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私が放置され続けて数時間、クルル姫たちが戻って来たのは弟である王子と一緒に食事を済ませた後で、私の事はすっかり忘れていたようです。
忘れていたのはクルル姫だけではなく専属侍女さんたちも全員だったようで、私が光魔法の明りの中、果実を頬張る姿を見て、あっ、という顔をしていました。
態々呼びつけたお客さんを放置だけじゃなく存在を忘れるとは何事ですきゅぃー!
思わず独り言が出そうになるぐらいカチンときましたが、ここは堪えておきました。
私にそれほど興味がない証拠だろう、と思い込む事でやっとですけどね。
冷静さを取り戻した私とは反対に、自分の失態にクルル姫は相当落ち込んでしまい、それを見て侍女さんたちも落ち込むという負の連鎖。
そんな中、1人だけ表情を変えなかったのは私たちの鉄面皮、侍女長さんだけでした。
「本当にごめんなさい、サクラ様。お呼び立てしておきながら」
「いえ、皆さんお忙しそうでしたから構いませんよ」
高貴な血筋の者の言葉を遮るのは無礼になるかも、と思いながらも言葉を被せ、色んな意味で忙しかっただろうから問題ないと伝えておきました。
私のその発言と振舞いに侍女長さんの眉がピクリと動きましたが、見なかった事にしておきましょう。
それよりもクルル姫の問題となる発言の方を如何にかした方が良いんじゃないですか、という念を込めて侍女長さんの目を見ておきました。
すると僅かながら、注視していなければ解らないぐらいですが軽く会釈で返してくれました。
流石上級メイドさんですね、アイコンタクトもばっちりです。
ばっちりですよね?
兎も角、放置事件はなかった事にして置きまして、そろそろ私はどうすれば良いのか教えて欲しいのですが。
いえ、そもそも普通は帰されますよね、重要な客人でもないのですから。
「さて、そろそろ帰らさせて頂きますね。紅茶、ごちそうさまでした」
「え? 何をおっしゃっているのですか、サクラ様」
え?と言いたいのはこちらです。
いえ、私だけじゃなく鉄面皮な侍女長さんは兎も角、侍女さんたちも驚いた表情をしてますよ。
もしかして、クルル姫の中では私は泊まっていく事になっていたのですかね。
「何をと言われましても。召喚されたとしても要件が済めば下城するのでは?」
「え? だってこれからはこの城で一緒に住まわれるのでしょう?」
「「「「え?」」」」
この発言には鉄面皮さんでも表情を崩して驚きの呟きが出ちゃいました。
いやいやいや、流石にそれはないですよ、クルル姫。
私は別に雇われた訳でもないですし、そもそもそんな話は聞いてませんよ。
私だけじゃなく侍女長さんたちも。
こ、これには唖然とするしかなかったです。
呆然とした表情のまま固まっていた私たちと困惑していたクルル姫が復帰したのはそれからしばらく経ってからで、取り敢えず今日のところは泊まっていく事になりました。
だって士官するしないはクルル姫だけで決めれる問題でもないですからね。
そして私の寝る部屋の事でも問題が発生しました。
突然客人用の寝室を用意するのも大変なのですが、それよりもクルル姫の我儘、同じ部屋で寝たい、が発動しましてちょっとした騒ぎでした。
流石にこの我儘にはクルル姫に甘そうな侍女長さんも許可出来る訳もなく、折衷案で私はクルル姫の私室に簡易ベッドを用意して眠る事となりました。
折角泊まるなら一度ぐらい豪勢なベッドで眠ってみたかったと、ちょっとは思いましたがエルフな私がクルル姫の庇護下を離れると何をされるか解りませんので、これでよかったのかもと思い直しました。
そういう事で、人生初のお城での宿泊です。
あ、あまり嬉しくないですね。
翌朝、侍女さんたちたちが現れる前に起きた私は空魔法ストレージから洗面用桶を取り出し、水魔法で出した水で顔を洗っておきました。
序に昨夜はお風呂なども借りれなかったので、魔法で体と服も綺麗にし、着替えも済ませました。
昨日は町娘風でしたので、王宮内で活動するのに相応しそうな衣服にしようと思いましたがそんな物は持っていないので作る事に。
まず考えたのはメイド服ですが、職業がメイド長でもこの城に就職した覚えはないので却下。
次に考えたのはケベルさんたちが着ていたような騎士服のような軍服ですが、これも騎士でもないし却下。
あ、でもこれはこれで戦乙女シリーズみたいに戦闘服として着てみたいと思い、作っておきました。
気分はコスプレイヤーです。
そして最終的に決まったのはエフェメラルさんのようなドレスタイプの衣服です。
エフェメラルさんのは薔薇の花をモチーフにしたドレスでしたが、私はサクラをモチーフにしたドレスです。
桜の妖精さんである私ですからこのドレスにしたのですが、クルル姫を意識したというのもちょっとだけあったりします。
ピンクな世界でピンクなドレスを着る少女。
ちょっと頭がどうかしていると思ったのですが、あれはあれでありだなーとか思ったりしちゃったのです。
何だかんだとお前も少女趣味じゃないか、という声は聞こえません、きゅぃー。
なお、ドレスはクルル姫が着ているようなパニエでスカートを膨らませるプリンセスドレスではなく、和風をイメージした着物ドレスです。
何だか七五三で着るような仕上がりになってしまいましたが、和の心を忘れないという事でこれにしておきました。
そうそう、私の妖精糸ですが、以前は白、生成り、桜と三色だけでしたが、他の色も出せるようになりました。
これは色々な色の果実や野菜を食べるようになったからで、取り込んだ植物の染色体から作り出せる色が増えたからです。
それでも桜色が多いのは、私が桜の妖精さんなので。
アイデンティティーは大事ですよね。
そんな感じで久しぶりに裁縫、いえ、ほとんど妖精さんパワーで作り上げましたから裁縫はほぼ関係ないですが、服飾活動をしていた結果、メイド長レベルが1つ上がりました。
決してメイド長は自分で服を作ったりしないと思うのですが、はて?
それはさておき、着物ドレス姿ではショルダーバックも変ですから、巾着袋も作って準備完了。
愛らしくもあり上品でいて、着ているだけで各種能力値がアップし、魔法効果も受け取れるフォークロア級の豪華な装いが今ここに誕生です!
我ながら良い出来だ、とリモートビューイングで360度見回しながらくるくる踊ってしまいました。
「・・・何をしているのですか?」
「きゅ、きゅぃー!?」
音もなく入って来た侍女長さんに気が付かず、です。
うっかりきゅぃー!?
「まあ、やっぱりこのドレスは素敵だわ。そう思うでしょう、ネル?」
「姫様のおっしゃる通りです」
はい、現在クルル姫がトウカの花をイメージしたパニエ仕様着物ドレスを着て鏡の前でうっとりしています。
何故クルル姫が着ているかと言えば、寝室から出てきた彼女が私の桜ドレスを見てとても気に入り、我儘を発動したからです。
トウカの花に似てて素敵とか、私も是非着てみたい、何処でそれを手に入れたのか、絶対に欲しい、というやつです。
トウカに似ているのは桜と桃の花が似ているから当然で、私サイズのドレスが着れないからどうしようもない、自作ですから何処とは言えず、は通じませんでした。
ですからトウカの花をイメージしたという事にして、決して作成中は見ないでください一族の掟ですから、と鶴が恩返しする話みたいな感じで私が作りました。
クルル姫のサイズが解らなかったので、衣装部屋にあった彼女のドレスを参考に作りましたが中々の出来だと思います。
色合いは私とほぼ同じですが、私の方がやや色が薄目で、クルル姫の方が濃い、桜色ではなくピンク色な仕上がりです。
一頻鏡の前でくるくる回っていたクルル姫ですが、満足されたのかソファーに戻ってきて座り、用意された紅茶を一口飲もうとしました。
「クルル姫はトウカがお好きなのですね、よっぽど」
「はい、大好きです」
それはもう満面の笑みで、世の男性全てを魅了する破壊力がありました。
同性の私もちょっときゅんとしちゃいましたから、美少女って得だなぁ、とか思いました。
「そうですか。それでしたらトウカのお茶も飲んでみますか?」
「え? トウカの?」
「はい、トウカです。旅に出る前に蕾と葉を摘んで茶葉にしました。トウカ蜜を入れて飲むと美味しいですよ」
「まあ、トウカの紅茶にトウカ蜜ですか! まさか東方地域にしかない貴重な物をお持ちなのですか!?」
ちょっと引くぐらいな食い付き具合ですが、とても興味津々のようですね、やり過ぎたようです。
ですが言ったからにはやっぱりなしとも言えず、巾着袋から茶葉と蜜の入った小瓶を取り出しました。
これは幻惑の森に居る間に作ったもので、あそこでは火を熾せないから諦めていたものです。
前世で飲んだ事がある桃の紅茶ですが、結構美味しかったから飲みたかったのですよ。
ですからこの機会にと提案してみたのです。
クルル姫は飲みたいようですが、得体の知れない私からの提供物とあっては侍女長さんが中々首を縦に振らず、ちょっと揉めましたが結局縦に振りました。
やっぱり侍女長さんはクルル姫には甘いようですね。
入れ方は普通の紅茶と変わりませんから侍女さんにお任せし、私たちはその味を楽しむ事にしました。
トウカ紅茶の香りと味の素晴らしさに酔いしれる、なんとも幸せな空気が漂う時間です。
私とクルル姫は顔を蕩けさせ、その時間を味わうのでした。
「ふぅ、とっても美味しかったです、サクラ様。貴重な物を頂き、感謝します」
「いえ、私も久しぶりでしたから」
「やっぱり東方地域の物は手に入り難いですものね。あら? でも茶葉を作られたのはサクラ様なのですよね?」
「ええ。私の居た森にはトウカが自生していますから」
「まあ! どちらの森ですか?」
おおっと、余計な事を言っちゃったようですね、うっかりうっかり。
何処の森って、幻惑の森なのですが、それは言えないお約束ですから、ここは殿下の宝刀を使いましょう。
一族の掟でうんちゃらと何時もの嘘ストーリーを話しまして誤魔化しました。
私の一族というのはあながち間違いではないですから、完全なる嘘でもないんですよね。
私はハイチェリーフェアリーという種族で、その種族は私しかいない、ただ1人だけしかいない種族、一族、という事です。
・・・ボッチが永遠に解消されないかもしれない件について。
ちょっと悲しくなりましたが、それはなかった事にしておきましょう、その方が皆幸せです、主に私が。
「掟なら仕方がないですね。でもドレスから考えると東方地域にあるのでしょう? それぐらいは構いませんよね?」
ん?
もしや東方というのはアジアンテイストなのでしょうか?
今の発言からいくと、これも忘れた頃にやってくるファンタジア世界名物テンプレ祭りなのでしょうか。
だからテンプレは以下略。
「どうなのでしょう? 私の一族に伝わる衣装の1つですから、ただ様式が伝来しただけかも知れませんよ?」
「うふふふふ、上手く誤魔化されてしまいましたね。でも、サクラ様ですから騙されて差し上げます」
ですから美少女って得だなスマイルはやめましょうね。
朝からほっこり気分を味わえるのはクルル姫の存在ゆえなのでしょう、我儘がちょっと偶に傷ですが、そういう雰囲気を持っている少女のようですね。
気が付いたら私も笑みを浮かべてしまっていますから、来る前までは嫌だなと思っていましたが、今は登城して良かったかも、と思い始めています。
まあ、これはただの早とちりだった訳ですが。
「そうだわ!」
「姫様? 急に立ち上がるのは感心しませんよ」
「トウカの紅茶をミュゼにも飲ませてあげましょう! それが良いわ。さあ、行きましょう、サクラ様」
「「「姫様!?」」」
再び始まったクルル姫の我儘、無理難題にほっこりした雰囲気が砕け散り、混乱の渦が舞い降りたのですから。
昨日も思いましたが、弟王子を好き過ぎでしょう、クルル姫は!
誰が言い始めたか我儘姫。
それがぴったりな少女、それがコンテラクト王国第一王女クルルーシュ・エル・コンテラクト様なのでした。
や、やっぱり来るんじゃなかったですきゅぃー!
お読みくださってありがとうございました。




