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有翼の女神様  作者: カノウラン
2:新監督vs時差ボケの君
10/29

アイシング

「どっか痛めたのか、貴巳?」

「イエ、大したことは……」

「今度はどこやった。足首、右か? ──おい、アイシングよこせ」


どうやら自分が催促されているらしいと、礼音は流星の手のひらを見つめた。


「あの……」

「冷やすもんだ、早く」


あわてて流星からもらったペットボトルをとん、とその手に載せると、一拍おいて、何か言いたそうな視線が上がってくる。


「あの、まだ冷たいですけど」

「だー、ちがう。氷だ。クーラーボックスがあるだろ、どっかに」

「クーラーボックス?」

「俺が用意してドリンクといっしょに──……あー、いや、今日は出してねーか、くそ」


舌打ちした流星が、礼音の腿を突いた。


「悪いが、部室から氷、持ってきてくれ」

「あ、はい」


すぐにきびすを返しかけたところで、はたと礼音は動きを止めた。


「部室の、どこですか?」

「氷は冷凍庫に決まってんだろ」


それもそうだ、と礼音は気をとりなおして、部室へと急いだ。


部室に入って首をめぐらせれば、すぐに冷蔵庫だと分かる物体が目につく。

と同時に、壁にもたれかかるようにして座る人物が目に入って、死体の残像と見紛った礼音はぎょっとした。

よく見れば、部員の誰かが寝ているのだと分かる。

が、すぐに、倒れている可能性にもおもいあたって、礼音は慌てた。


「あ、あのっ、君、だいじょうぶ?」


声をかけ、揺り起こせば、億劫そうにまぶたが持ち上がる。


「──ん、だれ……朝?」

「いえ、今は、夕方──」


礼音をまばたきしながら見つめた彼は、とつぜん、おもいだしたように立ち上がった。


「部活はじまってんだろ。何で寝てんだ、俺。起こせよ、誰か」

「す、みません」


とっさに謝った礼音に、視線が降ってくる。


「ああ、例の先生か──起こしにきてくれたの、俺のこと」

「い、いえ、私は、氷を取りに……」


不審そうな顔をされて、礼音はそそくさと冷蔵庫に向かった。


「氷って、アイシング? 用意できるの?」

「え、用意?」


冷凍庫の中から取りだした製氷皿を片手に、礼音は途方にくれる。

おず、と腕組みをした生徒に問うた。


「あの、どうすればいい?」

「──誰だよ、先生に行けって言ったのは。まあ、あのサルしかいないけど……」


後半の自答が、はたして幻聴なのか、声にしてない声なのか、立派なひとりごとなのか。

礼音はとっさに分からず、横に立った長身をあおいだ。


「ケガしたのって、どこ」

「たしか、タカミ……あ。じゃなく、足首」

「何、動揺してんの。とって食いやしないよ。というか、貴巳なら、要らないんじゃない」


これ、といずこからか取りだしたブルーの氷のう袋をぷらぷらと振ってみせる。


「あいつの痛いは、半分、サボる口実みたいなもんだよ」

「でも、持ってくるよう言われたので……」


氷と氷のう袋があれば、ひとりでも何とかできそうだと、礼音は製氷皿をひねりにかかった。

が、五秒ほどで取り上げられる。



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