぼしき液体をそそぐ。
ついでのように、ボトルに口をつけてあおる彼を見て、礼音は内心で手を打った。
「君、もしかして、マネージャーさん?」
だとしたら、ひとりで部室に残っていたのにも合点がいく、とおもう。
が、ごほっ、とむせた彼は、冷たい目でじっと礼音を見た。
「──ぜんぜん、ちがう」
怒ったのか、きゅ、とふたをした氷のうを右手にぶら下げると、彼はそれ以上礼音に構おうとはせずとびらへ向かう。
閉まりかけたとびらを押しとどめてあとを追うと、立ち止まった彼が、気をとりなおしたようにふり返った。
「あのさ、先生。いっしょにグランドに来るってことは、みんなの期待に応えてくれるもんだと解釈するけど、いいの」
「みんなの、期待?」
「監督がいなくなって、どうしたらいいのか分からないっていうのが、今の状況。でも、試合して、勝って、全国大会に出場しなきゃいけないってことだけは分かってる、だからみんなよけいに焦ってこんらんしてるんだ。チームを落ちつかせて、いつもどおりに練習させて、試合に自信をもって臨ませる、っていうのが、監督のすべきことだけど。そんなこと、あのサルには逆立ちしてもできない。だから、先生を頼ってるんだろうけど」
「私、というか、ニケを……」
「どっちでもいいよ。みんなは、監督の代わりに導いてくれるひとを必要としてるんだ。わらにもすがりたいってときに現われといて、とちゅうで見捨てられるんじゃ困る。動機があのサルの脅しとかなら、いいからこのまま消えちゃってくれない」
氷のうをもてあそぶ不機嫌そうな横顔を、礼音はわりあいじっくりと見つめた。




