僕が僕であるために
僕が僕であるために
翌日、ルーカ達はキャスのいる受け付けへと向かった。
「おはようキャスさん。」
「おはよう。」
ルーカ達はキャスに挨拶をした。キャスはルーカ達と少し話し、本題へと入っていった。
「これが今回の仕事よ。」
「どれどれ」
キャスがルーカに仕事内容のかかれた書類と遠距離からの写真を手渡した。その書類にカイトとポロンが両端から顔を覗かせる。
「それから、今回の任務終了後に支払われる報償金から宿舎の修理代を天引きさせてもらうわ。いいわね。」
「はい、おねがいします。」
キャスは厳しい表情で三人を睨み、念を押すとともに請求書を渡した。
「それじゃあ、修理代、がんばって稼いでね。」
キャスは請求書の控えを振りながら三人を見送った。三人は肩を落とし静かに事務局をでた。
書類に書かれた仕事内容は、次の通りであった。
依頼書
場所
カスタールから南東へ600km、ゴヘイズ砂漠、砂の川・下流・20エリア・ハーゲルとの国境付近。
対象珍獣
デザートアリゲーター
性質
雑食性・本来、人を避け行動している。極めておとなしい性質。
備考
デザートアリゲーターは、このエリアには生息しない。国境の柵を壊しこのエリアに侵入してきたと思われる。現在2人の旅人がこの珍獣に遭遇し、大怪我を負ったと言う報告を受けている。現在保安部隊が捜索中であるが依然発見できない。F・ハンターは直ちにこの珍獣を発見し駆除してください。生死を問わない。
以上
依頼書に目を通したポロンは、持っているお金で旅支度を整える事を提案。ルーカはその提案に挙手して賛成した。
「旅支度は二人でやってもらえませんか。私はちょっとよりたい場所があります。」
即座に準備を始める二人にカイトは声を掛けた。
「そうか、じゃあ正午に町外れで会おう。」
「正午に町外れですね。分かりました。」
カイトはルーカ達と約束を交わすと、二人に背を向け中央の保安本部へと向かった。
保安隊本部・・・一番地区中央に位置し、地上四階、地下一階コンクリート建ての立派な建物。このエリアにある十八の保安隊全てを統括し指示を出す集中情報部。また、銃から車に至るまで整備・改良を一手に引き受けるメンテナンス部。他にも優秀な人材を見つけ保安隊に勧誘する人材派遣部、などがある。
カイトは本部に入ると、「整備課」と書かれた扉を開けた。
「こらっ、てめぇら道具を雑に使うな。そこっ、おう、てめぇだ。とっとと仕事にかからんか。」
ひとたび扉を開けると、威勢の良い怒鳴り声が工場中に響き渡っていた。カイトはその声を発している、白髪の老人の側に近づいた。
「ここは、関係者以外、立ち入り禁止です。御用があるなら受け付けの方に、」
工場関係者と思われる、白いつなぎを来た若者が丁寧な口調でカイトに警告した。
「おっ、珍客到来だな。」
作業員の声に気付き、白髪の老人は振り向きカイトを見た。そして、尖らせていた口元を緩ませた。
「御久しぶりです。おやっさん。」
カイトはその老人に深深と頭を下げた。
「おう、俺の知り合いだ。おめぇは仕事にいきな。」
「そうですか。判りました。作業に戻ります。」
若い作業員は老人に言われ、ペコリと頭を下げ小走りに作業場へと戻っていった。
「どうした坊主、おめぇ、確かここ抜けたんじゃーなかったのか。」
老人はカイトに笑みを見せながら話す。カイトは事の次第を話した。
「ワッハッハ、そうか、あのドタバタ、おめぇの仕業だったか。これで少しの間、十番地区も小競り合いだけで、大きな動きは無いだろう。」
老人は工場中に響き渡るほどの大きな声で哄笑した。周囲の視線は二人に向けられ、動きが止まった。
「なに見てんだ。よそ見するには十年早ぇーぞ。」
視線を感じ、老人は怒鳴り声を上げた。周囲は一瞬にして動きだした。
「相変わらず、手厳しいですね。」
カイトは、苦笑を浮かべた。
それからしばらく余談が続いた。
「・・・で、何なんだ。頼みがあるんだろ。」
老人は先ほどとは打って変わって真剣な顔付きになった。
「率直に言います。そちらで使っているサンドバイクを2台御借りしたい。」
カイトは真顔で頭を下げた。
「出来ん。」
カイトは即答する老人に顔を上げ鋭い視線を走らせた。
「そう気張るな。出来んと言うよりも、無いんじゃ。全部出払っておる。」
老人は腕を組み渋い顔で答えた。
「そうですか、時間を取らせてすみません。それでは、」
カイトは早々に礼を済ませこの場を後にしようとした。
「坊主、そうせくな。まあ、話しでも聞いていけ。」
老人は、帰ろうとするカイトを呼び止め話し始めた。
「保安部隊総動員でデザートアリゲーターの捜索中だ。サンドバイクを使用している。もしあるとすればロジンの所じゃろうな。」
振り向く事無く聞いていたカイトの体がピクリと反応しすばやく老人の方に駆け寄った。
「ロジン、「解体屋のロジン」ですね。あの十番地区の。」
カイトの顔に笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます。」
カイトは一礼して走り出した。
「十番地区は昨日の一件で何が起こるかわからん。まっ、あの坊主には関係の無い事か。」
老人はその姿を見送りながら一人呟き、またいつもと変わらぬ口調で作業員に激を飛ばした。
情報を得たカイトは二人に合流、事情を説明し一人、十番地区に向かった。昨日の余韻が残る十番地区。カイトは中央広場から東へ十分ほど離れたスクラップ置き場へと向かった。
「おい、小僧」
途中チンピラ風の二人組に絡まれる、が、
「カ、カイトさん。失礼しました。」
カイトの顔を見るなりとっとと姿を路地の奥へと隠した。カイトは目的地に着くまで何度か絡まれるが言葉発する前に事は収まった。
「また、悪ガキか。今日という今日は、」
がっちりとした肉付きのスキンヘッドの男がカイトの肩を持ち強引に振り向かせた。そして、大きく振り上げた拳をカイトの顔めがけて打ち込んだ。カイトは反射的に拳を受け流し、その力を利用してスクラップの山へと投げ倒した。男は受け身を取る事無く、スクラップの山へと体を沈めた。
「うぅー、ちぃきしょう。あっカイト、カイトじゃねぇか。」
「ロジン、」
カイトは慌ててロジンの体をスクラップから起こし上げた。ロジンはカイトをつれ倉庫の脇にある事務所らしき小屋へと向かった。
小屋には油で汚れた机と椅子、そして、数多くの書類が納められた棚があるだけだった。ロジン以外の人影はなく、ラジオから古い音楽が流れていた。カイトはこれまでのいきさつをロジンに語った。ロジンは自分の椅子に座ってその話を静かに聞いていた。
「そういう事か。まぁお前の頼みなら無くても出さなきゃならねぇな。」
ロジンはそう言うと席を立ち奥の倉庫へと向かった。
「さぁ、これを持っていけ。」
ロジンはシートを取り除いた。最新式の三輪サンドバイクが姿を現した。大きなボディーに溝の深いタイヤ、補助輪の様に付けられた特殊スキー板が装備されていた。それ以外にもオプションで10mm機関砲が二つ、ヘッドライト横に装備されていた。最高スピード砂上28ノット、陸上80キロを絞り出すモンスターバイク。
「10mm機関砲は必要ないと思うけど。」
「用心に超した事はない。」
ロジンは持っていたキーをカイトに投げ渡した。
「恩に着るよ、ロジン。」
カイトはそう言うとサンドバイクのエンジンをうならせルーカ達の待つ町外れへと急いだ。
町外れの木下、ルーカとポロンはその木陰に座ってカイトの到着を待っていた。やがて、町の方から砂塵を上げて向かってくる何かを発見した。それがカイトである事は直ぐに確認できた。
「二人ともお待たせしました。」
カイトは木の側でサンドバイクを停止させゴーグルをはずした。
「カイトおかえり。」
「どうしたんだそのへんてこな乗り物。」
町外れで待っていたルーカとポロンははじめてみるサンドバイクに驚きを隠せなかった。
「へんてこな乗り物・・・ああ、これはサンドバイクです。砂漠の移動に欠かせない乗り物ですよ。」
「ま、まさか、また借金したんじゃないのかカイト。」
ルーカはカイトに疑いの目を向けた。
「は、はは、借りてきたのですよ。古い知人に。」
カイトは顔を引き攣らせながら答えた。その後、三人は準備された荷物をサンドバイクに積み込んだ。
準備を終えたカイトはサンドバイクに跨りキーをポケットから取り出した。
「あっ、ちょっと待った。」
ルーカはカイトに声をかけた。そして、布袋から三本のナイフを取り出した。
「これ、持ってろよ。」
ルーカはそう言って一つをポロンに手渡し、そしてカイトにもう一つを投げ渡した。カイトはナイフを受け取ると子供のような笑みを浮かべた。
「ありがとう。それじゃあ、これをお返しします。」
カイトは懐から一枚のコインを出しルーカへと渡した。
「これはどういう意味だ。」
「ナイフを貰った時はコインを返す。とある国に古くから伝わる習慣です。」
「習慣、」
カイトの話にポロンは不思議そうな顔で聞き直した。
「そう、習慣です。ナイフで友情が切れないようにと願いを込めて。」
「友情か、」
ルーカは自分のナイフを握りしめ呟いた。
「それじゃあ、仕切り直しでしゅっぱーっ。」
ポロンの元気な声が空高く響いた。
三人はラボン山脈を迂回し、ゴヘイズ砂漠を南下、目的地に向かった。砂漠には所々ロックマウントと呼ばれる草木の無い一枚岩がある。たいてい数十メートルの大きさであるが、なかには数キロにも及ぶ。そういうものには亀裂があり、それは迷路の様に入り組み、動物でも迷い込んだら出られなくなる事がある。しかし、この砂漠に取ってこの場所が唯一の日陰であり休息の場でもあった。その場所以外の大地は全て砂で覆われ昼間は50℃まで上がり、夜になるとマイナス十五度まで下がってしまう。そのためこの地域に生息する生物は日中、砂の中に潜り夜になると活動する夜行性動物がほとんどであった。数時間はこの風景が続いた。
「あっ、カイト、あそこで何かが飛び跳ねている。」
ポロンは遠くで何かを発見、指差し二人に伝えた。
「あそこは砂の川ですよ。多分ポロンさんが見たのは砂イルカだと思います。」
「砂の川、何だそれ、この辺に川は無いはずだけど。」
ルーカは不思議そうに地図で確認しながらカイトに尋ねた。カイトは笑みを見せ、ルートから外れ砂の川に近づいて行った。
砂の川・・・28エリア中央から20エリアに向かって流れている。全長数十キロ、幅は十数メートルのところから数百メートルのところまである。深さはいまだ分からない。地学者の間では流砂の一種ではないかと言われているが、それも定かではなかった。砂イルカや砂鯨などこのエリアでしか見ることのできない珍獣も数多い。
カイトの説明を受けながらしばらく砂の川沿いを走っていた。時より砂イルカの群れがサンドバイクに並んで泳いだ。ポロンは嬉しいハプニングに歓喜の声を上げた。
「そろそろ、元のルートに戻ります。」
カイトは川沿いからサンドバイクを離した。楽しい時間も終わりを告げ、殺風景な景色がまた三人の眼前に広がった。砂漠の風景を見ながら途中でターゲットとの遭遇を期待した。しかし、ターゲットらしき物蔭すら発見できず目的地は近づいてきた。
目的地に到着した三人は、防塵サングラスを外し、茫然とした。エリアガードと呼ばれている直径30mmはある特殊鋼で編まれた有刺鉄線が蜘蛛の巣でも掻いたように切り裂かれていた。さらにそれを支えていた鉄柱は無残に折れ曲がっていた。ルーカはすぐさまサンドバイクから飛び降りその場へ走り寄った。その場所は砂の川から数キロ離れた場所に位置していた。
「ひどいありさまだ。カイト、お前もこんな風に出来るか。」
切り裂かれた有刺鉄線に触れながらカイトに尋ねた。
「・・・」
カイトは背中の木剣を抜き無言で眺めた。ルーカは立ち上りカイトの側へと寄った。
「とにかくどこかにベースを造らないと。」
ポロンはこの雰囲気をなごます様に陽気に話し掛けた。
三人は近くのロックマウントにキャンプを張る事にした。その場所はエリアガードから数キロ離れ、その頂上からは砂の川そして砂丘が広がっていた。どんなに狂暴なデザートアリゲーターであっても砂の中を根城にしている彼等が襲ってくる事はない。
「それじゃあ、私が食事を作から、ルーカとカイトはゆっくり作戦でも練っていて。」
早速ポロンはバックの中から携帯固形燃料を取り出し料理の準備を始めた。ルーカとカイトは顔を見合わせうっすらと笑みを浮かべた。そして、ポロンの方を少し見て、その場に腰を下ろした。
「夜を待つのか。」
「ええ、夜になるとデザートアリゲーターの動きが活発になります。その時を見計らってやつの行動範囲を調査して、」
「痛っ、」
カイトが話している最中、ポロンの微かな声が二人の耳に届いた。カイトはすぐにポロンの方へ駆け寄り、状況を確認した。どうやら調理の最中に指を切ったらしい。人差し指の先端部から血がにじみ出し、ポタリと地面に落ちた。カイトは傷口から少し離れた場所を布で縛り止血を試みた。
「思ったより傷が深い。今はじっとしていてください。」
「判ったわ。カイト。」
止血の後、カイトはポロンの指に消毒液を掛け、包帯を巻き、応急処置を施していた。
「それじゃあ俺はこの辺を散歩して来るよ。」
ルーカは岩場から少し放れた砂丘へと向かっていった。
「大丈夫かな。」
「なぁーに、デザートアリゲーターは夜行性。昼間は砂の中深く埋まっています。」
カイトはやさしくポロンの不安を払い消した。そして、ポロンの側に座り持っていた証拠写真に目を向けた。
「こ、これはっ。」
カイトは持っていた写真を食い入る様に見つめた。
そのころ、カスタールの事務局でも同じ異変に気付いた者がいた。
「こ、これって、」
キャスは受け付けの郵便物に目を通し慌てた。
「だ、誰か、ライク、ライクを呼んでっ。急いでっ。」
キャスは事務局に響き渡る程の大声を発した。管内があわただしく動き出し、F・ハンター・ライクに緊急招集が掛けられた。
カイトは写真を見ながら茫然とした。
「デザートアリゲーターじゃない。」
カイトは呟いた。
「どう言うことなの。」
ポロンは不思議そうに尋ねた。
「この距離から撮影されたのが事実ならば、このデザートアリゲーターの体長は推定4メートル。」
「4メートル。ちょっと待って。」
ポロンは慌ててポケットに入れていた図鑑を開いた。
「そんなデザートアリゲーターなんていない。そんなアリゲーターが、」
ポロンは話の途中言葉を失い、顔から血の気が引いていった。
「そんなアリゲーターは、ロックアリゲーターしかいない。」
カイトはそう言って黙り込んだ。二人はしばらく岩の上に腰を下ろし風の吹き抜けていく方向を見つめていた。
「風下に血の匂いが流れた。ロックアリゲーターは視力が弱い分、嗅覚が発達している。数十キロ離れた場所からでも血の匂いを嗅ぎ付ける。この場所も危険だ。」
「あっ、」
二人は同時に何か大切な事を思い出した。風の吹き抜けた方向には砂丘が広がり、その砂丘には先程ルーカが向かっていったのだ。二人は目を細めルーカを捜した。果てしなく続く砂丘。照り付ける太陽に蜃気楼が見えるだけで人影など見当たらない。
「何所だ、何所に、」
「いたっ、あそこ。」
ポロンはルーカらしき人影を発見しカイトに伝えた。そして、大きく手を振りアピールした。カイトはそんなポロンの手を引っ張り、岩山を下りルーカの方に近づいた。人影はやがて輪郭をはっきりとさせ、ルーカである事が分かるまでになっていった。ルーカは何事も無く手を振り返し、薄ら笑いを浮かべ、こちらに向かってきていた。
「どうやら心配無いようだ。」
「そぉーね。」
二人は安堵の表情を浮かべルーカが戻って来るのを待った。やがてルーカの笑顔が引きつり、早歩きへと変わっていった。
「ルーカ、あのねっ。」
ポロンはルーカが近づくと、慌てて事の真相を話そうとした。が、ルーカは何も言わず二人の手を引っ張り岩山の上へと上り始めた。その顔からは笑みは消え深刻な表情だった。その時、後方の砂丘が吹き上がり大きな物体が姿を現した。その物体は砂塵を上げ猛スピードでこちらへと向かってきた。砂の中をまるで泳ぐかのように目とごつごつした背中を出し、しっぽで舵を取りながら進んでくる。物体がロックアリゲーターであることは、直ぐに分かった。
「カイトっ、サンドバイクにエンジン、」
「わかりました。」
カイトはすばやくサンドバイクに飛び乗りキーを回し、アクセルを吹かせた。
「あっ、荷物っ、」
ポロンは焚火の側に置いてあった荷物を拾い始めた。ルーカはそんなポロンの手を強く引っ張り強引にバイクへと乗せた。集めていた荷物のほとんどはその拍子にポロンの手の中から落ちるが、ルーカはそんなことに構わなかった。ロックアリゲーターは砂の上から這い上がりロックマウントにその全貌をさらけ出した。全長4メートル強、推定体重1トンその姿まさに怪物。
「良いぜ、カイトっ、」
その言葉を待っていたかのように、カイトはアクセルを絞り込み、ロックアリゲーターに背を向け岩の丘を下り出した。ものすごいGがルーカとポロンにかかる。ルーカは吹き飛ばされそうなカウボーイハットを片手でしっかりと押さえ、後方を確認した。
「グオォォー、」
ロックアリゲーターは丘の頂上からこちらをじろりと睨み付け雄叫びを上げた。そして、猛スピードで丘を下ってきた。短く太い足からは想像できない速さであった。所々に隆起した岩などお構いなく、次々と体当たりで破壊しながらサンドバイクめがけ突進してきた。
「げっ、追ってきやがる。カイトっ、もっと飛ばせー。」
「わかりました。しっかり捕まっていてくださいね。」
丘を下ったサンドバイクは砂塵を巻き上げロックアリゲーターとの距離を少しずつ広げていった。やがて視界から完全にロックアリゲーターは消えた。
「この辺で作戦を立て直しましょう。」
カイトは見晴らしのよい岩山を見つけ、頂上でバイクを止めた。
「ここならやつが何所から来てもすぐに分かるはずです。」
カイトは頂上から辺りを見渡しながら言った。
「やっぱり追ってくるのか。」
ルーカはバイクから降り、服に付いた砂埃を払いながらカイトに尋ねた。
「ええ、多分。ロックアリゲーターは視力が弱い分、臭覚が発達しています。それに、この砂漠の風は横無尽に走っている。何所にいても風上であり風下でもあるんです。だから、」
その時、遥か彼方に砂塵が巻き上がっているのが分かった。その砂塵はまっすぐにこちらに向かって近づいてきた。そして、数分後には三人の眼下にまでロックアリゲーターは迫っていた。三人は体をかがめ頂上の岩陰からロックアリゲーターの動向を見入った。弱視のロックアリゲーターは血の匂いを探し周囲を嗅ぎまわっていた。やがて、ロックアリゲーターは嗅ぎまわる場所を限定しはじめた。
「逃げても無駄、」
「・・・の、ようですね。」
ルーカとカイトは自分の武器をしっかりと確認した。
「とにかくポロン、お前はここに残れ、いいな。」
「そうしていてください。後は僕達で何とかします。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
ポロンの制止もむなしく、ルーカとカイトは岩山から飛び降りロックアリゲーターの側面に降り立った。ロックアリゲーターはその爬虫類独特の目をユックリとルーカ、カイトのいる方へ向けた。そして、しっぽを左右に振り周囲の突起した岩をいとも簡単に破壊した。
「きますよ。」
「ああっ」
二人はそれぞれの武器を握り締め身構えた。ロックアリゲーターはその巨体を180度回転させた。
「どう言うつもりだ。俺達に背を向けて、」
「背を向けたのは広範囲の攻撃を仕掛けてくるつもりです。気をつけて、」
カイトの忠告が終われないうちにロックアリゲーターの攻撃は始まった。先ほど岩を粉々にしたしっぽでの強烈な攻撃だった。ルーカ、カイト共にその攻撃をジャンプで交わし、その態勢からロックアリゲーター頭上へと懇親の一撃を叩き込んだ。
「どうだっ、」
ルーカ達の攻撃は見事に決まったかにみえた。二人はロックアリゲーターの前方に着地、カイトは直ぐに反転し攻撃態勢をとった。が、ルーカは油断から一瞬、その動作が遅れた。ロックアリゲーターはそれを見逃さなかった。二人の攻撃は固い皮膚にはまったく効いていなかったのだ。それどころか着地したばかりの攻撃態勢が整っていないルーカに大きな口を開け突進してきた。
「ルーカ、危ない。」
カイトの顔が強張った。ルーカの眼前にはロックアリゲーターの口が迫っていた。後方から振り向いただけの状態では交わせない、そう思ったからだ。
「きゃあぁぁー」
上から見ていたポロンは顔を両手で覆い悲鳴を上げた。その時、ルーカにはロックアリゲーターの牙が、その一本一本がはっきりと見えた。
「ぐっ、」
ルーカは歯を食いしばり常人の域を遥かに越えたスピードで側面へと飛び、ロックアリゲーターの攻撃をかわした。ロックアリゲーターはそのスピードを殺すことなく聳え立つ断崖へと突撃した。その衝撃で断崖は大きく揺れ、亀裂が走り、上部から崩れはじめた。ロックアリゲーターはなすすべも無く上部から落ちてくる無数の岩の下敷きとなった。
「決まったっ。」
「ま、まだです。」
カイトは直ぐにルーカの発言を否定した。発言通り、ロックアリゲーターは傷一つ負っていない体を崩れ落ちた無数の岩の中から奮い立たせた。
その後、ルーカ、カイトは幾度と無くその巨体に攻撃を食らわせる。が、鉄のような皮膚に覆われた体に傷を付ける事はできなかった。
「攻撃が効かない、こんな武器なんか意味がない。もっと大きくて破壊力のある武器があれば、」
「そ、そうだあれだっ。少し時間を稼いでください。」
カイトはサンドバイクに向かい走った。ロックアリゲーターは瞬時に動くものに反応、カイトを追うとした。
「こっちだ、化け物。」
ルーカは近くにあった拳大の大きさの石をロックアリゲーターに投げつけ、注意を自分自身に引き付けた。
「少し、俺一人でどうしろって言うんだ。」
ルーカは苦笑を浮かべロックアリゲーターと向き合った。ロックアリゲーターは鋭い視線をルーカに叩き付けた。
「一人で向き合うと、死にそうなほど恐い。」
ルーカの額から冷たい汗が流れた。じわり、じわり、とロックアリゲーターはルーカに近づく。ルーカはやけくそになってガンファーを握り締め、前傾姿勢で攻撃に備えた。ロックアリゲーターとの間合いが詰まっていく。そして、その間合いが2メートルほどになった時、ロックアリゲーターは再度その口を広げ、大量の唾液を垂らした。
「あ、はは、君、大きい口だね。」
ルーカは言葉の通じない相手に話し掛けた。が、返答など或筈もない。ロックアリゲーターはその体勢のままルーカに襲い掛かった。ルーカーはその攻撃を間一髪で交わしロックアリゲーターの側面へと逃げた。が、直ぐにその長く固いしっぽを振り乱し、ルーカの足元を攻撃してきた。ルーカは後方へと飛び、壁を蹴り、ロックアリゲーターの前へと着地、攻撃態勢を取りつつ後ろに下がった。先程までルーカが立っていた場所は、岩が削られ、重機が整地したように奇麗になっていた。
「カイト、まだなのか、こんな攻撃いつまでも交わせない。」
「後少し、待ってください。」
カイトの回答はそれ以上なかった。こうしている間にも、ロックアリゲーターは次の攻撃のためにルーカに近づく。そして再度攻撃態勢をとった。
「もう一撃来る。」
ルーカが構えをとるために聞き足をふんばった。その瞬間、先ほどの一撃で弾き飛ばされた岩の残骸に足を取られ、体勢を崩した。ロックアリゲーターはそれを見逃さなかった。大きく口を開け、付随している鋭い牙がルーカに向かった。
「ルーカ、腕を出して、」
カイトの声でルーカは腕を差し出した。カイトの運転するサンドバイクは頂上から猛スピードでルーカの後方を走り抜けた。
「遅い、カイト。」
カイトの手が、ルーカの腕をしっかりと掴んだ。間一髪でルーカを鋭い牙の攻撃から救った。さらにカイトはサンドバイクを巧みに操り、10mm機関砲の照準をロックアリゲーターに合わせた。
「いけぇーっ。」
ルーカの掛け声と共にアクセル横に附いている機関砲スイッチを押した。
(カチカチカチ)
機関砲からは鉄と鉄が細かく弾けあう音だけが聞こえ、爆音が鳴り響くことはなかった。
「ロジン、弾を装填していない。」
「そんな馬鹿な。」
カイトはハンドルを一気に回し右旋回、ロックアリゲーターを避けようとした。ロックアリゲーターは大きな口を広げ二人を、待ち受けていた。
「だめです。ルーカ、重心を右に、」
カイトの声でルーカはサンドバイクの後部座席から体を乗り出し右に重心を置いた。さらにカイトも右一杯に重心を乗せてハンドルを切り続けた。間一髪、ロックアリゲーターの牙を避けたものの次なる障害が待っていた。
「ルーカ、飛び降りてください。」
「どういう意味、」
ルーカは前方を見て驚いた。目の前に2メートルほどの突起した岩があったのだ。体重移動に気を取られ前方には無関心だったルーカはそのままの体勢でカイトから手を離し、サンドバイクから転がり降りた。その後にカイトもハンドルから手を離し転がり降りた。無人のサンドバイクは突起した岩をかすめ横転、勢いをつけたまま今度は岩の壁へと衝突した。そして、空を舞ったサンドバイクはゆっくりとルーカの側へと落ちてきた。
「わっ、」
ルーカは上空からのプレゼントに驚嘆し、慌てて四つん這いでその場から逃げた。
「これからどうするんだ。カイト、」
ルーカは鼻息を荒くしてカイトに尋ねた。
「どうすることもできない。僕等は無力です。」
カイトは半ば諦め気味でそう答えた。その間にも、ロックアリゲーターは二人に近づく。万事休す。その時、
「みんな逃げてぇー。」
ポロンの声に二人は上を見上げ絶句した。なんとポロンは岩山の上から持っていたダイナマイトを放り投げていた。その数は一つや二つじゃない。10個近いダイナマイトが無造作に宙を舞っていた。
「馬鹿っ、」
「な、な、」
二人は慌ててその場を離れ遮蔽物に身を潜めた。カイトは岩陰に、ルーカはサンドバイクの影に。ロックアリゲーターは事情が飲み込めず、上空から降り注ぐダイナマイトに向かって吠えた。
(ドガガッガーン。)
地面に落ちたダイナマイトは周囲の岩などを砕き飛ばしその場の風景を見事に変えた。上空からは砕かれた岩が小石となり雨のようにその場に降り注ぎ、辺りは爆風によって吹き上がった砂煙で何も見えなくなった。
「二人とも無事なら返事して、」
ポロンは岩場から身を乗り出し呼びかけた。しばらくの間返答すら聞こえず静かに時は流れた。
「ぶはっ。ぺっぺっ。たくっ、お前は俺達もいっしょに殺すつもりか。」
「うっぱぁっ。少しダイナマイトの使い方が違うような気もしますが。はははっ。」
二人は口の中にはいった砂を吐き出しながら、土砂の下から生還しそう答えた。
すっかり姿を変えてしまった岩山。その頂上付近で下を見下ろし二人の生還に喜びはしゃぐポロンであった。岩山は爆発の衝撃でもろくなり今にも崩れそうだった。そして、ついに重みに耐えられなくなった岩は亀裂が入りポッキリと割れてしまった。
「きゃあぁぁー」
ポロンは落ちる途中、手足をばたばたさせるが空中では無意味。直ぐに態勢を崩し頭から地面に急降下していった。
「ポロン。うっ、足が抜けない。カイト、」
「判っています。任せてください。」
ルーカは土砂にブーツを挟まれ身動きができない。そんなルーカに変わってカイトは瞬時に行動を開始、即座に地面を蹴り上げ、空中でポロンを抱きかかえた。
「ほっ、」
ルーカは一息つき、上空から下へと視線を移した。その時、土砂がかすかに揺れ、そして大きく盛り上がった。
「危ないカイト。奴はまだ生きている。」
ルーカは大声で叫んだ。その時、傷を負ったロックアリゲーターが雄叫びとともに姿を現した。しかし、ポロンを抱きかかえているカイトにはどうする事もできない。重力の法則によって地面に吸い込まれていく。そして、ロックアリゲーターの唾液まみれの牙が鈍く光った。
「このままだと奴の餌食になってしまう。」
ルーカはこの危機を回避するために無い思考能力をフル回転させる。
「これだ、」
ルーカは屍のようになっているサンドバイクに手を伸ばした。
「動けっ。」
ルーカはぼろぼろになったサンドバイクのアクセルを絞り込み祈った。
(ブゴォォーン。)
その祈りが神に通じたのか。爆音が鳴り響きエンジンに火が灯った。ルーカはアクセルを絞り込み急発進した。埋もれていた足が抜け、ロックアリゲーターに向かって突進した。そして、そのままロックアリゲーターの横腹へとサンドバイクが激突、その勢いでロックアリゲーターは横転した。それが幸か不幸か、ロックアリゲーターの倒れざまに固く鑢のようなしっぽがカイトの左足をかすめた。
「ぐっ、」
カイトは苦痛で顔を顰めた。それと同時にカイトは地面に着地、すぐさまルーカの運転するサンドバイクにポロンを抱きかかえたまま飛び乗った。
ルーカはカイトとポロンをサンドバイクに乗せ岩山から離れた。カイトの左足からは血が流れ落ちていた。
「カイト、足の具合はどうだ。」
「出血は収まりつつあります。ですが戦闘は少し無理みたいです。」
カイトは後部座席で止血を行っていた。サンドバイクはマフラーから尋常で無いほどの煙を出しフル回転で殺風景な砂漠を進む。フル回転といっても駆動系は先程の横転でぼろぼろになっていて、当初のスピードの半分にも満たなかった。
「ルーカ、凄い排煙ね。それでこれからどうなるの。」
相変わらずポロンの発言は虚を衝いた。ルーカは頭を抱え無言になった。
(ドバーン)
突然、後方から砂が吹き上がり、ロックアリゲーターのその巨体が砂上に飛び出してきた。そして、体の固い部分だけ砂上に露出させルーカの運転するサンドバイクに接近してきた。アクセルを一杯にまわして追走を追い払おうとするが、その距離は確実に狭まっていた。五メートル、4メートル、3メートル、2メートル、ロックアリゲーターは今にも口を開け、サンドバイクごと丸呑みにしそうな勢いだった。
「ポロンさん、耳を押さえてください。」
「カイト、焼け石に水だ、やつには効かない。」
「そう、鉄のような鱗に覆われた場所はね。」
カイトはルーカの忠告も聞かず、腰から銃を抜き、体を反転させ、シングルアクションでトリガーを絞り込んだ。
(バゴォーン)
ピースメーカーが火を吹いた。弾丸はロックアリゲーター左目に命中。
「そうか、いくら体が鉄のように硬くても、目はそうは行かない。」
ルーカは肩越しにカイトを、そしてロックアリゲーターを見た。ロックアリゲーターは顔を振り乱しその痛みを表現した。そして、一瞬こちらを睨み付け砂の中にその姿を隠した。
「やったな。カイト、」
ルーカは片方の目を瞑り、親指を立て、カイトに微笑んだ。
「やつはまた来ます。きっと、」
カイトはルーカの笑顔には答えなかった。それからしばらくしてサンドバイクはオイルを飛ばし、ついにオーバーヒートした。
太陽は傾きかけているにもかかわらず、気温は50℃を越していた。照り付ける太陽の光が砂に反射し体の力を奪う。倒れた者には死、それは周囲に転がっている無数の白骨化したデザートバッファローが無言のまま忠告していた。ルーカはカイトに肩を貸し、砂漠の中、町を目指し歩いた。
「何所かでひとまず休もう。」
ルーカは喉を嗄らしながら言った。
「このままだとロックアリゲーターが追いつく前にこちらがばててしまいます。」
カイトも足を引き摺りながら日差しに目を向けた。
「あったー、」
その時、前方を歩いていたポロンが右前方を指差した。そこには砂漠で唯一の日陰が出来るロックマウンテンがあった。三人はそこへと足を運び、亀裂の中へ入って行った。
少し前まで水気があったらしく、所々に枯れた木々が地面に根をのばしていた。ポロンは岩陰を見つけ、残り僅かな固形燃料を使いコーヒーを沸かしはじめる。ルーカは抜け殻のように黙り込んだままその場に腰を下ろした。カイトも同じように座り込み、腰から銃を抜いた。
(カチッ)
シリンダーラッチを押し、シリンダー内の残弾を確認した。
「二人ともコーヒーできたわよ。これでも飲んで気分を直して。」
ポロンはそう言うと二人にコーヒーの入ったアルミコップを手渡した。二人は暗い顔のままコップに口をつけ、喉に流し込んだ。
「ブゥー、」
二人は同時にコーヒーを吹き出した。
「どうしたの、二人とも、」
「ポロン、コーヒーに何を入れた。」
「何って、砂糖以外何も、あっ、」
ポロンは砂糖の入った袋を取り出し確認。言葉を止めた。
「ごめん、塩、入れてた。」
ポロンは二人に謝った。ルーカとカイトは顔を見合わせ黙り込んだ。
「ははははっ、」
ルーカとカイトは思いがけない事に大声で笑った。
「ああ、笑ったら良い手を思い付きました。ルーカ、少し付き合ってください。」
カイトはコップをその場に置き立ち上がった。
「ポロンさんはここにいてください。」
「ここにいて大丈夫なの。」
「奴は目を負傷して用心深くなっています。日が沈むまでは行動してこないでしょう。」
カイトはルーカに同意を求めるように視線を送った。
「俺が奴なら、そうするよ。本能的に、」
ルーカはカイトの話に付け加えた。
日は西に傾き、地平線の彼方に沈もうとしていた。ロックマウント頂上部にポロンを残し、ルーカとカイトは亀裂内部を足早に探索していた。そのうちにカイトは一本の木の前で止まった。乾燥樹の一種、炎陽木と言う砂漠地帯では貴重な植物。水の少ない場所の植物としては珍しく道管が極端に細く内部は細胞がびっしりと詰まっている。カイトはその木をじっと見詰め、背中にさした木剣を抜き根元に近い場所を一閃。木は切り口から滑るように落ち、固い地面に突き刺さった。カイトはその木を数本切り落とし、ルーカに手渡した。
カイトはルーカを連れ、亀裂下部へと降り丹念に地形を見入った。
「ここが良いですね。ルーカ、ロープを持ってきてください。それと、ポロンさんをこの上に移動させてください。」
「わかった。何をするのかはわからないけど、カイトにまかせるよ。」
カイトはルーカに指示を送った。ルーカはその場に先程の木を置き、ポロンの待つ場所へと向かった。
カイトはルーカがポロンの元へと向かって手ごろな岩を見つけてきた。そして、慎重に場所を決めながら、先程持ってきた木の中で最も柔軟で折れにくい物を選んだ。さらに先端を鋭く研ぎ、木の杭を作った。
「この辺で良いですね。」
カイトは残りの木で足場を作り、杭を地面に突き刺した。さらに岩を、簡易的なハンマーがわりにし杭を深く打ち込んだ。
「おーい、連れてきたぞー。」
ルーカがカイトの頭上で終了を告げるために手を振った。そのころには下準備も終わり笑顔で手を振り替えした。
ルーカはポロンを上に残し下へと降りてきてカイトにロープを渡した。カイトは打ち込んだ杭の上部と下部にロープを結び付け、巨大な弓を作った。その後、突き刺さった木を地面から抜き上げ、カイトは余分な枝を全て切り払った。そして、簡易的ではあるが長さ2メートル程の巨大な矢を作りあげた。
「少し手伝ってください。」
カイトは矢を弦代わりのロープへ押し当てルーカにそれを引かせた。杭は弧を描き弓矢を形作った。元々柔軟性に富んだこの木。ここまで弧を描いた状態で放たれた矢は絶大な力を生み出すだろう。
「これで良いか。」
ルーカがそう言うと、カイトは残りのロープを使い、その状態で固定した。
一通りの準備を終えたカイトとルーカはその場を離れポロンの待機する崖の上へと移動した。カイトはそこで今回の作戦について語り始めた。
「ここは砂漠から一直線、袋小路になっています。そして、幅はきわめて細く、ロックアリゲーターの最大の攻撃、すなわちしっぽの攻撃はこの狭さだとまず無理です。」
ルーカは真剣な眼差しで肯く。さらにカイトの話は続いた。
「奴はある種の匂いに反応しここまで入ってくるでしょう。そこであれを奴の口内、つまり鱗に覆われていない場所へ打ち込みます。」
「口内って、どうやって。」
ルーカは首をかしげ尋ねた。
「ロックアリゲーターに関わらず、肉食アリゲーターの全てが身につけている習性を考えればいいのです。」
カイトはわざとルーカから視線を外し、空を仰いだ。ルーカはしばらく考え一つの結論に辿り着いた。
「まさか。」
「そのまさかです。アリゲーターの習性の一つ、獲物にとどめを刺す時には大きな口を開け獲物を狙う。そこに矢を打ち込む。これ以外ありません。」
カイトはそう言うと崖の下を覗き込んだ。
「それを俺にやれって。」
「はい。」
「俺におとりになれって言うのか。」
「はい。」
カイトは淡々と答えた。
作戦会議も終わりルーカは一人その場を離れ、崖の下を覗き食い入るように周囲を見入っていた。
「ポロンさん、今のうちに包帯を新品と付け替えましょう。」
ポロンはカイトの指示通り今まで使っていた血の着いた包帯を新しいものに付け直した。数分間ルーカはその風景を目に焼き付け二人の元へと戻ってきた。
「これを持っていってください。」
「はいルーカ。」
戻ってきたルーカに二人はその血で汚れた包帯を手渡した。
「これをどうするんだ。」
「こうするのです。」
カイトはそう言うとルーカの体に包帯を襷の様に肩からかけた。
「わーっ、ルーカ似合う、似合う。」
ポロンの緊張感の無い発言にルーカは恨めしそうな目で答えた。
「ロックアリゲーターは血に敏感になっている。奴は僕らの匂いだけを追いかけて来る。」
「何所までも。」
「えぇ、何所までも。僕らを捕らえるまで。奴から逃げることはできません。」
カイトの言葉にポロンは不安を隠せなかった。
「判ったよ、行くよ。」
不安げなポロンの表情を一瞬見て、ルーカは岩の上から一人、矢面である亀裂の袋小路に降り、腰を下ろした。ポロン、カイトは岩の上でルーカを見守ることにした。
どれくらい経っただろう。太陽は西に沈み辺りを暗闇が支配し始めた。昼間の暑さがうそのように冷えてきた。ルーカは薪に火を付け寒さを凌いだ。辺りは物音一つしない。ルーカを腹に携帯食料を詰め込み、ロックアリゲーターを待つ。満腹感と程よい温かさがルーカの緊張感を奪い眠気を誘う。
(グォォーウ)
そんな時、眠気をかき消すほどの鋭い咆哮が亀裂内に響いた。眠気を帯びたルーカの体が瞬時に緊張感を取り戻した。
「来ました。」
カイトは小声でポロンに告げた。ポロンはルーカの無事を祈るように胸の前で手をあわせた。
「き、来やがった。」
ルーカは暗闇の一点を見詰めた。二つの黄色い光が暗闇の中に浮かび上がり、その光が焚き火の光が届く所まで近寄って来た。
「ロックアリゲーター。」
ルーカはユックリと側のロープにナイフを近づけた。ロックアリゲーターはまるで品定めでもするかのようにルーカの前で瞳を右へ左へと移動させる。時よりその大きな口を開き、鋭い牙と大量の唾液を露出する。
「やっぱりほっとけない。ルーカがやられちゃう。」
ポロンはそう言うと亀裂に降りて行こうとした。即座にカイトはポロンの腕をつかみ行動を止めた。
「大丈夫、ルーカならきっとやってくれる。活路を開いてくれる。彼を信じて。」
カイトはポロンの瞳をじっと見つめる。ポロンは降りるのを止め静かにその光景を見守った。そしてカイトの袖を強く握りしめた。
「カイト、後は頼むぜ。」
そんなロックアリゲーターの態度など気にせず、ルーカは静かに血の付いた包帯で目を覆った。そして、カイトにその全てを委ねた。
「その手がありましたか。」
「ど、どうして、あれじゃ、何も見えない。」
「恐怖心をなくすためでしょう。五感全てでロックアリゲーターを捕らえれば、恐怖で身が竦む。」
「でもそれじゃあ何も見えない。」
ポロンの不安は依然として消えない。
「だから僕らが側にいるのです。」
「えっ、どういう事。」
「僕らが彼の目になるのです。絶好のタイミングでその機を知らせるのです。三人でロックアリゲーターに立ち向かっているのですよ。」
カイトはそんなポロンにそっと言った。ポロンは一つ肯き、カイトに送っていた視線をルーカに向けた。その表情に迷いは感じられなかった。
ロックアリゲーターがルーカの前に来てどのくらいたっただろう。しびれを切らせたロックアリゲーターは、今までの行動とは裏腹に動物としての本能をむき出しにした。前足の鋭い爪で焚き火を払い、周囲に撒き散らした。ルーカは静かに合図を待った。
「ついに本性をむき出しにしてきました。ピリオドは近い。」
カイトはそう判断しポロンをその場に残したままルーカの背後に飛び降りた。
「カイトか、上で見物決め込めば良いものを。」
ルーカは苦笑いを浮かべ直ぐ後ろにいるカイトに言った。
「ここの方が見やすいのですよ。お気遣い無く。」
「物好きだな。」
二人は眼前に狂暴な獣がいるにも関わらず普段通りの会話を弾ませた。
「さあ、来ますよ、合図は僕に任せてください。ルーカ、君はその合図で弓矢を、」
「分かった。」
ルーカはそう言うと、神経を耳だけに集中し合図を待った。
ロックアリゲーターは傷つき、本来持つ冷静さ、そして、ずる賢さを完全に失い、本能のままに行動する獣となっていた。口からは大量の涎をたらし、その目は血走っている。
(グオォォー)
ロックアリゲーターは荒々しく吠え、ルーカの方へ突進、2メートルほど前でぴたりと止まった。
「来ます。」
カイトの声で、ルーカのナイフを握る手に力が入る。ロックアリゲーターは数秒間二人を見つめ、口を大きく開けた。近距離で口を開けると肉食動物独特の口臭が漂い、ルーカの、カイトの鼻を突いた。
「まだか、カイト。」
「まだです。僕を信じて、」
カイトはそっとルーカの肩に手を置いた。ルーカの体中に強靭な精神力がみなぎった。ロックアリゲーターはさらに大きく口を開けルーカめがけ襲い掛かってきた。
「今です。」
「うおぉぉー」
ルーカはカイトの合図でナイフが動いた。
(ビュン)
矢の先端は至近距離から見事にロックアリゲーターの口内へ突き刺さった。さらにその勢いは衰えず内部から背中の鱗を突き抜け空を切った。
「ぐあっ、」
1トンもある巨体が宙に浮き、数メートル後方へと吹き飛んだ。ロックアリゲーターは口と背中から大量の血を流しながら地面へと落ちた。
(ドゴォーン)
落雷でも起こったかのように、周囲が震撼した。カイトは直ぐに二本目の矢を弓に掛けようとした。しかし、一発目で弦の変わりのロープは切れ掛かり、二本目を引くのは不可能だった。
(グオォォォー)
ロックアリゲーターは最後の力を奮い立たせ、震えるからだを両の手足で起こし前進してきた。一歩、また一歩、周囲に転がっていた岩を踏み潰し、傷ついた体を引きずるように進んで来た。潰された時に弾け飛んだ岩の破片がルーカの目隠しにしていた包帯を切り裂いた。
「あ、あ、あ・・・」
ルーカはあまりにも壮絶な光景に言葉にならない声を漏らし動けなくなった。
「ル、ルーカ、気を確かに持ってください。」
カイトの必死の呼びかけもルーカの耳には届かなかった。ロックアリゲーターの口内と背中からは大量の血液が吹き出し、地面を濡らした。カイトは腰から銃を抜き、進行を止めようと連射した。固い鱗にはばまれまるで効かない。ロックアリゲーターは後ろ足で地面を蹴り、ルーカ目掛け飛び掛かってきた。
「ルーカ、」
「はっ、」
ポロンの叫びが放心状態のルーカを目覚めさせた。ルーカは瞬時に近くに置いていた矢を握り、飛び掛かるロックアリゲーターの口に突き刺した
「ぐあっ、」
1トン以上の衝撃が矢を伝いルーカの手に、体全体に伝わった。ルーカはロックアリゲーターと共に壁へと吹き飛んだ。
(ガツッ)
断崖に矢の後部が打ち込まれた。断崖を宛がい、矢は奥へと突き刺さり、ルーカを剥き出しの牙が襲った。
「危ない、」
咄嗟にカイトはルーカの体に飛びつき、矢から強引にルーカの体を離した。矢はロックアリゲーターの体重を支えきれずに折れてしまった。巨体は地面へと落ち、大きな陥没を残した。ロックアリゲーターは動く気配すらない。ようやく三人に安息の時間が戻ってきた。
「やりましたね。ルーカ、」
カイトは笑顔でそう言うと、ルーカの肩を軽く叩いた。ルーカ体から力がいっきに抜け、その場にしゃがみこんだ。
「ルーカ、怪我でもしたの。」
ポロンとカイトは膝を突きルーカを気遣った。
「大丈夫、力が抜けただけ、大丈夫。」
ルーカは最後の力を出すように筋肉だけで心細い笑顔を作り二人に笑いかけた。
一変として静かな夜となった。三人はロックアリゲーターから少し離れた岩壁に凭れ掛かり、亀裂の間を埋める星空を眺めていた。血の匂いが周囲に漂い、冷たい風が時より、その匂いを吹き飛ばしていた。ルーカはようやく緊張から開放され、ポロンの肩に顔を傾け寝息を立てていた。
「終わったんだよね。」
「はい、」
ポロンが呟く言葉に、カイトはやさしい返事を返した。安心したポロンはルーカの方に体を傾け、瞳を閉じた。
翌朝、カイトは非常用の発煙筒をつけ助けが来るのを待った。数時間後、キャスによって招集されたライク、その他のF・ハンターがその煙を見つけ、その場に駆けつけた。
報告書
カスタールから南東に520km
ゴヘイズ砂漠・ロックマウンテン亀裂部においてロックアリゲーター死亡
死亡による腐食が激しく運搬不可能
確認により任務遂行
確認者
代表 F・ハンター(A級)G・ライク
依頼受任者
代表 F・ハンター(C級)ルーカ
報告終了
ルーカは病院のベッドで目を覚ました。さわやかな風が白いカーテンを揺らしていた。
「目覚めましたね。気分はどうですか?」
カイトの声が隣から聞こえてきた。ルーカは少し考え、今までのことを思い出していた。
「ああ、いいね。生きてるって、実感できる。喜びや、悲しみ、安心に恐怖、全てを体に感じることができた。」
ルーカは天井を見つめたまま笑みを浮かべそう答えた。体を起こすことが少し困難であったが、時間をかけてゆっくりと起き上がった。カイトは窓に凭れ風を浴びていた。すぐに扉が開き、ポロンが花瓶に花を詰め込んで部屋へと入ってきた。
「はっ、おはよう。」
ポロンは首を少し傾け、笑みを浮かべた。