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九月の出来事 

作者: lemon no heya
掲載日:2017/02/01

  


九月の出来事

             lemon no heya




 明日は冬至である。午後四時を過ぎると室内が薄暗くなり、寒くて暗く、好きになれない季節だ。部屋の電気をつけ新聞を見ていると、電話が鳴った。

「T警察署の林です」

警察署の林さんが捜査二課の刑事と分かるまでに、瞬きを三回するほど時間がかかった。

「お宅の事件の容疑者が先日逮捕されたので、お知らせします」

「はあ」状況が理解できなくて、間抜けな返事をした。

「もしもし、群馬県の女性を騙そうとして未遂で捕まった三人組を調べていたら、お宅の名前が出てきました。こちらの調書とすべて一致したので、被害事件として群馬署に移ることになりました。これからは群馬署から連絡があると思います」

「捕まりましたか。ほんとによかったです。それで、お金は戻ってきますでしょうか」

「それは無理だと思います」

 刑事は申し訳なさそうにいった。


 木犀の花が開き始め、甘い香がほのかに漂う九月下旬の出来事を、私は鮮明に覚えている。

庭に出て青みがかった闇に瞬く星座を探していたら、居間の電話が鳴った。あわてて室内へ戻り受話器を取ると、長野市に住む息子の崇雄からだった。嫁の多恵とは三日にあげずメールを交わしているが、崇雄からの電話は一カ月ぶりだ。一人暮らしの私には息子からの電話ほど嬉しいものはない。

「崇ちゃん、久しぶりだね。元気だった?」

「うん」

「あんた仕事忙しくて帰りが遅いと多恵さんからメールもらったわ。(りゅう)ちゃんの誕生祝着いたぁ?」

十月一日に三歳になる孫の(りゅう)(いち)に絵本とバームクーヘンを送ったのだ。

「着いたよ、ありがとう」

「誕生会の日、早く決めてね、新幹線でいくから。琉ちゃんに会うのが楽しみだわ。琉ちゃんに替わって」

「……、あっ、今風呂に入っている」

 崇雄は受話器を外して、咳をした。崇雄の口数がいつもより少ない。

「なんだかいつもの声と違うね」

「風邪引いてなかなか治らないんだよ」

「市販の薬ばかり飲まないで、明日医者へいっておいで。早く治さないとね」

「分かった。心配かけてごめん。僕の携帯だけど故障して修理に出したんだ。しばらくは今からいう番号になったからメモして、090―****」

 私は書き留めた番号を復唱した。

「お母さんの携帯番号教えて」

「多恵さんに聞けば」

「今教えてよ。その方が早いから」

 急かすようにいうので教えた。孫の声が聞けなかったのが残念だった。明日、早い時間にこちらから掛けてやろうと思った。

 

 翌日、十時からの読書会に出席するため、私はバス停からN会館への道を歩いていた。道路や街路樹は朝からの雨に濡れて、行き交う人がまばらな街にも木犀の香が漂っていた。N会館は市役所の裏側にある深緑色のビルである。JRの駅からほど近い距離にあり、ここで毎月例会を開いている。

 十時前に七人が集まった。年金生活者の女性ばかりだ。コの字型の机の周りに席を取り、本を広げて雑談していると、世話役が「今日は三人欠席です」といった。私の鞄の中で携帯が振動したので取り出すと、崇雄の新しい番号だった。

「ちょっと失礼します」と断って室外へ出た。

「お母さん、病院へ行ってきた。風邪だったよ」

「たいしたことなくてよかったね」

「実は心配事があって眠れないから、なかなか風邪が治らないんだよ」

「心配事ってなに」

「借りたお金で投資していたんだけど、その投資会社と連絡がとれなくなってさ。利息も入らないし、今日中に返さないとサラ金が会社まで取り立てに来ると脅されているんだ。お母さん助けてよ、頼む」

 突然お金やサラ金の話になり、驚きで鳥肌が立った。

「いくら借りたの?」

「五百万」

「大金だねえ。多恵さんは知っているの」

「いえるわけないよ。知れたら離婚だよ。それより会社へサラ金が取りに来て騒がれたら、首になってしまう。母さんなんとか五百万準備できないかな」

「今、出先にいるの。そんな大金、急にいわれても無理だわ。どきどきしてきた」

「何時に帰るの? 家に電話するから、頼むよ」

 哀願するような声を振り払い、私は携帯を切った。こんな重要なことを内密にすべきではないと思い、多恵の携帯にかけたが出なかった。「至急電話ください。急用です」とメールを送った。

 読書会は始まっていた。「顔色悪いですよ。大丈夫ですか」と司会の吉本さんが訊いた。

「ちょっと急ぎの用事ができたので、申し訳ないのですが途中で帰らせてください」

 来てすぐは帰り辛い。読書会は楽しみな集まりなのに、今日は集中できそうもなかった。

一時間後、私はみんなに詫びて部屋を出ると、急いでバス停へ向かった。幸いバスはすぐ来たので、乗り込むと座席に雪崩こんだ。

崇雄は三十七歳になる。父親が二十年前に病死し、奨学金とアルバイトをして国立大学を卒業したまじめな子である。今は精密機械会社の技術者となり、妻と子供に恵まれている。これまで心配をかけたことのない子だった。

株や先物取引がどれほど危険なものか、崇雄は分かっているはずだ。十年ほど前、私の従兄が株の信用取引で大損し、全財産を失ったうえに離婚した。そんな時伯父が亡くなったのだが、従兄は親の葬式を出せないといい出した。それでは淋し過ぎると、親戚がお金を出し合って葬式をしたのを見ている。それなのに借金してまで投資したと知り、私は心底腹が立った。なんて愚かなのだろう。どんな理由があっても認められない。こんな時は夫に生きていて欲しかったと思う。私は窓の外を眺める余裕もなく、息苦しくて深呼吸をひとつした。

バスから降りると、雨は上がっていた。背中を丸め重い足取りで、ようやく家に着いたとき十一時半を過ぎていた。疲れてなにもしたくない気分だった。家に着くころを見計らったように崇雄が電話してきた。

「お母さん、さっきの話だけど、五百万用意できる?」

「できるわけないわよ。どうしてそんなことしたの」

「配当金が高いと誘われて、投資した。魔が差したんだ。後悔しているけど、とりあえず今日中に準備できないと会社に取り立てに来るというからさ。ねえ、いくらなら出せる?四百万でもいいから頼むよ。今日渡せば、弁護士の沢村先生がうまくやってくれるから」

「沢村弁護士って誰なの。お母さんからその弁護士さんに電話して詳しく訊くから、番号教えて」

「しなくていいよ。僕みたいな被害者を助けてくれる信頼できる人だから」

なにを根拠に信頼できるというのか。親に大金を無心しているのに、崇雄に悪びれた感じは見えなかった。

「四百万もほんとに無理。三百万で目いっぱい」

「分かった、残りはなんとかするから、三百万頼むよ」

「簡単にいうけど、誰がすぐ二百万を貸してくれるの」

「会社の同僚の木村さんに借りるよ。前に貸してあげたことあるから。だから早く下してきてね」

崇雄は甘えるような口調で急かす。私は混乱と焦りの中で、崇雄の言葉に違和感を覚えた。同僚と簡単に大金の貸し借りをしているらしい。それも崇雄らしくない。不審に思いながら銀行へ向かっていると、また携帯がなった。

「お母さん、三十分ぐらいで帰ってこられる?」

「一時間以内に帰れると思うけど、下ろしたらあんたの口座に振り込むね。すぐ下せるでしょう」

「現金じゃないとだめなんだ」

「どうして? どうしてわざわざ現金にするの?」

「沢村先生の指示だから僕のいう通りにしてよ、現金でお願い」

考える暇を与えないようにひっきりなしに電話してくるのは、追い詰められているからか。だが本当に追いつめられていったのは私だった。

子どものころ「オムライス作って、お願い」と甘えるようにいったときと変わらない。だから私は突き放すことが出来なかった。少し疑ってみては親の私が信じて助けてやらなければ、と心が降り子のように揺れた。

銀行の窓口で定期を解約するとき、顔見知りの女子行員が、使い道を詳しく聞いた。家の増改築代だというと「銀行の振出小切手になさったら」といった。

「午後から取りに来るというので」

 適当にごまかしたが、今どき大金を現金で払うなんて怪しいのである。崇雄がまたかけてきた。

「お母さん、お金準備できた?」

「うん、長野まで新幹線で持っていこうか?」

「来なくてもいいよ。沢村弁護士の下で働いている人が家へ取りに行くから渡して」

「そんな知らない人に大金渡せんちゃ。じゃ、あんたが取りに来られ」

「お母さん、僕のいうことが信じられないの」

「信じられないようなことを、するからじゃないの」

「彼はほんとに信用できる人なんだよ。その人もうすぐ家の前に行くから、お金を新聞に包んで、それを紙袋に入れて渡して。彼はお金だとは知らなくて、書類だと思っているからさ」

「なんという名前の人なの」

「後藤さんという人。早く包んで用意してね」

「知らない人に渡せないわ」

「頼むから僕を信じていう通りにして。お母さんしか頼める人はいないんだから、見捨てないで」

「見捨てないで」といわれたら、亡夫なら助けたと思う。信じてという崇雄に押し切られ、私は「分かった」といった。

「ありがとう。あと十分ぐらいで外に出てみて。後藤さんですかと訊いてその人に渡してね」

 崇雄はもう一度、頼むねといった。

 私はお金を新聞紙に包み、和菓子屋の手提げ袋に入れガムテープでしっかり留めた。もう一度多恵に電話したが、やはり出なかった。携帯を見る暇もないほどなにをしているのだろうか。

 玄関を開けると家の前にグレーのスーツの男がいた。百六十五センチほどの痩せ形で、目が細く特徴のない顔だった。下を向いて私と目を合わせない。

「後藤さんですか」と訊くと、肯いた。

「名刺いただけませんか」

「持っていません」

「ないの、名刺があればよかったのに。じゃこれを沢村弁護士に渡して下さい」

 私は紙袋をなかなか手放すことができなかった。後藤は紙袋を奪うように取るとバス通りの方へ歩き始めた。車で来ていると思い、車番を控えるために、私は彼の十メートルほど後をつけた。すると携帯がなった。

「お母さん、後藤さんの後をつけるのやめてよ。沢村弁護士に失礼だろ」

「車で来ているのなら、車番を控えとこうと思って」

「そんなこと、するなよ」

苛立ったように崇雄がいったその時、後藤が通りを曲がったので、私は電話を切って小走りに追いかけた。また携帯がなった。見ると、多恵からだった。

「お義母さん遅くなってすみません。接骨院へいっていたんです」

「待っていたわ。崇雄の携帯壊れたの?」

「いいえ」

「風邪が治らなくて今日病院へいった?」

「いいえ、風邪引いていませんよ。崇雄さんの携帯にかけてみてください。会社にいると思います」

 私は血の気がひいて、目の前が一瞬暗くなった。

「多恵さん、どうしよう、オレオレ詐欺にひっかかったわ。たった今お金渡して、後をつけていたとこだったのよ」声が震えた。

「どうしてお義母さんほどしっかりした人が、騙されたんですか。すぐ警察へいってください」

 もう少し早く電話をかけてくれれば渡さなかったのに、悔し過ぎる。私は駆け足で近くの交番へ向かった。途中、崇雄の携帯にかけると、すぐ本物の崇雄がでた。

「僕の声とは違うだろう。ともかくすぐ警察に届けて。それと僕の課の電話番号教えとくから、なんかあったらこれからここへかけてね」

「あれは確かに崇雄の声だったよ」

大金を借りた崇雄を馬鹿だと責めていたから、内心で詫びていた。 

息を切らせて大通りの交番へ駆け込むと、髪が薄い中年の巡査がひとりいた。

「オレオレ詐欺に騙されました」

「えぇ、いつですか。ともかく椅子に座ってください。いくら盗られたんですか」

「二十分前に三百万です」

「ここに住所と名前を書いてください。すぐ本署に連絡します」

 書いていると、また偽の崇雄が携帯にかけてきた。

「もしもし、お母さん家に戻った? 誰かいるの、声がするけど」

「隣の奥さんが回覧板持ってこられて、玄関でお話していたの」とっさに嘘をついた。

「なんで人を入れるんだよ。早く返して……。誰にもいわないでね」

怒ったような声だ。

「お隣の奥さんと話しているのに、どうしてあんたに叱られるのよ」

もう騙されたと知ったので、私はすぐ携帯を切った。家に戻ると白い車が来て男性が二人降りてきた。

「捜査二課の刑事です」と小声でいい、名刺を差し出した。

「連絡を受け飛んできました」

挨拶もしない内に家の電話が鳴った。刑事たちは家に入ると電話機にコードをつなぎ、「出てください。なるべく長く話して」といった。

「どうして電話切ったの。早くお金を沢村弁護士に渡さないと、ユウちゃんのためにも会社を首になるわけにはいかないだろ」

「今、ユウちゃんっていったね。ユウちゃんって誰」

「お母さんしっかりしてよ、孫の名前忘れたの」

「孫の名前はユウちゃんじゃないでしょ」 

 束の間、偽の崇雄は言葉を失った。

「疑っているのなら、お金返すよ。後藤さんに持って行かせるから、十五分ほど待って」

 偽の崇雄は開き直った様子で電話を切った。あれほど()かせて欲しがったお金なのに、返すとは白々しい。刑事が金の運び屋の男の風貌や服装を詳しく聞いた。どんな紙袋だったか、どこで下したかを聞いて、もう一人の刑事が署へ連絡した。

「多分JRで逃亡すると思うので、駅に署員を手配しました。ひっかかるといいのですが」

事件の被害者になり、私の体が小刻みに震えた。また偽の崇雄が電話してきた。

「後藤さんは十五分では戻れないそうだ。三十分待って」

 偽の崇雄はばれたと気付いたのだろう。電話を切った。返すつもりなど全くなく、時間稼ぎに適当な嘘をいっている。一時間ほど刑事たちと待っていたが、二度と電話はなかった。

「息子の声とほんとにそっくりでした」

「騙された人は皆さんそうおっしゃるんですよ」

「明日、午前中に警察署へ被害届を出しに来てください。受付で私の名前をいっていただければ」

といい、刑事たちは帰った。

自分は騙されない人間だと自負していた。儲け話には絶対乗らないし、疑り深い。それなのに見事に騙された。私の何処に隙があったのか。何度もなにかおかしいと思ったが、最後は息子可愛さに負けて騙された。相談する夫も兄弟姉妹もいない。息子の不祥事を他人に相談することはできなかった。

 その日は何も手に付かず、食べることも忘れていた。小切手にするべきだった、馬鹿だった、と自分を責め続けた。九時ごろ崇雄から電話がかかってきた。

「母さん、大変だったね。お金は落としたと思って、諦めるしかないよ。あんまり気を落とさないで」

「お義母さん、自分を責めないでください。騙す方が悪いのだから。ぐっすり休んでくださいね」

 老後のためにこつこつ蓄えたお金だったから、息子夫婦に慰められても、心は晴れなかった。

騙す人は、どうして私を選んだのだろうか。まるで私を知っているような口ぶりだった。昨夜、携帯の番号をすぐ教えたから、簡単に餌食になると思ったのだ。

数年前から、県立U高校の卒業生の家族が何度か詐欺に遭ったとニュースになったことがある。崇雄もそこの卒業生なので、狙われたのかも知れない。偽の崇雄の言葉が頭の中で交錯し、眠れなかった。


次の日、私は事情聴取のため警察署へ行った。寝不足のぼやけた頭に陽光がまぶしかった。子供の頃、私はこの近くに住んでいた。五十年も前のことだ。大きな警察署の建物は子どもには威圧感があって怖かったものだ。今もどこかよそよそしい建物に見える。

受付で捜査二課の林刑事の名前をいうと、すぐ現れて「ご苦労様です」といった。あらためて見ると四十歳ぐらいで精悍な男性である。二階の取り調べ室らしいところへ通された。六畳ほどの窓のない白い部屋に、折畳みのテーブルとパイプ椅子があった。刑事はノートパソコンを開き、聴き取りを始めた。最初に電話がかかってきた時間、携帯番号を教えたこと、銀行名と渡した金額、受け取り役の人相など思い出せる全てを話した。家族の携帯番号も聴かれた。

 刑事の口調は丁寧だが、取り調べを受けている容疑者のような気がした。騙されてお金を奪われた愚かさを晒しているようで恥ずかしかった。一通りの聴き取り調査が終わり、刑事は調書を読み上げた。

「間違いがありませんね。これで事件として取り扱います。では今からN会館と、ご自宅の前と電話の写真を撮らせてください」

 一仕事終わったという安堵の表情が見えた。私は林刑事の車に乗って、N会館へ向かった。


 二日後、朝刊の社会面に、六十代女性が300万円盗られた「特殊詐欺事件」が載った。自分のことだが、客観的に読んでみると簡単に騙されたものだとあきれてしまう。「電話番号が変わった」「大金が必要。知らない人に渡して」ときたら特殊詐欺の常套手口なのに見抜けなかった。自分がみじめで、このことを絶対他言はすまいと心に誓った。

翌日から毎朝、新聞に掲載される特殊詐欺被害の記事は欠かさず読んだ。

『富山市の70代女性が息子を語る特殊詐欺(たのんちゃ詐欺)の被害に遭い300万円をだまし取られた。息子を名乗る男から「株に手を出し、会社の金を注ぎこんだ」と電話があり、350万円を引き出した。「新幹線で大宮駅にきてほしい」といわれ、指定された駅へ持っていき若い男に現金を手渡した。息子に確認したところ詐欺とわかり、警察に届け出た。現金を都市部に持参させる「上京型」の被害は初めてだ』

その後「なりすまし詐欺」という手口が現れた。

『魚津市の40代男性が融資保証金名目のなりすまし詐欺で159万2044円をだまし取られた。男性が経営する会社に融資案内文書のファックスが届き、必要事項を書いてファックスを送った。融資前に手数料を払って欲しいといわれ振り込んだ。更に担保金の支払いを求められ振り込んだが、融資がなく連絡も取れなくなり、警察に届け出た』

競馬情報提供名目の「もうかるちゃ詐欺」。市職員をかたる「還付金詐欺」。パスワードを盗む「フィッシング詐欺」。つぎつぎ新しい手口で、高齢者が餌食となっていた。一カ月に県内で十人以上が騙されていた。

世の中には騙す人々が溢れている。高齢者は疑う前に息子を助けたいと思うので引っかかる。私のように一人暮らしで相談する相手がいない人もいただろう。あの日以来、私は食欲がなくなり、不眠症になった。花の香りがすると悲しくなり、好きな音楽を聞くとわけもなく涙がでた。お金を騙し盗られるということは身も心もずたずたになる。


 十一月の読書会は作家・五木寛之氏と考古学者・大塚初重氏との対談「弱き者の生き方」だった。

先の世界大戦のとき、大塚氏は生き地獄ともいうべき死の海から、韓国済州島の人々に助けられ、生き延びたという戦争末期の凄まじい体験を持つ。

五木寛之氏は十二歳のとき朝鮮半島から引き揚げた。そのとき経験したのは戦争によって引き起こされた計り知れない極悪の数々だった。平和な時代には想像もできない、死の恐怖と背中合わせの恐ろしい情況だった。極限状態では、人はただ小さき弱きものである。それでも辛いことを直視する勇気を持たなければ本当の喜びを知ることはできないのだ、という内容だった。戦争体験に比べれば、オレオレ詐欺など取るに足りないことかもしれない。

「平和な時代に生まれ、不自由のない時代に生きている私たちですが、生きることは楽ではないです」

「誰もが皆弱きもので、想像力を働かせ、自分も他人も大切にして、懸命に生きて行かなければいけない」

出席者からはそんな感想が述べられた。六、七十代の会員たちは怒涛の戦後を生き貫いてきた世代なので、今の現役世代や学生にいいたいことが多い。

「携帯電話というものができて、顔の見えない特殊な犯罪が増えました」

「豊田商事事件でたくさん騙されたし、結婚詐欺から寸借詐欺まで昔から詐欺はありましたよ」

「以前、病気が治るとか、子どもの非行が止むとかいって、高額な壺を買わせるのがありましたね」

「人の弱みや善意に付け込んで騙すがですから」

「どうして簡単に騙されるがかね」

「今だから言いますけど、二十年ほど前、子どもが事故にあって重傷を負いました。治るといわれて、高額の壺を買ったことがあります。子どもを治したい一心で騙されているとは思いもしません。買わなかったことで子どもが死んだら、一生後悔するでしょう」

 七十代の吉本さんの体験談は他人事とは思えなかった。

騙される者が甘いという人もいる。私も少し前までそう思っていた。だが、母親は子どものためなら本能で行動してしまう。やさしいから騙される。会員たちの体験談を聞きながら、私はしんみりと頷くだけだった。

三か月ほどの日にちが経過し、事件を考えないようにしていると怒りや悔しさは薄れたが、自己嫌悪感からは解放されなかった。友達とも会いたくなかった。

 まだ事件を引きずり立ち直れないとき、林刑事からの電話だったのだ。


その数日後、群馬警察署から被害事件を引き継いだとの連絡があった。

犯人は三十代二人と二十代一人の三人組ということだった。三人は私の他に東京都の女性から380万円、群馬県の男性から1250万円を騙し取った疑いで逮捕された。東京都の拠点から押収した携帯電話やパソコン、名簿などを分析し、私の詐欺事件の容疑が浮上したのである。若い男たちが暴力団の手先になって詐欺を繰り返し、高齢者を食い物にしていた。許せないやつらが捕まったことで少しは気が晴れた。

私は久々に年暮れの街に買い物に出かけた。ジングルベルが流れる商店街のあちこちに「特殊詐欺に注意」を喚起するポスターが貼ってあった。銀行、郵便局、交番。そういえばヨガ会場の地区センターにも、コンビニのATMの前にも貼ってあった。これだけあっても被害額は何十億となっている。

アーケードを通り抜け、私は崇雄一家へ歳暮を贈るために、デパートを訪れた。歳暮の品はハムのセットにした。琉一が食べる顔を想像して選ぶのが楽しかった。手袋やマフラーの売り場で、足を止めた。見ているだけで心が温かくなる。多恵と琉一には手袋を、崇雄にはマフラーを買った。正月には帰省しないので、お年玉と一緒に送ることにしようと思った。


 二月十九日、群馬地方検察庁の検察官から『通知書』が届いた。

『上野健太、中井和樹、武田進、に対する詐欺事件

(事件番号平成28年検第○号)は、平成28年2月17日群馬地方裁判所に公判請求したので通知します』

 三行の事務的な文章により、いよいよ裁判が始まることを知った。犯人が捕まっても、被害者は蚊帳の外に置かれている。被害者はなにもできず、ただ経過を知らされるだけである。

 二月末に、群馬地方検察庁の事務官より電話があった。明るい感じの良い男性の声だった。

「事件担当の事務官です。三人の弁護士からお宅の電話番号を訊いてきたのですが、教えてもよろしいでしょうか」

 断る理由がないので承諾した。弁護士から電話がかかってくるかもしれないということだった。偽の崇雄がいっていた沢村弁護士のことを連想してしまう。担当弁護士が私にどんな用があるのだろうか。私は名前も知らない弁護士からの連絡を待っていた。

火曜日はヨガ教室の日である。詐欺に遭ってから体調を崩していたが、ヨガで救われた。ヨガは馬に例えられる頭と、馬車に例えられる体をつなぐ手綱の意味であるという。吸って,吐いて、ゆっくり体を動かす。ときに目を閉じ冥想する。繰り返すうちに無我の境地に入っていく。こうして少しずつ平常心を取り戻し、騙した人々への憎悪を静めることができた。

 ヨガから帰ってくると、留守電に東京の法律事務所から連絡してほしいと電話が入っていた。電話をかけると女性が出て「人権弁護士事務所です」といった。

「福田弁護士さんにお電話いただいたものです」

と告げると、福田弁護士に取り継いだ。

「ご連絡いただきありがとうございます。今度三人の弁護をすることになった福田です。よろしくお願いします」

 ソフトな物腰で、自己紹介した。

「そちらは新幹線が通って賑わっているでしょう。ご当地へいったことありますが、立派な家の多いところですね。立山へ一度登りました。魚とお酒がおいしいところですね」

 こちらの気持ちをほぐすように、話題も選んでいるのが感じられる。話しの上手な人だと思った。

「裁判では、三人一緒に弁護なさるのですか」

「そうです。三人の内一人は二十代で初犯です。昨日三人に会ってきたのですが、甘いなあと感じました」

「刑期はどれくらいになるのですか」

「九年ぐらいです。かなり重いですよ。それで親にお金をできるだけ用意してもらっています。お電話したのは、半分でもお返しして、和解書にサインしていただきたいのです」

返ることはないお金と諦めていたので、半分でも戻ればどれだけうれしいことか。

「一千万以上盗られた男性は、絶対和解しないとおっしゃるんです。こちらの話に聞く耳を持たれないので、難しそうです。和解書をFAXで送りますので、よろしければ考えてみていただけませんか」

 電話を切るとすぐFAXで和解書が送られてきた。

次の日、再び福田弁護士から電話があった。

「和解が成立すると、少しでも量刑が軽くなるかと思うのです。読まれていかがですか」

「彼等にも親がいるでしょうに、母親を騙すとはひどいですよね。絶対許せないという気持ちも分かります」

「母親と会いましたが、泣いてばかりいました。母子家庭の子もいます。普通詐欺は欲がからみますね。儲け話とか、還付金で得をするとか。でも、息子に成りすまして母親を騙すというのは、一番質(たち)が悪いです」

「お金よりも騙されたことが辛くて、私もなかなか立ち直れません。恥ずかしくていまだに苦しんでいます。もし半分でもお金が返ってきたら、気持ちにけじめをつけて早く忘れてしまいたいと思います」

「お母さんは優しい方ですね。今おっしゃったことを手紙に書いていただけませんか。三人に読ませます」

 福田弁護士の言葉に温かいいたわりが感じられ、凍っていた私の心が動いた。騙した若者たちに直接気持ちを伝えることが出来るかもしれない。

 その夜、夜中までかかって、私は手紙を書いた。

『上野健太君、中井和樹君、武田進君へ。

 九月二十一日夜、自宅へ電話してきた若者は、息子と声がそっくりでした。話し方がいつもと違うので、「声が変だね」というと「風邪をひいて会社を休んだ」といいました。心配になり「明日医者へいきなさい」と強くいいました。

 そのとき「携帯を修理に出したので、お母さんの携帯番号を教えてくれ」といいましたね。

翌日、出先に電話がかかってきて、「風邪だった。実は投資で失敗してお金の心配で風邪が治らない。500万円今日中に必要だ。できないと会社まで取り立てに来て首になる。すぐ帰ってお金用意してほしい。沢村弁護士の使いの人が家に行くから渡してくれ」といいました。

 それから「お金は下してきたか」「誰にもいわないで」と立て続けに電話がかかってきました。

「あんたの言葉なんかおかしい」というと、

「僕が信じられないの」「僕を見捨てないで」「助けてくれ。信じてほしい」と哀願するように頼みました。母親だからその言葉を信じて、助けてやろうとお金を渡したのです。騙されたと分かったときはショックで悔しくて情けなくて、自分に腹が立ちました。

「信じる」「愛する」「憎む」ということは説得されてするものではないです。心から心配であなたを「信じた」のですよ。

 お金を騙し取ったとき嬉しかったですか。嘘寒い嬉しさですね。人の善意を踏みにじった偽りの嬉しさ。騙された人の苦しみを知るためにも、逮捕されて本当によかった。あなたたちにもお母さんがいるでしょう。母親は子どものためなら命も惜しくないのですよ。今回どれほどお母さんを悲しませたか考えてほしい。罪を償ってから、お母さんを喜ばせることをたくさんしてほしいです。

 和解に応じることにしたのは、許すのではなく、一日も早くこのことを忘れたいからです。』

 翌朝FAXで送った。夕方、福田弁護士から電話があった。

「とてもいい手紙でした。ありがとうございました。今日三人に読ませました。反省文もよう書かんやつらなんですよ」と笑った。

「お役に立ててよかったです」

「気持ちよく和解に応じて下さってありがとうございます。奥さんに感謝の気持ちを示すのに、なんとか全額お返ししようと思います。振込先の銀行と口座番号をFAXでお知らせください。お金が届きましたら、和解書にサインして送ってください」

「本当に全額帰ってくるのですか。信じられないくらい嬉しいです」

「喜ぶのはお金が戻ってきてからにしてください」

「はい」

 二つ返事が心地よく響いた。

 翌日、昼過ぎに本当に全額が振り込まれて来た。通帳の数字を何度も指でなぞってみた。木の葉のお札みたいに消えてしまうのでは、と騙されたときより騙された気分だった。すぐ和解書にサインして送った。

お金が戻ったことを崇雄に知らせると、

「奇跡みたいだね。いい弁護士が担当で、お母さんはラッキーだったよ」と喜んだ。

   

 裁判所からの通知によると、公判は二回行われ、六月三十日に判決が言い渡された。上野健太は懲役六年、中井和樹と武田進は懲役五年であった。福田弁護士から九年ぐらいと聞いていたので、かなり軽くなったようである。一つの決着を見たと思った。

 八月半ば、A4サイズの封書が舞い込んできた。

差出人は控訴審の弁護人で、被告人の武田進が量刑を不服として控訴した、という内容だった。

武田進は二十四歳で初犯。上野らに誘われ電話のかけ子として共謀し、報酬は詐欺取得金額の一割であった。その後武田はかけ子を辞めたいと主犯格の上野に申し出て、上野もそれを了承した。また、被害者への被害賠償金は武田が一人で拠出した。よって量刑が重すぎると判断し控訴した。

 そこで、私に刑を減軽する嘆願書に署名して欲しいと依頼してきたのだ。九年が五年になったが、もっと減刑を望んでいる。まさか無罪を望んでいるのではないだろう。

 一審の前に和解に応じた時、群馬県警の刑事と群馬地方検察庁の検事から電話があったことが、私の心に引っかかっていた。

「和解されたのですね。被害金は戻ってきたのですか」

二人とも意外だという口ぶりだった。

「はい、お金が戻ったことだし、早く忘れたいと思って和解しました」

 刑事と検事に非難されたわけではないが、和解したことを責められているように感じた。和解の理由など問題ではなく、罪を犯したものと簡単に和解などしてはいけなかったのか。

 あらためて嘆願書を読んでみると、

「お金も返ったことだし、今となっては武田君の厳重な処罰を望む気持ちはありません」

 という文面であった。お金を返せば罪が消えるということはない。また武田がかけ子だったという事実。

「お母さん、助けて、僕を見捨てないで」と私を揺さぶったのは武田だったのだ。武田によって味わった苦痛は計り知れない。簡単に許しては、彼の為にならないと思い、偽らざる心情を手紙に書いた。

「嘆願書の提出を求める書類をなんども読み返しました。正常な精神状態ではいられなかった日々を思い出しました。騙された愚かさを誰にも言えず、食欲不振、不眠症になったのです。用意周到だと自負していたので、騙されことを認めるのが一番辛かったです。

 ですから、困っている息子を助けたいという純粋な気持ちを利用して大金を騙し取った犯人を、返金してもらったからといって、事件がなかったかのように『今となっては、厳重な処罰を望む気持ちを持っておりません』とは言い切れません。ふさわしい量刑を受け償ってほしい。量刑の程度については、法の専門家に委ねます。それが今の偽りのない気持ちです」

気持ちが伝わったかは知る由もないが、私は嘆願書には署名しないことを選択した。

 木犀が香り始めた穏やかな午後のことだった。         完



新聞記事は北日本新聞

「ストップ・ザ特殊詐欺」参照


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