騎士ジェシカの奮闘
第四巻(真希が仲間になったとこ)の特典SSを書き直したものになります
書籍版なのでジェシカの名字がちょっと変わっていますが、どうして変えたのかは忘れました!
「――ジェシカ・ノールズ。君に、極秘任務を与えます」
騎士団長、スパークホーク様に呼び出されたわたしが聞かされたのは、そんな言葉だった。
伝えられた任務の内容は、王女様の捜索。
この国の第一王女マキ様は、たびたび城を抜け出しては街に繰り出しているらしい。
しかもあろうことか、街で冒険者として活動している、という噂が団長のところに届いたそうだ。
本当だとしたらそれは由々しき事態。
真相を確かめるため、王女の姿が城から消えた時を見計らって冒険者の集まる酒場へ赴き、王女を捜してほしいというのが任務の内容だ。
「で、でもわたしはまだ新人で、そんな特別な任務なんて……」
「いえ、露骨に騎士然とした人間が来れば警戒もされますし、顔を覚えられてしまっている可能性もあります。新人だからこそ、君が適役なのです」
「な、なるほど……」
そう言われれば、反論の言葉もない。
「あの方には、その、既存の常識にこだわらずに物事に当たるところがあります。ですからもしかすると、王女は突拍子もな……いえ、独創性にあふれる方法で余人の目を欺いているかもしれません」
「へ、変装をしているかもしれないということですか?」
だとしたらお手上げだ。
わたしは騎士になって日も浅い。
王女様をお見かけした機会も数えるほどしかなく、顔もはっきりとは覚えていない。
変装した王女様を見分ける自信はない。
「なので、マキ様が食いつきそうな餌を用意しました。これを、酒場のマスターに渡してください」
「依頼書、ですか?」
渡された紙を受け取ったわたしは、その内容に目を見開いた。
・〈仲良しの洞窟〉に一緒に行ってくれる17歳くらいのメイス使いを大募集♪♪♪
依頼を受けてくれた人には漏れなくイム子ちゃんの限定ストラップをあげちゃいまーす☆☆☆
レベル72のピチピチ冒険者 ジェシカ♪
「これを、この依頼書を、わたしが、出すのですか?」
「そうです」
あっさりと言ってのけるスパークホーク団長に、わたしは目の前が真っ暗になるのを感じた。
なんだこの♪と☆だらけの文章は。
そして、ピチピチ冒険者とはなんなのだ?
陸に上がった魚か何かだろうか。
そこまで考えたところで恐ろしい可能性に気付き、わたしは団長の秀麗な顔立ちに疑問の言葉を投げかけた。
「と、というかこれ、誰がお書きになったんですか? ま、まさか団長がお書きになったわけじゃ、あ、ありませんよね?」
「もちろん私が書きました。マキ様はメイス使いとして活動しているとの情報があります。さらに、マキ様がイム子ちゃんストラップを欲しがっていることは本人に確認済み。死角はありません」
どこか得意げに言い切るスパークホーク団長。
わたしの中で真面目で堅物、さらに完璧超人だった団長のイメージがガラガラと音を立てて崩壊していく。
しかし、団長がそんなわたしの内面を推し測ってくれるはずもなく、
「他に質問はありませんね? ……では、健闘を祈ります」
何が何だかよく分からないうちに、わたしの極秘任務はスタートしたのだった。
「ここが冒険者の集まる酒場、かぁ」
王女様が城からいなくなっているとの報を聞き、わたしは冒険者風の装備に着替えると、あの依頼書を片手に街の酒場の前までやってきた。
中から喧騒が聞こえる。思わず尻込みしてしまうが、これも任務。
別に取って食われるわけでもない。……はずだ、たぶん。
よし、と自分に気合を入れて、わたしが勇気を出して扉を開けようとした瞬間、
「じゃーまたねー!」
扉の向こうから、幼げな少女の声が飛び込んでくる。
(まさか、マキ王女?!)
酒場に出入りする少女がそんなに多くいるとは思えない。
それにこの声は、なんとなく以前に聞いた王女の声に似ている気がしなくもない。
いきなり当たりを引いたのか。
思わず喜色を浮かべたわたしの顔に、
「え? ……へぶっ!」
凄まじい勢いで開いた扉がぶつかって、わたしは一瞬にして意識を刈り取られたのだった。
――つんつん。つんつん。
脇腹の辺りをつつかれる感触に目を開ける。
「ここは……って、ひゃぁあああ!!」
目の前には鎧があった。
全長二メートルを超えるような鎧が鈍重な動きでわたしに覆いかぶさるように動いて、その無骨な指先でわたしの脇腹をつついているのだ。
「えっ? ええっ!?」
混乱するわたしに鎧の奥から声がかかる。
「おう、ようやく目が覚めたのか、お嬢さん。……いや、ピチピチ冒険者のジェシカさん、だっけか?」
「な、なぁっ!?」
奥からやってきたのは、酒場のマスターらしき男だった。
ニヤニヤとこちらを見ながら、とんでもないことを言う。
「まあ、そんな慌てなさんな。その子は扉の前で倒れてたあんたを助けて酒場の中まで運んでくれたんだよ。ちゃんとお礼を言っておいた方がいいぜ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「……イ、ィエ」
わたしが頭を下げると、巨大な鎧はビクッと身じろぎして、ガシャコンガシャコンと首を振った。
「トゥゼン…ノ、コト、シタマデ…デス」
鎧の中で声がこもっているせいもあるのだろうが、でかい図体に見合わない蚊の鳴くような声だった。
とはいえ、自分で気絶させたならともかく、人助けを当然と言い切る辺り、見た目に似合わず善良な人間なのかもしれない。
(そうだ! そういえば、さっきの声は……)
扉を開ける前に聞いた声はやはり王女様のものだったのではないか。
その可能性を捨てきれなかったわたしは酒場の中を見回すが、王女と思しき人間の姿はない。それどころか、ざっと見渡した感じでは王女様と同年代の女性の姿も見つけられなかった。
やはり、あの時わたしと入れ違いに外に出ていってしまったのだろうか。だとすると、ここは一度出直すべきか。
わたしが善後策を考えていると、マスターがまた声をかけてくる。
「あー、そうそう。あんたが持ち込んだ依頼、勝手に受理しちまったが問題ないよな?」
「え? あ、はい。問題ありません。ありがとうございます」
いや、焦ることはない。当初の予定通り、あの依頼に王女様が食いついてくるのを待つべきだろう。
……まあ、あんな依頼に王女様が食いつくてくれるか。いや、そもそも引き受けてくれる人がいるとも思えないのだけれど。
だが、そうやって気を取り直したわたしに追い打ちをかけるように、マスターはさらに予想外の言葉を口にした。
「そいつぁよかった。もうその依頼には希望者が出てるんだ。ラッキーだったな」
「へ? 希望者?」
間抜け面を晒すわたしに、マスターはにやりと笑うと、わたしの方を指さした。
「ほら、そこにいるだろ」
わたしの依頼の希望者がわたし?
一瞬混乱するわたしだったが、違った。
マスターの指は、わたしではなく、そのほんの少し横を、わたしの隣にいる、何かを指している。
わたしが顔を上げると、こちらを見る鉄の塊が恥ずかしそうにガシャコンとうなずいた。
「……ヨロ、シク」
よりにもよってお前かよ、とわたしが思ったのは言うまでもない。
王女をおびき出すためとはいえ、一度依頼を出したのに、やっぱり行きません、というわけにはいかない。
数分後、わたしは鎧の化け物みたいな巨人と一緒に、ダンジョン探索に向かっていた。
(どうして、こんなことに……)
わたしが捜していたのは、我らが王女様。同年代の女性と比べても小柄で華奢な、可愛らしい少女だったはずだ。
それがなぜ、こんな鉄の塊みたいな巨漢と冒険に出ることになってしまうのか。
「あ、あの、もう一度だけ確認しますけど、本当にあなたがわたしの依頼を引き受けてくれた、んですよね?」
「ハ、ィ。ソ…ゥデ、ス」
銀の鎧の中から、こもってか細くなった声が漏れる。
こんな外見の割に、実は人見知りだったりするのだろうか。
「ジ…ェ、ン、デス。コンゴ……モ、ヨロ……ク」
「あ、はい。ジェシカ・ノールズです。よろしくお願いします」
反射的に自己紹介の言葉を返しながらも、わたしは内心で首をかしげていた。
――ジエン。
あまり聞き慣れない響きの名前だ。
ただ、騎士の指南で縁のあるヒサメ道場の関係者にはそんな感じの名前の者もいた。
彼らの名前には必ず漢字が当てられていて、例えばジエンだと慈円になるだろうか。いや、あるいは自ら演じると書いて……。
「……あの、ところで、なんですけど」
「ハ、ィ?」
考えごとの途中だったのだが、どうしても看過出来ない事態に直面して、わたしは背後を振り返った。
「ジエンさん。足、遅くないですか?」
……そう。ただ普通に歩いていただけのはずなのに、最初横に並んでいたはずのジエンはいつの間にか後ろを歩いていた。
いかにも重量級の鎧を着て歩いているせいか、この男、異様に足が遅いのだ。
「ア、ゥ……。ソ、ソノ、ワタ、シ、ハ……」
それに対し、ジエンは巨体を揺らし、何か言いたそうにしていたが、
「……ゴメ…ナサイ」
結局は大きな身体をうなだれさせ、謝った。
「あ、いえ、謝ってもらうようなことでは……」
わたしはそう否定したが、このままではいけないと思ったのか、ジエンは足を速め、
――ドンガラガッシャン!
何だかお約束感満載な音を立てて、盛大にすっころんだ。
(……これは、前途多難になりそう)
地面に倒れたまま起き上がれずにジタバタともがく巨大な鎧を見下ろして、わたしはこっそりとため息をついたのだった。
「ト、プル……ット」
洞窟に、ジエンのくぐもった声が響く。
その直後に放たれたメイスの三連撃は目の前のモンスター、エリートリザードには避けられるが、
「はぁああ!」
回避行動を取って隙が出来たところにわたしが斬り込み、一撃で敵を絶命させる。
(この人、戦いになればなかなかやるじゃない)
ジエンは足こそ致命的に遅く、攻撃も振りが遅いのでなかなか敵には当たらないが、それ以外の基本能力は高く、戦いのセンスもある。
特にスキルの発動のタイミングは勘所を押さえている。
声がこもっていて聞き取りにくいが、今のもおそらく、棒術のスキル〈トリプルヒット〉を使ったのだろう。
避けられてもわたしが追い込める場所を狙ってうまく敵を誘導していた。即席の相棒としては及第点、というところだろうか。
ここは平均レベル六十のダンジョン、〈仲良しの洞穴〉。
仲良し、なんてほのぼのした名前がついているが、その名は出てくるモンスターがことごとく仲間を呼ぶことが由来だ。
時間をかけずにさっさとモンスターを倒していかないと際限なくモンスターが増えて詰んでしまうという凶悪なダンジョンなのだ。
しかし、そんな高難度ダンジョンを問題なく進めていけているのは、わたしのレベルが七十二と高いこともあるが、ジエンがうまく敵を引きつけてくれているからだろう。
そして、仲良しの洞窟はほぼ一本道で、仲間を呼ぶモンスターを除けばそれほど厄介な仕掛けもない。
安定して敵を退けられる実力さえあれば探索は容易だった。
わたしたちは大した障害もなく先に進み続け、遂には最深部の扉の前まで辿り着いた。
「ボスには一度休憩してから挑みましょう?」
「……ワカッ、タ」
事前情報によれば、この扉の向こうにいるのはこのダンジョンのボス、リザードキングだ。
いくらここまで簡単に来れたからと言って、時間をかけるとやはり仲間を呼ぶというリザードキングに疲れの残る状態で挑むのは得策ではない。
とはいえ、この調子で行けばリザードキングにも苦戦することはないだろう、というのがわたしの見立てだ。
なんだかんだでジエンはタンクとして有能であるのだ。
(まあ、このメイスはどうかと思うけど)
わたしはちらりと隣で休むジエンの手元を見る。
あんな無骨な鎧を着ているくせに、使っている武器はピンク色の柄の先端に黄色い星がついた、まるで魔術師のロッドにも見えるメイスなのだ。
イム子のストラップに釣られたことも考えると、姿に似合わず、可愛いものが好きなのかもしれない。
(あのメイスも、王女様が使えばすっごく似合いそうなのに)
あの小さな王女様が一生懸命に星型メイスを振り回している様を想像する。
「……うん、可愛い」
わたしが思わずつぶやくと、横に立っていた鎧がズガシャンと音を立てて横を向く。
何でもない、と手を振りながら、わたしは相棒に恵まれなかった不遇さに、またしてもこっそりとため息をつくのだった。
背後でズズン、という音を立てて扉が閉まると、ボス部屋に光が灯り、中の様子が分かるようになった。
「なに、これ……」
事前に聞いていた情報によると、ボスはリザードキング一匹だけ……。
その、はずだった。
しかし、目の前には優に数十匹を超えるリザードキングが立ち並び、こちらを無機質な瞳で見つめていた。
(まさか、わたしたちが休憩をしている間に仲間を呼んだ? でも、どうやって……)
「……ク、ル」
隣のジエンがぼそっと言葉を漏らす。
そうだ。
悠長に考えている時間なんてない。
今はこの場を切り抜けなければ!
「くっ! このっ!」
獲物を見つけたリザードキングたちが、一斉にわたしたちに殺到する。
視界を埋め尽くすほどの数のリザードキングたちに対して、わたしたちはたったの二人。
絶望的な戦力差だが、やるしかない。
「リヒテル騎士団を、舐めるな!」
自分を鼓舞しながら、近づいてきたリザードキングに切りかかる。
――クリーンヒット!
それでその一匹の戦意をくじくことが出来たが、敵はまだまだ残っている。
押し寄せるリザードキングたち。
こうなってしまえば、こちらにはもう攻撃する暇なんてない。
群がってくるリザードキングの攻撃をさばき、かわして、武器で受け流し、距離を取って……。
「しまっ――!?」
避けた先に、武器を振り上げるリザードキングの姿!
ギリギリで反応するものの、かわしきれずに肩を強打される。
「ぐっ!」
その痛みに気を取られた瞬間、リザードキングたちによる包囲網が完成する。
(完全に囲まれた!)
助けを求めて横を見れば、同じようにリザードキングの波に呑み込まれるジエンが見えた。
――万事休す。
そんな単語が頭をよぎった。
「ごめん、なさい」
思わず口についた謝罪の言葉は、はたして誰に宛てたものだったのか。
それすらも分からないまま、ただわたしは自分の運命を受け入れて……。
「――キャスト、オフッ!!」
異変が起こったのは、その次の瞬間だった。
異変の中心は、わたしの隣の、巨漢の鎧戦士。
叫びと共に、ジエンの着ていた、いや、ジエンを覆っていた鎧が、弾け飛んだのだ。
「なっ!」
自分の窮状も忘れ、わたしは驚きの声をあげてしまった。
それは、あたかもサナギからの脱皮。
サナギが蝶へと変身、いや、変態するように、銀色の鎧の中から、美しく、はかなげな少女が姿を現す。
「はぁあああ!」
少女は鎧から烈風のように飛び出すと、鎧から唯一引き継いだ装備、先端に星のついたファンシーなメイスを手に取り、
「や、ぁあああああ!!」
それを、目の前のリザードキングに振り下ろす。
一撃で粉砕されるリザードキング。
「まだ、です!」
しかしそれを、少女は一瞥もしない。
返す刀で巨大メイスを振り上げ、さらに隣の一体を。
その遠心力を利用するように回転し、彼女の周りに群がっていたリザードキングたちを、信じられない速度と破壊力でなぎ倒す。
「ジェシカさん、こちらへ!」
「は、はいっ!」
鎧に入っていた時とは違う、澄んだ声が耳を打ち、わたしは反射的に団長にするような返事を返していた。
慌てて唯一の安全圏、彼女の後ろへと退避する。
……そこからはもう、少女の独壇場だった。
彼女がメイスを一振りするたびに数匹のリザードキングが吹き飛び、彼女がメイスを振り下ろせば数匹のリザードキングの命が散らされる。
その様はまるで暴風だった。
あっという間に部屋にいたリザードキングは数を減らし、そして、
「終わり、です!」
最後のリザードキングの顔面にも星がめり込み、リザードキングは全滅した。
「あな、たは……」
そうして初めてわたしは、鎧から飛び出した少女の顔を、正面から見る。
(やっぱり、あの酒場の扉から女の子の声が聞こえたと思ったのは、勘違いじゃなかった)
彼女に、鎧を着ていた頃の偉丈夫の面影はない。
振り返ったその顔は、まぎれもなく、少女のもの。
それだけではない。
一度見たら忘れられない、彼女のその顔。
間違える要素はない。
そう、彼女はまぎれもなく……。
まぎれもなく……。
「――だれ?」
わたしとは、初対面だった。
「あ、ぅ。そ、その、こ、この姿では、はじめまして。わたし、ジェーンと言います」
戦闘が一段落すると。
鎧を脱いだままの少女がぺこりと頭を下げてきた。
「え? ジェーン? ジエンじゃなくて?」
「は、はい。す、すみません」
怯えたように言って、わたしから距離を取るジエン、あらためジェーン。
前にジエンと呼びかけた時に何か言いたそうにしていたのは、名前が間違っていたからだったようだ。
「あ、そういえば、ジェーンって冒険者の噂、どこかで……」
わたしがそこまで口にすると、ジェーンは恥ずかしげに身を縮めて告白した。
「あ、あの、はい。わ、わたし、みなさんには〈変態戦士ジェーン〉って呼ばれてるみたいで……」
そうだった。わたしも少しだけ、聞いたことがある。
変な鎧を着こんでいざという時に脱ぎ捨てるおかしな冒険者がいて、変態戦士と呼ばれている、と。
当時はそれでなんで変態なんだろう、と思ったけれど、まるで脱皮するみたいに鎧を脱ぎ捨てるから、変態戦士だったのか。
「というか、あなた、鎧の下に防具着てるわよね? 防具って重ね着は出来ないはずじゃ……」
「あ、この鎧は、防具じゃなくて、ただの飾りです」
「……は?」
思わぬ返答に目を丸くするわたしに、ジェーンは両手をバタバタと振って答えた。
「そ、その、わたし、人見知りなので、普段はこの鎧を着て隠れてるんです。あ、それに……」
「それに?」
「な、なんだか、狭くて息苦しいところにいると落ち着くんですよねっ!」
そこだけテンション高く言い切って、照れたようにえへへ、と笑うジェーン。
その笑顔を見て、「あ、この子なんかダメな子だ」とわたしは悟ったのだった。
「何とか、ここまで戻ってこれたわね」
結論から言えば、帰りは行きよりもずっと楽だった。
鎧を脱いだジェーンの戦闘力は圧倒的で、ジェシカが何もしなくても途中のモンスターを瞬殺してくれたのだ。
そのジェーンは依頼の成功報酬であるイム子ストラップをブンブンと振り回し、非常にご機嫌な様子だ。
だが、わたしの方はそうもいかない。
「はぁぁ。団長になんて報告しよう……」
一仕事終わったような気分ではあるが、実際には探索は成功したものの、本来の任務はまだ解決の糸口さえつかめていない有様だ。
とりあえず酒場のマスターに依頼完遂の報告だけするとして、そのあとはどうすればいいのか。
わたしはため息をつきながら、酒場の扉を開ける。
すると、
「あれ? もしかして、さっき扉にぶつかっちゃった人?」
聞き覚えのある声が、わたしの耳を打った。
そこに待っていたのは……。
「――お、王女様!?」
わたしが散々に捜し回っていた、当のマキ王女だった。
マキ王女は特に動揺するでもなく、「そうだよー」と言いながら、わたしの額に手を置いた。
「さっきはごめんね。急いで城にもどらなきゃいけなくて、あせってて……」
「あ、いえ、その、それは別に、いいのですが」
そこでようやく、わたしは自分の勘違いに気付いた。
わたしはジェーンの正体が女の子だったと知って、あの時扉を開けた少女と同一人物だったのだと勝手に思い込んでいた。
だが、考えてみればあの時の声はジェーンとも声質も口調も違っていた。あの時の声の主は、実際にはこの王女様だったのだ。
そして、ついでに言うと王女は全く変装をしていなかった。
もしわたしが酒場に来るのがほんの少しだけ早かったら。
いや、気を失ってからしばらく酒場に残っていたら、わたしは簡単に王女を発見出来ていたことになる。
「それじゃ、ちゃんと謝れたし、わたしはお城に帰るね」
どうやら、わたしに一言謝るためだけに、お城からまた戻ってきてくれたらしい。やはり王女は心優しい人だ。
感動するわたしに、王女は無邪気な微笑みを見せると立ち上がった。
「あ、あの、お気を付けてお帰りください!」
「うん! 今度は扉、そっと開けるね」
わたしの言葉に天使の笑顔を返してくれる王女を見て、わたしは沈んでいた気持ちが上向きになるのを感じた。
思わぬ展開に驚いてしまったが、少し遠回りをしたとはいえ、これで任務達成。結果オーライだ。
むしろ半日足らずで任務を成功させたとなれば、これはスパークホーク団長にお褒めの言葉を頂けるのではあるまいか。
そ、それどころか、そんな優秀なわたしに団長も特別に目をかけてくれて、ゆくゆくは……きゃー!!
「あ、そーだった。わたしがここに来てるのは内緒だから、誰にも言ったりしないでねー」
「もちろん! お任せください!」
出来る騎士であるわたしは、妄想にふけりながらもマキ王女の別れ際のお願いにしっかりとした言葉を返して……。
「……あ、れ? だれ、にも?」
マキ王女の姿が扉の向こうに消えてから、気付いた。
誰にも、というのはつまり全員ということで、だったら当然、騎士団長にも言ってはいけないということに……。
「ま、待ってください、王女様!」
わたしはあわてて扉に飛びつくと、転がるように外に飛び出す。
だが、そこにはもう、マキ王女の姿はなく……。
「王女様足速っ! じゃなくて、待ってください! 任務が、わたしの任務がぁああ!!」
――こうしてわたしは任務に失敗し、スパークホーク団長にめっちゃ怒られたのだった。
変態戦士ジェーンは一応webでも書籍でも早いうちに名前だけ出てきたキャラで、今のところ二度と出てきません
この話はどうにかして展開予想の裏をかこうと頑張ったのですが、そのせいで逆に何も予想せずに読むと「まったく普通の話になってしまう」という愉快な仕上がりになっております