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珍獣記  作者: 山下亜輝
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走り出した時間

     走り出した時間

 ルーカ、ポロン、そしてカイトの三人は、F・ハンターの仕事を請け負うために、レトンから北東へ300kmほど、ヒュールファー第一の都市カスタールへと向かった。途中、砂漠地帯を越えた所でカイトは愛馬ラナウェイを保安隊直営牧場に返した。

「今までご苦労だったね。この傷も私のために。後はゆっくりとここで余生を送るんだよ。」

カイトはラナウェイの十字傷をやさしくなでながらそっと呟いた。

「さあ、行くんだ。後はお願いします。」

カイトはラナウェイを仲間の元へと走らせ、牧場管理者にぺこりと頭を下げ牧場に、そしてラナウェイに別れを告げた。さらに三人は緑無き岩山マステンド山を越え、ようやくカスタールへと辿り着いた。

 ヒュールファーの主都・カスタール、28エリア唯一の飛行場があり、北の玄関口として栄えた、一番地区を中心に周囲10km人口五万人程の都市。

「ようやくついたわね。」

ポロンは町へつくなりしゃがみこんだ。

「早速、F・ハンター事務局を捜すとするか。」

疲れを見せないルーカは、F・ハンター事務局を捜し辺りを見渡し始めた。

「所でルーカ、君はどの階級のハンターですか。」

「・・・」

辺りを見渡すルーカにカイトはF・ハンター階級を尋ねるが、ルーカには何の事なのか分からず、目を大きくして無口になるだけだった。カイトは軽い笑みを見せ歩き出した。

「それじゃあ、私がF・ハンター階級に付いて説明します。」

カイトは歩きながら二人にこの制度を説明しはじめた。

WFO規約・第二章

猛獣対策捕獲官(通称F・ハンター)はWFO(世界猛獣対策機関)に属している。一年前から猛獣・珍獣、その全てを捕獲並びに保護、生態調査、駆除と仕事内容が拡大したために、D級と言うアマチュア階級が作られた。D級以外の全て登録制。階級は下からD・C・B・A・S、とランク分けされていて、D級は誰でも許可なく捕まえる事の出来る、いわばアマチュアハンター(アルバイター)。リスクも少ないですが報酬も期待は出来ない。C級は安全エリアと言われる危険度が低い地域を担当できるF・ハンターですが、アルバイターを雇って仕事をする事は出来ません。B級は安全エリアの他に、不完全エリア(開発途上エリア)と言われる近代文明があまり発達していない危険区域を担当でき、B級以下のF・ハンターを雇って仕事を行う事が出来きる。A級は安全エリア・不完全エリアの他に、未開発エリアを担当でき、A級以下のF・ハンターを雇って仕事を行う事が出来る。また、その権限は、10の主要エリア以外の警備隊並びに保安隊を指揮する事ができ、S級F・ハンターのアシスタントとして特殊任務に参加する事が出来る。S級は全てのエリアを担当でき、特殊任務以外の仕事を全てのランクのF・ハンターを雇って行う事が出来る。その権限も特別で首都以外の軍をも動かす事が出来る。それだけに現在S級F・ハンターの数は全世界に5・6人しかいないと言われている。C・B・A・Sは免許が必要となっているが、免許と言っても一昔前の様に、特殊な訓練をつみ与えられる物ではなく、事務局で申請すれば誰でもこの資格を取得出来る。なぜなら仕事範囲の拡大、相次ぐ行方不明事件や死亡事件でF・ハンターが激減し、人手不足が大きな問題となっているからであった。最初はC級、ハンティングポイントが規定に達したときB級の受験資格がえられます。B級から先は、ハンティングポイント・功績・経験年数・などからWFOから各事務局へ通達され本人に昇格が知らされます。S級への昇格には政府の議会で厳密な審査のうえ国民の同意をえた後に決まる。

 カイトが説明を終える頃には、人も多く目に映る様になる。何度か保安隊会議でこの町を訪れた事のあるカイトは二人を引率し、F・ハンター事務局のあるコンクリート三階建ての建物の前で止まった。事務局は三階建ての建物で、一階は事務局になっている。裏手から捕獲した猛獣、珍獣などを運び入れるため高さ12m程の事務局兼一時的な捕獲所、二階と三階はF・ハンター専用宿舎となっていて、F・ハンターは格安で滞在できる事になっている。三人はまず一階の事務局でF・ハンターの申請を行う事にした。木製の扉を開け中へと入っていくと受け付けがあり、一人の若い女性が座っていた。ブロンドヘアのワンレングス、彫りが深く美人。ネームプレートには(キャス・ウエッシュ)と書かれていた。

「すみません、C級ハンターの申請をしたいのですがどうしたらいいですか。」

「そこにある書類に記入して持ってきてください。」

キャスは、カイトからハンターの申請方法を聞かれると、手のひらを裏返しにし、手前のテーブルの書類に記入するように薦めた。

「ルーカ、こっちで書類に記入してください。それを受け付けに出し、受理されると申請は終わりです。」

「なんかめんどうくさいなー。そんな事するの。やめよっかなー。」

カイトの説明でルーカは顔を渋くしながらテーブルの上に置かれた書類に目を通し、書き終えた。

「カイト、これでいい。」

「ええ、これでいいですよ。さあ、出しに行きましょう。」

記入を終えた二人はキャスに書類を順序よく提出していった。

「カイトさん1542番です。ルーカさん1543番です。ポロンさん1544番です。」

キャスはそれぞれに申請仮ナンバーを配布していった。1542・1543・そして、1544。

「えっ、」

1544・そして、ポロンの名を聞かされた時、二人は同時に声を発した。そこには紛れも無いポロンが受け付けで書類を手渡している姿があった。

「なお、申請には2日程かかります。どうぞそれまで、ここの2・3階にある宿泊施設をご利用ください。」

キャスは左方を指差しフロントを紹介した。そして、三枚の書類を持って奥にいる事務局員と思われる男の所に歩いていった。

「よしっと、2日待てば私達、晴れてF・ハンターね。それまでショッピングでもして時間をつぶしましょうよ。」

絶句する二人を目の前にして、受け付けを終えたポロンは、陽気な顔で二人に話しかけた。

「ポロンさん、あなたも、」

「あっ、私もハンターしようかなーと思って。それより早く行こう。」

カイトは慌てた表情でポロンに聞くが、ポロンは何食わぬ顔で荷物をまとめフロントへと向かった。ポロンの後ろ姿を見て、ルーカの方を振り向いた。

「あいつも強情だから、一度いいだしたら聞かない。まっ、心配する程でもない俺達が付いている。」

「ええ、」

ルーカは明るい表情でポロンの後ろ姿を見ながら言いフロントへ向かった。その言葉に一瞬暗い表情で黙り込んだカイトも、二つ返事でフロントへと二人の後を追い向かった。

フロントで二つのルームキーをもらいそれぞれの部屋へと入った三人は、荷物を置いた後町へと出る事にした。

 さすがはヒュールファー主都、さまざまな武器や道具、日曜雑貨に食料その他、メインストリートぞいにある商店の軒下には数々の商品が並べられていた。ルーカやポロンの目には見なれない物が次々と飛び込んで来た。其のたびに、あっちにふらふら、こっちにふらふら、人通りの多いメインストリートを右往左往していた。カイトは、子供を引率する保護者のように二人の後をあわただしく追っていった。やがて、街灯に明かりが点りはじめると、ルーカとポロンは立ち止まり顔を見合わせた。

「カイト、腹減った。なんか食べに行こうよ。」

「わたしもお腹が減った。」

ルーカとポロンは腹を抱えカイトに提案した。二人に振り回され歩きつかれたカイトはそれに合意、一件の古いレストランに入る事にした。

 レストランと言っても大衆食堂を思い出させるその店の中は、いっぱいの人で席が埋まっていた。すぐに席は空き三人は食事を済ませた。食事を終えた三人は、街灯の点る夜の町をF・ハンター事務局に戻ることにした。レストランからF・ハンター事務局までは2ブロック先を右に曲がってまっすぐに行くだけだった。ポロンとカイトはおしゃべりに夢中になり、ルーカの事など忘れて事務局の前まで戻ってきた。

「ところでルーカ、やけに静かですね。」

「お腹いっぱい食べたしねむくなりましたか。」

カイトとポロンは事務局の前で振り向き話しかけるが、そこには街灯に照らされたストリートが映し出されるだけで誰もいなかった。

「まあそんなに離れた距離じゃないし大丈夫ですよ。」

カイトは扉のノブに手を伸ばしながら心配そうにストリートの方を見ているポロンに声をかけた。

「か、帰ってこれないかも。ルーカ方向音痴なの。」

「えっ、」

ポロンの言葉に、ノブにかけた手を慌てて放し薄暗い町を見渡した。

「そうだったのですか、とりあえずポロンさんは部屋に戻ってください。女性は少し危険です。私がルーカを捜してきます。」

「で、でも、」

「大丈夫、任せて。」

カイトはポロンに部屋で待ってもらう事にし、一人夜の町にルーカを捜しに行く事にした。ポロンは心配そうに事務局の扉を開け、中に入っていった。

 カスタール南部三番地区、賑わいを見せる十番地区とは裏腹に、人通りは少なく昼夜を問わず、悲鳴と爆音が鳴り響いている犯罪多発地帯、その地区にルーカは足を踏み入れていた。建物のガラスはことごとく割られ、街灯はまばらにしか点っておらず、薄暗い路面のあちらこちらに浮浪者らしき人たちが建物に寄りかかって歩道を占領していた。

「事務局は確かこっちだと思ったんだけど。」

ルーカは薄暗いストリートを闇雲に歩き回っていた。歩けば歩くほど事務局のある三番地区から遠ざかっていることも知らずに。

 三番地区・・・カイトは急いでもと来た道をレストランへ向かい走る。レストランに着いたカイトは、パンを少しもらい辺りの人から情報をえてルーカの足取りを追った。三番地区から南へ、グリーン地区と呼ばれている公園街の七番地区を通り過ぎ、十番地区にたどり着くまで、元保安隊密偵部隊にいたカイトにとってそれほど時間はかからなかった。

「ありがとう、これを取っといて、」

カイトは十番地区につくと浮浪者達にルーカの特徴を話しパンを渡した。なぜなら彼らは、この十番地区の住民として、ちょっとした変化でも敏感に反応し、住処を変えていかなければこの地区で生きていけないからだ。それと、この地区ではお金より食料が優先されるからであった。

「よー、あんた見ない顔だな。新入りかい。」

「いや、人を捜しに来ただけです。」

「じゃあ、一つ忠告してあげるよ。最近ナイトスネークって新参チームが、この地区をしきっているハーデスとの抗争が後を絶たない。気をつけな。」

浮浪者の男は帽子を深く被り小さな声で、カイトにこの町の情報を土産として持たせた。

 十番地区・・・そのうちルーカは煉瓦風建物が両脇を塞ぐ路地へと入り込んだ。その路地は二人ほどの人がすれ違うのがやっとと言った幅で街灯は点いていない。

「おい、ここを通りたきゃー、有り金全部おいていきな。」

「ないなら、命でもかまわないぜ。」

その声は、路地の奥の方から聞こえてきた。ルーカは薄暗い路地の奥、目を凝らして見ると二人の青年が立っているのに気付く。上下とも少し大きめの黒い皮の衣装に身を包み、サングラスを掛けていた。顔には靴墨でも塗っているのだろう、どの部族の黒人にも似ておらず、時より見せる白い歯が闇夜に浮かび上がり不気味さを感じさせていた。

「お金もってないし、じゃー戻るよ。あれ、」

ルーカはこのルートを諦めようと振り向き戻ろうとしたが、そこにいる男達は、先ほどの男達と同様の格好をして道を塞ぎ行く手を阻んでいた。ルーカは狭く薄暗い路地で行く事も戻る事も出来ずにただ、その場に立ち尽くだけだった。

「さあーどうする。」

「ここじゃー失踪事件は珍しくないんだ。」

「俺達も悪魔じゃねぇ。金目のもんでも大目に見てやるよ。服脱いでさっさときえな。」

男達はルーカに顔を近づけ脅し始めた。ルーカには何がなんだか分からずに後退した。まさに四面楚歌。

「ふぅーようやく見つけました。心配しましたよ。」

大通りの方から聞きなれた声が聞こえ、男達は一斉に声の方に目を向けた。

「あっ、お前がいるって事は、やっぱり方向はまちがっちゃーいなかったって事だな。」

自分の方向感覚に自信を持ち、誇り高ぶるルーカ。その自信に満ちた話し方に、頭を抱え絶句するカイト。男達は二人の訳のわからないやり取りに苛立ちを覚え始めた。

「はあー、この少年は私の知り合いです。粗相があったのなら彼に変わって謝罪いたします。」

カイトは男達に囲まれたルーカの元へとさっそうと近づいていった。そして、手前の男達をかき分け中心へと入って行った。男達はその堂々とした態度に度肝を抜かれ、一瞬言葉を失った。

「くっくっくっ、こいつは驚いた。世の中まだこんな馬鹿がいたのかよ。」

「それとも俺達をなめているのか。」

男達はルーカとカイトを睨めつけた。皮パンツのポケットからだした手にはメリケンサックが握られていた。

「今日はとても月が綺麗ですよ。でも、ここからでは良く見えませんね。」

「へっ、」

「着いて来てください。」

カイトはルーカにやさしく話し掛けた。ルーカはこの状況に置かれていてもまったく分かっていなかった。

「なに、わけわかんねぇ事、言っているんだ。」

「お前達はここで永遠の眠りにつくんだよ。」

男達はメリケンサックをはめた手でルーカとカイトに襲い掛かってきた。

「いきますよ。」

カイトが強い口調でルーカに言った後、右の壁に向かい飛んだ。右の壁を蹴り、左の壁へ、左の壁を蹴り、右の壁へ、ジグザグに上へと向かった。たちまちカイトは、10数メートルある建物の屋上へと上り詰めた。男達はその人間離れした行動に絶句した。

「す、すげぇー、俺もやってみよっと。」

ルーカは無邪気にそう言うと、カイトがやって見せた事と同じ事を、試みようとした。

「はっ、てめぇは逃がさねぇ。」

男達の一人がルーカの行動に気づき殴り掛かってきた。

「これでおしまいだ。」

男の拳がルーカを捉えたかに思えたが、カイトは動じる事無く、屋上で腕を組みルーカの行動を無言でうかがっていた。ルーカは残像だけを残しカイトがやって見せた壁登りをやり遂げた。

「な、何だったんだ。俺は今確かにやつの後頭部へ打ち込んだはずなのに、」

男はあまりに瞬時の事で、何が起きたのか分かっていなかった。しかし、カイトには見えていた。ルーカの精神は研ぎ澄まされ、周りの者の動きがスローモーションに見え、男の拳が届く前にスタートを切っていたのだ。そのスピードはあまりに速く残像を残す結果となった。

「す、凄いですよ。君は、」

「はは、出来ちゃった。」

カイトはルーカの行動に身震いを起こすが、当の本人は無邪気に喜ぶだけで、凄い事をやったと言う自覚はなかった。

「やろー、俺達も続くぞ。」

「まずは俺からだ。」

下では男達が、カイトやルーカのまねをしているが、無理であった。

「さあ、戻りましょう。長居は無用です。それにポロンさんが君の帰りを待っています。」

「あいつらは、」

ルーカは下を覗き込んだ。

「ほっときましょう。」

カイトは、腰を降ろし下の男達を見ているルーカにそっと呟いた。ルーカは立ち上がりカイトとこの場から離れる事にした。二人はきれいな星空の元、建物の屋上と屋上とを飛び渡り、十番地区から離れる事に成功した。

「あいつら、おもしろい連中だな。またこようか。」

「だめです。」

事情が未だ飲み込めないルーカは帰路の途中、笑顔で呟いた。カイトは呆れながらも強い口調でルーカの意見を却下した。十番地区をぬけた二人は、建物の屋上から地上へと飛び降り、急いでポロンの待つF・ハンター事務局へと急いだ。

 そのころ十番地区中央広場(別名=処罰の受け皿)には、十数台のバイクが轟音を鳴り響かせ中央にヘットライトを向けていた。ヘットライトの中心には街灯があり、4人の男がそこに縛られていた。

「ま、待ってくれ。奴等並みのやつじゃねぇ。壁を上っていったんだ。な、た、頼む、今回だけは見逃してくれ。」

四人の男達は周りを囲んでいる武装集団に声を震わせ許しを請う。

「ジャ、ジャッカルさん。あんたならみんなを説得できる。た、頼むよ。へへへ・・・」

そこへ皮ジャン姿にサングラスを掛けた180cmほどの痩せた黒人が、四人の前に現れた。男達は、ジャッカルと呼ばれる男に引きつった作り笑顔で頼む。ジャッカルは沈黙のまま高々と右腕を上げ、そして振り下ろされた。

「やりなさい。」

しゃがれた声が四人に処刑を宣告した。20人ほどの武装した男達はジャッカルの合図でバイクから降り中央へと向かった。

「ま、待ってくれ、必ず、必ず始末はつける。だ、だから、」

(ウギャーアー)

男の必死な頼みも聞き入れられずジャッカルは背を向け武装した男達とすれ違って行く。そしてまもなく、十番地区に悲痛な叫びが木霊した。暴行を受けているのはまぎれもなくルーカとカイトに襲い掛かってきた4人であった。

「リー、」

ジャッカルは一人の男を呼び付けた。中央広場から少し離れた所に、建物に背をもたれ立っていた男がジャッカルの方へと歩み寄って来た。その男の肌は黄色、長い黒髪に切れ長の鋭い目、背丈は170cmほど、細身で皮ジャンにジーンズ姿であった。

「連れて来なさい。すぐに。」

「分かりました。」

ジャッカルは低い声でリーに命令を下す。リーは数人の部下を連れ、広場から離れ暗闇の中へ姿を消した。

「くっ、くっくっ、いい月夜だ。」

ジャッカルは一人、空を眺め不気味な笑い声を発した。

 事務局に戻ったルーカとカイトは、足早に自分達の部屋へと向かう。廊下には人影は無く、二人の足音だけが聞こえていた。やがて、足音はポロンのいる部屋の隣で止まった。

(ガタン)

「カイト、どうだった。」

聞き耳を立てていたのだろう、足音に気付いたポロンが、部屋の扉を勢いよく開け廊下へと飛び出してきた。

「よおっ、」

「よおっ、じゃないわよ。方向音痴。」

ルーカはポロンの顔を見ると手を軽く上げ軽い声で言った。ポロンは鬼のような表情でルーカの方へ駆け寄り大声で叱り付けた。

「まあ、まあ、見つかった、と言う事で、」

「そうだ、そうだ。」

ポロンとルーカの間に入るようにカイトが口を挟んだ。一瞬はカイトの言葉で顔をゆるめたポロンだったが、ルーカの余計な一言で顔の表情が豹変した。

「そうだじゃないでしょう。私にどれだけ心配かければいいの。」

「そんなこといってもお前が付いてきたんだろ。」

「だいたいねぇ、私がついていなけりゃレトンにも辿り着いてないわよ。」

(た、確かに、)

二人の問答に、多少呆れながら聞くカイトだったが、ポロンの言っている事がもっとだと思った。二人の口喧嘩はとどまる事無く続き、次第に宿泊客も面白がって三人の周りを取り囲んでいった。

「あっ、お騒がせしています。すぐに部屋へ戻りますから。」

「おもしれぇからもうちっとやらせとけよ、兄ちゃん。」

カイトは、宿泊客に頭を下げ誤った。そうしている間に、周囲の笑い声でようやく気付いたポロンとルーカは顔を真っ赤にして部屋へと戻って行った。

「なんだ、もう終わりか、」

「面白かったよ。」

二人が部屋へ戻ると周囲を囲んでいた宿泊客も自室へと戻っていき、カイト、一人廊下へ残された。

「はあー」

ようやく一悶着が終わり、部屋に入れたカイトはため息をついた。それもつかの間、室内ではルーカとポロンが廊下での続きを始めていた。カイトは、二人の痴話喧嘩に口を挟む事無く、汗で汚れた体を、自室のシャワーで洗い流した。カイトがバスローブに身を包み、シャワールームから帰って来るころには、二人仲良くベッドに腰掛け笑っていた。

「あっ、カイト、シャワー浴びていたんだ。俺も、使おっと。」

「それじゃあ、私も部屋に帰ってシャワーでも浴びて寝よう。」

ルーカの言葉に、ポロンはすっきりしたような顔で扉へと向い歩き始めた。ルーカは、出入り口のある扉とは反対にあるシャワールームへと向かった。

「あっ、カイトありがとう。」

ルーカがシャワールームに入ったころ、ポロンはその歩みを止め振り向き、カイトにそっと微笑んだ。カイトはその微笑みに、濡れた髪を拭きながら、笑みで返した。

(キィー、バタン)

静かに扉は閉じた。 

 ルーカはシャワーを浴び、タオル一枚でベッドに倒れ込んだ。

「はい、ルーカ」

「おっと、サンキュー」

カイトはすでに服を着込み、備え付けの冷蔵庫からジュースを二本取り出すと、その一本をルーカに投げ渡した。

「プッファー、」

ルーカは缶ジュースを一気に飲み干し、満足そうな笑みを浮かべる。カイトは心配そうな顔で窓の外に浮かんでいる満月を眺めていた。

「どうしたんだ、カイト。」

「彼等が、このまま、いや、何でもないですよ。」

カイトは途中まで言いかけた言葉を飲み込み、カーテンを閉めた。

 隣の部屋では、明日のスケジュールを必死に考え込みシャワーを浴びているポロンの姿があった。シャワーの水圧はかなり強く、水飛沫をあげている。シャワーの水はポロンの体を伝い、排水溝へと流れ込んで行く。その時、ポロンの足元に黒い影が忍び寄っていた。

「きゃあー。」

ポロンはおもむろに下を見つめ悲鳴をあげた。その声は隣の部屋にいたルーカやカイトの元まで届いた。

「ポロン、」

「ポロンさん、」

悲鳴を聞いた二人は、急いでポロンの部屋へ走った。

「やはり、一筋縄では行かなかったようです。」

カイトは一人呟いた。部屋の前まで来るとカイトは扉をノックしたが、その呼びかけにも反応は無かった。

「どけ、カイト、」

「ま、まってください。まだ、」

カイトの話が済む前に、ルーカは持ってきた68式ガンファーを逆手持ちにより脇で構え、体制を低くし、一足飛びで扉に突き込んだ。その衝撃で、頑丈な扉ははがれ飛び、ルーカはポロンの部屋へと飛び込んだ。カイトもその後を追い中へと入っていった。

「大丈夫か、ポロン。」

ルーカは部屋を見渡す。荒らされたような形跡はなく窓も開いていなかった。

(シャー)

シャワーの音に気付いたカイトは、ルーカに無言で合図を送った。ルーカは無言で頷きシャワールームの扉の前に忍び寄り、ノブに手を掛けカイトの合図を待った。

(ガチャッ)

「ポロン無事か、」

「ポロンさ、ん、」

カイトの合図とともに、ノブを回し中へと踏み込んだ二人は、言葉途中で絶句した。そこには全裸でしゃがみ、体長5cm程の紐ムカデをシャワーの水圧で流しているポロンの姿があった。

「・・・きゃー。」

時間が止まり、やがて、ポロンの悲鳴と同時に時間が動きだした。二人は慌ててシャワールームの扉を閉め、心を落ち着かせた。

 しばらくして、ポロンが目を吊り上げシャワールームから出てきた。

「わ、わるい、悲鳴が聞こえたもんで、」

「す、すみません。ポロンさん。あ、あの、」

二人はバスローブに身を包み出てきたポロンに作り笑いで謝罪する。

「ど・い・て」

言葉少なく、ポロンはきつい口調で二人に告げた。二人は慌てて両端によって身をすぼめた。二人は必死にシャワールームの前で弁解をするがポロンからの応答は無かった。

「あのなー、」

「分かったけど、扉どうするのよー。」

ルーカは、振り向きポロンの方を見るが、ポロンは扉の方を見て小さな声で答える。

 騒ぎを聞きつけ、フロントからキャスが走ってきた。

「お客様、どうなさいまし・・・はぁー。」

キャスは部屋の前まで来ると、壊れた扉を見て呆れ返った。ルーカは事の次第をキャスに説明した。その後こっぴどく叱られたルーカとカイトはそそくさと自分の部屋に戻ろうとした。

「ルーカさん、カイトさん、この部屋は、扉がつくまで使用不能です。お連れのポロンさんと同室願いますよ。」

「えーっ。」

「えーっじゃありません。分かりますよね。今の状況、」

「はい、」

引きつった顔のキャスは怒りで声を震わせながら言った。キャスの強制的な指示に異議を申し立てる事無く二人はポロンの方を見た。

「それから、ここの弁償は仕事の報酬から自動的にこちらに振り込まれるようにしときますよ。」

「お姉さんまけてよ。」

「お姉さんじゃありません。キャス、キャス・ウエッシュです。」

フロントに向かおうとしたキャスは、冷たい笑顔で振り向き三人にそう告げた。

「そう呼んだらまけてくれる。」

「駄目っ」

キャスは二人の言葉で冷たい笑顔は、鬼のような形相になり、宣告した。そして、頭を抱えながらフロントへと重い足取りで向かって行った。

「そういう事で今夜はよろしくね。」

部屋の前で、扉の残骸を静かに見詰める二人の間を、荷物を持ったポロンが歩いて行った。ポロンの後を、二人は黙って残された部屋へと戻った。

 ポロンは部屋に入るとルーカの荷物をベッドから投げ下ろし、自分の荷物を置いた。

「ポロン、お前なー、確かに俺達が悪かったが、そこまでする事ないと思うぜ。」

「本当にそう思う。」

「・・・」

ポロンの行動に反発するルーカだったが、ポロンの落ち着き払った言葉に返す言葉は見つからなかった。それどころか、先ほどの全裸姿が脳裏を鮮明に駆け巡っていった。

「ははははっ冗談だよ。当然だよな。うん当然だ。カイトもそう思うよな。」

「そ、そうですよね。当然です。はい」

ルーカは作り笑いで、この雰囲気に飲み込まれまいと必死に言葉を繕い、カイトへと投げかける。カイトも慌てながらも取り繕った。

そのころ、10番地区北部に本拠地を置く、ナイトスネークのメンバーは、溜まり場であるナイトメア(酒場)の個室で幹部会が開かれていた。薄暗いその部屋は煙草の煙が立ち込め、七人の男達が座っている。本来天井に備え付けられている筈の電球はテーブルの側まで降ろされ、男達の下半身しか照らされていない。仲間の表情が伺えない分不気味であった。そんな中、出入り口の扉から一番離れた奥の席に、異様な雰囲気を漂わせる男がテーブルに足を投げ出し座っていた。

「ジャッカルさん、ハーデスの奴等に不穏な動きが見られます。」

「クォーツ(闇商人)との取引も確認されています。」

「どうしますか。」

無論、ルーカやカイトの件も話題にはなるが、そのための幹部会ではなかった。

「慌てないでください。こっちもただ黙って監視していたわけじゃない。そうでしょう。」

ジャッカルの低いしゃがれ声に周囲の幹部は息を呑んだ。

「これだけの情報が出てきているって事は、今夜当りが怪しいですね。誰か、リーを連れ戻してきてください。」

ジャッカルの命令で、一人の幹部が立ち上がり部屋を出ていった。

「残りは、祭りの準備です。」

「祭りだ。」

ジャッカルはニヤリと笑い呟くように言った。その言葉に幹部達は奮起し、席を立ちそれぞれの準備に取り掛かった。部屋の外では幹部達にこれからの事を聞いた部下達が興奮を抑え切れず歓声を張り上げていた。

「今夜が最後。」

一人部屋に残ったジャッカルは薄笑いを浮かべ、テーブルにおかれたバーボンを口に運んだ。長い夜は今、始まりの鐘を鳴らした。

 十番地区で祭りが始まろうとしている頃、ルーカとカイトは物静かな宿舎の部屋、ソファーの側で寝息を殺し見詰め合っていた。

「ルーカ、息が詰まりそうです。」

業を煮やしたカイトは重い空気が漂う中、ベッドで横になっているポロンに気付かれない程の小声でルーカに尋ねた。

「んぅー、」

ルーカは腕を組み考えるが、容易に答えは出なかった。こちらに背を向け奥のベッドで横になっているポロンを前に、二人は静かに考えていた。

「そうだ。」

「何か、いい作戦が浮かんだのですね。」

ルーカのひらめきに、カイトは身を寄せ期待した。

「ああ、」

ルーカの自信に満ちた顔つきはカイトにとって神の様に思えた。

「それで、」

「謝る。」

「えっ、」

「平に謝る。ただそれだけ。」

期待を寄せるカイトであったが、ルーカの答えに唖然とした。しかし、それ以上の得策が見つかるはずもなく、ルーカの案に賛成するしかなかった。

「うん、」

二人は顔を見合わせ頷き、部屋の明かりを点した。そしてポロンの側に歩み寄った。

「ポロン・・・さっきは・・・うーん悪かった。」

「ポロンさん、あの、すみませんでした。えっと、結果として、なったわけですが、覗こうなどと言うやましい考えはありませんでした。信じてください。」

「・・・」

二人のぎこちない謝罪に対しても何一つ反応は無かった。

「謝ってるだろ、何とか言えよ。」

何も言わないポロンに苛立ちを覚え、ルーカはポロンの肩に手を掛け、こちらを向けた。

(スーウ、スーウ、)

が、そこには無邪気に寝息を立てるポロンの寝顔があるだけだった。

「俺達も、寝るか。」

「そうしましょう。はあー。」

ルーカとカイトは、ポロンの寝顔を見ると、肩の力が抜け、ため息を吐いた。それと同時に、怒りが込み上げてきたが、その純真な寝顔には勝てなかった。ルーカはソファーに、カイトはもう一つのベッドに寝ようと、準備を始めた。

(コン、コン)

二人が眠りにつこうとする最中、誰かがドアをノックしてきた。ルーカは警戒する事無くドアに近づいて行った。

「待ってください。」

「どうしたんだ。」

カイトはルーカがノブに手を掛け回そうとするのを止め、部屋の明かり消した。そして、ソファーの上からルーカのガンファーを取り、投げ渡した。

「こんな時間に変ですよ。気をつけてください。」

「分かった、」

カイトの忠告にルーカは静かに頷き、覗き窓から廊下の様子を伺った。覗き窓の向こうには、ガラの悪そうな三人の男が、下品な面構えでこちらを見ていた。ルーカはガンファーを持っていない手でカイトに合図を送る。カイトは腰の木剣を抜きルーカの元へと静かに移動した。

「うん。」

二人はドアの両端に別れそれぞれの武器を構え賊が入って来るのを待った。ドアのノブがゆっくりと回った。二人の武器を握る手に力が入った。

「はっ、」

(ガシャーン)

その時部屋の窓が割られ、一人の男が入ってきた。

「クッククッ。」

ナイトスネークのリーであった。リーは二人を見て無気味に笑った。ルーカと、カイトがそちらに目を奪われた瞬間、ドアが勢い良く開き、三人の男が二人に襲いかかってきた。三人の男の拳にはメリケンサックが握られ、黒皮のパンツとジャケットで決められていた。

「ルーカ、奴等、ナイトスネークです。気をつけてください。」

「なんでそんな奴等が、」

ルーカとカイトは狭い入り口付近で三人を相手に突きを主とした攻撃を繰り返し、二人を倒した。その間に、リーはポロンを肩に担ぎ、つるしていたロープに捕まり下へと降りて行った。

「ルーカ、」

「待ちあがれ。」

ルーカはその場をカイトに任せ、リーを追い窓へと向かった。リーは自分が降りてしまうと持っていたナイフを投げ、屋上からロープを切り落とした。

「くそっ、」

「ルーカこの高さでは危険です。階段から行きましょう。」

残りの賊を倒したカイトはその状況から部屋を出て階段を使う事を進めた。

「うぉぉー。」

「ル、ルーカ。」

ルーカはカイトの忠告を無視して窓から下へと飛び降りた。

(ターン)

静まり返った夜の道にルーカのブーツ音が響く。ルーカの足に電流が走った。数秒間、動けずにいたルーカだったが、ゆっくりと動きはじめ、やがて普通に走っていった。

「まったく、無茶な人ですね。常識と言うものが通じない。」

カイトは窓から降りる事を避け、カウボーイハットを深くかぶり階段から後を追うことにした。

騒ぎを聞きつけ隣接した部屋のハンター達がカイトの部屋の前に集まってきた。

「派手にやらかしたな。」

その中で地元の髭面中年ハンター・ライクが方膝をつけ、側に倒れ込んでいる男の腕章に目を向けた。腕章には八匹の蛇が絡み合い牙をむいている。

「こいつらナイトスネークのメンバーじゃないか。」

ライクは立ち上がりカイトに言った。

「すみません、事情は後で説明します。ここの連中お願いできますか。」

「それはいいが、お前それだけの装備で十番地区へ行く気か。」

ライクはカイトの身を気遣った。

「はい。行きます。」

「どう言う事情かは知らん。が、無謀と勇気とは違うんだ。それでも行くなら、これを持っていけ。」

ライクはカイトに自分の腰にぶら下げていたシルバーのS・A・A45ピースメーカーを投げ渡した。

「後でお返しします。必ず。」

「必ずだぞ。」

カイトはライクの言う言葉に深い意味を感じ取りながら頭を下げ表へと向かった。

「今度は何事ですか。」

キャスは髪を振り乱しながら走ってきた。

「なぁーに、いつもの事だ。キャス。」

「何がいつもの事ですかっ。それで誰が狙われたんですか。ライクさん。」

キャスはライクに尋ねた。ライクは親指を立て、扉の無い部屋を指差した。キャスの顔から血の気が引いていった。

 ナイトスネークの溜まり場であるナイトメアの前には、数十台のバイクが爆音を轟かせ祭りの始まりを待っていた。

「今夜は祭です。存分にお楽しみください。」

(ウォーッ)

ジャッカルの一声で、メンバー達は奮起し、その異様な叫びは、遠く離れた地区にも響き渡った。

「まだ、リーが戻りません。」

異様な雰囲気の中、ジャッカルに幹部の一人が耳元で囁くように話した。

「リーは祭り好きです。騒ぎを聞きつけすぐに来るでしょう。」

ジャッカルは店の前でポケットから手を出し軽く上げ、その手を振り下ろした。それを合図にメンバー達はバイクをハーデスの本拠地であるガイア(酒場)に向け走らせた。この地区はすり鉢上になっており、ガイアはこの中心に位置していた。すなわち今現在十番地区を仕切っているのはハーデスと言えた。

「行くぞ。」

幹部の一人が先陣を切ってバイクを走らせる。メンバー全員の最後部、数人の幹部達に守られ、ジャッカルもバイクを走らせる。一路、擂鉢の中心に向かって・・・。

 そのころ、ルーカはリーを追い、三番地区から十番地区に向かってバイクを運転していた。

「待ちあがれ、ポロンを返せ。」

ルーカはポロンを助けるため、リーの後を追跡した。周りに彼等以外の姿はなく、静けさだけが周りを支配しているかのようだった。リーは三番地区を南へ走り、やがて無法地帯である十番地区に舞い戻った。十番地区の路上には浮浪者の姿は無く、ただ遠くでバイクのアクセル音が響いていただけだった。

「祭り、」

リーは騒ぎを聞きつけポロンを抱えたままバイクをガイアの方角へ走らせた。ルーカもそれを追い、乗りなれないバイクを走らせる。路地を抜け徐々にその差は徐々に縮まっていた。後少しと言う所で前方に眩いほどの明かりが見えてきた。

「な、なんだあれは。」

「クッ、クッ、クッ、もうおしまいだ。」

何が起こっているかわからないルーカはその光に呆然としバイクを止めた。リーは光に向かい一直線で突き進み、その姿を消した。ルーカはバイクを捨て、光の方へ警戒しながら進んだ。

 (ドゴォーン、)

爆音とともに建物が吹き飛び、炎が立ちあがった。ジャッカルが祭りの時に行う、祭り火だった。祭り火とは燃え盛る舞台の周りをバイクで囲み外側に向かいライトを点灯させる事であった。この場合、舞台とはハーデスの溜まり場であるガイアである。ガイアの中から火だるまになり転がり出るハーデスのメンバー。その中にはハーデスのヘッドであるブックの姿もあった。戦力の大半を失い残りのハーデスのメンバーはその行為に激怒し、ナイトスネークのメンバーは狂喜乱舞した。

祭りは始まった。ハーデスのメンバーは鉄パイプやチェーンなどで襲い掛かってきた。ジャッカルは無言であごをしゃくる。ナイトスネークのメンバーはそれを切欠に交戦を始めた。

 そんな中、ルーカは建物の影からリーの姿を探した。

「いたっ、」

ルーカはナイトスネーク側を、最後部に向かい足早に進むリーの姿を見つけた。ルーカは建物の裏手からリーの後方へと回り込もうとした。その時、

「誰だ、お前は、」

「ハーデスのまわし者か。」

ルーカはうかつにも数人の男達に見つかってしまった。その姿、黒い皮の衣装、上着にはルーカ達を宿舎で襲った男達と同じ腕章、直ぐにナイトスネークだと分かった。総勢5名、そのうち2名が銃を携帯していた。

「見つかったみたい。それじゃあ、堂々と行くか。」

ルーカは腰にぶら提げていた68式ガンファーに手を掛け、銃を持つ二人の男達に突進、そして抜きざまに二人の男を薙ぎ倒した。男達は銃に手を掛けるまもなく気を失った。すぐに違う男がルーカの後方から頭部めがけ槍を切り下ろした。が、ルーカは後方飛びで体をひねり、相手の懐へ入り込みガンファーですばやく逆手で受け流した。男の体制は崩れ前かがみになる。ルーカは男の喉元にガンファーを突き込んだ。男は白目をむきルーカに支えられるように力尽きた。ルーカはその男を側に寝かせ、残りの二人を睨み付けた。残りの二人はルーカとの距離を取った。

「な、なんてやつだ。お前はこの事をジャッカルさんに知らせろ。」

「わ、わかった。」

「ぐわっ、」

そう言っている間にも、また一人、ルーカはナイトスネークのメンバーを倒していった。そして残りの一人もジャッカルの元へ行く事はできなかった。事を終えたルーカは遠くから戦況を確認する。抗争はエスカレートしていたが明らかにナイトスネークが有利に運んでいた。

「こりゃーヤバイ状況だな。少し様子を見るか。この状況ならポロンの奴に危害が加わる事はないか。」

いくら無鉄砲なルーカでも、この状況でポロンの元へ行くのは危険すぎると感じ取った。やがて、闇夜に紛れるように姿を消し、人数が減るのを待つことにした。

 抗争も佳境を迎え、ジャッカル率いるナイトスネークが圧倒的に有利な戦況となっていた。その時、一台のバイクが無人で抗争のど真ん中に走り込んできた。そして、燃え盛るガイアに向かい突っ込んだ。

(ドガァーンンンー)

バイクはバラバラに吹き飛び、タイヤだけがその形のままハーデスとナイトスネークの間にゆっくりと転がってきた。

「だれです、祭りに水を差すのは、」

ジャッカルは咥えていた煙草を側にいる幹部の額で押し消した。双方のメンバーは抗争中だと言う事も忘れ周囲を見渡していた。

「双方引けー、」

バイクの走ってきた方向から叫びにも似たカイトの声が轟いた。

「カイト。」

ビルの屋上からその状況を見ていたルーカは驚き目を丸くした。

 カイトは右手に愛用の木剣を引き、下げゆっくりと双方の合間に足を踏み込んできた。その堂々たる進行と、殺気に満ちた眼光、少しでも力ある者にはそれが何を意味しているのか分かった。そう言う者達はカイトの進行を阻むどころか後ずさりをし、道を開けた。

「貴様、ここを何所だと思っているんだ。」

「おい、俺達が誰なのか教えてやろうか、腕ずくで、」

それすらもわからない愚者はカイトの間合いにうかつにも近づいた。

「よ、よせ、」

リーの忠告もむなしくカイトの腕が瞬時に動いた。

(ピューッ・・・ドサ)

すでに遅かった。カイトに近づいた愚者達は痛みを感じる様子もなくその場にひざまずき、そして倒れた。

「もう一度言う。双方引け、」

その言葉に十番地区全体が共振したかに思えた。カイトの歩みはなおも止まる事無くジャッカルの元へと進んだ。辺りには緊迫した空気が流れ静まり返っていた。カイトの進行の先に立ちはばかる者は誰一人いない。カイトの鋭い視線はジャッカルに向けられていた。

「よくお越しくださいました。金髪の狼さん、」

(ピクッ)

ジャッカルの言葉にカイトは顔色を変え、一瞬歩みを止めた。二人はしばらく見合ったまま静かな時間が過ぎた。

(パチン)

不意にジャッカルは指を鳴らした。その合図でカイトの前に一人の男が姿を現した。男は懐からナイフを抜き、カイトに向かって構えた。

「ハーデスの諸君、もはや勝負は見えている。祭りは終わりにしましょう。悪いようにはしませんよ。」

ジャッカルに無条件降服を勧められハーデスの残党は武装を解いた。そして、ハーデスの残党を吸収したナイトスネークはこの地区の勢力図を一色に塗り替えた。

「お待たせしてすみません。フィナーレはあなたにお任せします。カイトさん。心行くまでお楽しみください。死合と言う余興を、クックククッ。」

ジャッカルの不気味なしゃべり声で全ての視線はカイトと男に注がれた。そして、それは死合開始の合図となった。

「俺の名はザサン。いくぞっ。」

ザサンは背を丸めた前傾姿勢からカイトの懐に走り込んだ。そして素早く持っていたナイフをカイトの顔に向け幾度となく突き出した。そのスピードは常人の域を超していた。しかし、ザサンのナイフがカイトの顔に傷を付ける事は無かった。

「流石ですねカイトさん。」

ジャッカルは不適な笑みを浮かべ呟いた。カイトはジャッカルの行動に気を配りながらザサンの連続攻撃をかわし続けた。

「ど、何所を見ている。勝負の最中だ。」

「じゃあ終らせましょう。直ぐにっ。」

カイトはそう言うと瞬時にザサンの懐に飛び込み、みずおちに木剣の柄頭を打ち込んだ。ザサンは声を発する事無く白目をむいた。

「さて、次は誰が行きますか。」

「次は俺だっ。」

ジャッカルの声で、2メートルはある大男が名乗りを上げた。周囲はこの死合の雰囲気に飲み込まれた男達が興奮状態になっていた。

「まずい。このままではポロンさんの身が危ない。」

カイトは瞬時にそう判断した。その時、

「お、おのれぇーっ。よ、よくも。」

その興奮を覚ますようなうめき声が何所とも無く聞こえてきた。周囲の視線はその声の主に移り変わった。そこには黒焦げの男が小刻みに体を震わせながら立っていた。

「いまだっ。」

カイトはそのどさくさに紛れいったんその場から離れた。

「逃げましたか。賢い選択ですね。に、しても誰ですかあの不細工な生き物は。」

ジャッカルは側近のリーに訪ねた。が、答えられるはずも無かった。それほどに判別不能だったからだ。

「ジャッカルっ、よくも俺のチームを。」

「誰かと思えばブックさんですか。見違えるほど醜い。」

「ほ、ほざけっ。た、たとえ俺一人になろうとハーデスは戦いを止めぬ。」

「ふぅーっ。」

ジャッカルはブックから目をそらしため息を漏らした。

「ジャ、ジャッカルっ。うぐっ、ぐはっ。」

それがブックの最後の言葉となった。ジャッカルのため息と共にリーは素早くブックの背後に回り込み首筋の動脈を瞬時に切り裂いた。首からは噴水のように赤い水が飛び散りブックは崩れ落ちた。そして、焦げ臭い匂いと、生々しい血溜りをその場に残した。ガイアの前は一瞬にして凍りついたように静まり返ったかに思えた。

「ジャッカル、」

一人の若者の一声が周囲に木霊した。次の瞬間、

(ワァァァー)

波のような歓声が沸きあがり、直ぐに先ほど以上の盛り上がりを見せた。

 そのどさくさの中、今度はルーカがジャッカルの背後に回り込んだ。そして背後からガンファーを突きつけた。リーは即座に態勢と整え攻撃の期を捜した。

「ポロンは返してもらう。」

「君はこの少女のお連れの方ですね。」

ジャッカルは表情ひとつ変えず、慌てる事無く片手を軽く上げ、リーの行動を制止させた。

「ルーカ君だったね。リーから聞いているよ。しかし、この状況下で君達が生きてこの場から逃げる事は難しい。」

ルーカはジャッカルの話に耳を貸すことなく、さらに強く、ガンファーを突きつけた。

「リー、お嬢さんをお連れして。」

ジャッカルが妙にやさしい口調でそう言うとリーは部下にポロンを連れてこさせた。

「一つ、面白いゲームをしましょう。」

ジャッカルは不敵な笑みを浮かべ、ルーカに話し掛けた。

「警戒する必要はないよ。簡単なゲームだからね。そして、それが終ればあなた達は開放されます。ゲーム終了後の状態のまま、」

ルーカは無防備に立っているジャッカルにガンファーを突きつけたまま身動き一つ出来ずにいた。ジャッカルはそっと右手を上げ何かの合図を仲間に伝えた。

「な、何をする気だ。」

ルーカは強い口調で言った。しかし、ジャッカルはそんな事きにもせず行動を続けた。そして、何もする事無くポロンを広場の中央に寝かしジャッカルの元へと戻った。

「それでは説明します。」

「待ってよ。ゲームをする気はない。」

「そうはいきません。もう既に始まっていますしね。」

 ジャッカルの言葉通りゲームはすでに始まっていた。辺りには灯油の匂いが立ち込め数人のメンバーがその灯油に火を放っていた。左右から灯油のライン通りに炎が走り一つの木造建築物に向かっていた。すぐにその場所まで到達するとじわじわと建物を燃やし始めた。

「あの建物にはハーデスの奴等が闇商人から買った武器・弾薬が大量に保管されています。感の良いーカ君なら後は分かりますね。」

ジャッカルは視線だけをルーカの方へ向けた。

「それでは最初の暴発が開始の合図です。最後まで立っていた者が勝者。楽しいですよ」

ジャッカルの薄気味悪い笑いは、ルーカに焦りを生んだ。

「ジャ、ジャッカルさん、我々はこれ、これで、」

「何を言っているんですか。これから始まりです。それとも私のゲームに付き合えないとでも、」

「い、いえ、と、とんで、もない。」

ジャッカルの常軌を逸したゲームに全てのメンバーは引く事も、押す事も出来ずに運を天に任せた。誰一人その場を去る事無く時間は過ぎ去っていく。炎は建物の周りから内部を覆いつくしていった。

 (ゴクリッ)

誰もが息を呑む。そして次の瞬間。

(ダーンッ)

最初の暴発が始まった。

「うぎゃーっ、」

「くっ、くっ、くっ、さあー誰が残りますかね。」

最初の暴発で、一人の男が悲痛な叫びとともに腹部を両手で押さえ倒れこんだ。ジャッカルはなおも笑い続けた。その暴発をきっかけに次々と暴発が続いた。その度に周囲のメンバーは傷つき倒れていった。ルーカはジャッカルを睨み付けながらも死を意識していた。額には冷たい汗、動かない体、ジャッカルの落ち着いた態度、全てが自分より上だと実感させられる。その間にも、脱落者は増えていった。いったいどれだけの犠牲者が出るのか誰にもわからない。みな、

(ただ今を生き延びれば、)

とだけ考えていた。ジャッカルを除いて・・・

ジャッカルとルーカの間にはポロンが仰向けのまま寝かされていた。その近くにも弾丸がかすめ微かな砂煙と小さな傷を残した。

「ポロン、」

「うーん」

ルーカは思わず声を発した。ポロンはその声に反応するかのように反転した。そのすぐ後、弾丸が先ほどの位置に当たり砂煙を上げた。

「運がいいですね。」

ジャッカルの言葉にルーカは思わずいきり立ち攻撃を仕掛けようとした。

「だめっ、」

ポロンの言葉にルーカは飛び出すのを押さえた。目の前を、弾丸が光の帯をだし駆け抜けた。ルーカはその光景をしっかりと眼に焼き付けた後、その視線をポロンに向けた。

 そのころカイトは、周囲を見渡しゲームの現場に一番近い消火栓を見つけた。

「これでいけるでしょうか。」

カイトは呟きながら消火栓の前で木剣を抜き、居合いの構えを取りながら前傾姿勢になった。

「ハァーッ」

気合にも似た掛け声でカイトは腰の横で構えていた木剣を横一閃に走らせた。カイトの斬撃は消火栓を無意のうちに切断した。切り口から水が吹き出し高々と噴出された。それを確認すると、カイトは次々と近くに設置されている消火栓をまるで据物切りでもするように切断していった。吹き出した水は擂鉢状の中心、ガイアに向け流れて行った。

「後は勝手に鎮火するでしょう。とにかくルーカの元へ急ごう。」

カイトは木剣を背中に納刀すると火災現場へと急いだ。

 カイトの機転を利かせた消火活動によって武器庫は瞬く間に鎮火していった。木材の焦げる匂いと水蒸気が立ち込める中、ずぶぬれになったルーカとジャッカルが動く事無く見合っていた。

「ゲーム終了だ。」

「くっ、くっ、くっ、そのようですね。楽しかったですよ。今までで最高のゲームでしたよ。」

ルーカは深く構えジャッカルの今後の動きに注意を払った。ジャッカルは薄気味悪い笑いを浮かべ、ルーカへ近づこうと一歩を踏み出した。

(ダーンッ)

その時、完全に鎮火したと思われていた武器庫から一発の弾丸が発射された。弾丸は焼け残った柱を突き抜けジャッカルのこめかみで止まった。ジャッカルはゆっくりとその場に膝を突き、そして重力に引かれる様に地面に顔を付けた。その後ジャッカルは動く事無く、全ては静かに終わりを告げた。

「結局、最後の最後にツキに見放されたのはジャッカルだった。それだけです。帰りましょう。宿舎へ。」

カイトは茫然と立ち尽くすルーカに近づきそう言った。

ルーカは生きている事が不思議だという表情でカイトを、そして倒れているジャッカルを見つめた。

「これが、ジャッカルの生き方だったのか。」

ルーカは悲しげな表情でとボソリ呟いた。

「ぺっぺっ。ごふぉごふぉな、な、何よ。何がどうしたの。なんで私こんな場所で水浸しになりながら寝ていたの。ちょっと説明してよ、二人ともっ。」

水で呼吸器官を塞がれようやく目覚めたポロンは、慌てて飛びおきた。そして、状況を把握することなく激怒した。ルーカはポロンの声で全てが終った事を実感し安心の笑みを見せた。カイトもそれにつられるように笑った。

「何よ、説明してよ。」

ポロンは二人の笑みに苛立ちを覚え癇癪を起こす。

「帰ろう。」

「そうしましょう。」

「二人だけで納得しないでよ。」

依然納得のいかないポロンを含め、三人は殺伐とした十番地区を離れた。

 十番地区を後にした。宿舎につく頃には、東の空に赤味が射していた。事務局裏手、宿舎の時間外出入り口についた三人を出迎えたのはライクとキャスだけだった。キャスは安堵のため息とわずかな涙をこぼした。

「ただいま。」

「よく戻ったな。」

ライクの一言には重みがあった。彼はカイトの手を熱く握りしっかりと視線を合わせた。

「あれっ、お姉さん待っていてくれたんだ。心配だった。」

「ド、ドアの修理代踏み倒されないように待っていただけよ。」

ルーカの意地悪な質問に、キャスはわざと顔を背け冷たい態度を取った。

「キャス、いつからそんなに仕事熱心になったんだ。今まで何人のハンターが修理代踏み倒しても経費で落していたのに。」

「もおぉっライクさん。」

ライクはキャスに冷やかしを投げかけた。キャスはすねたように宿舎の中に入っていった。その場にいた全員は笑みをこぼした。

「さぁ、キャスがコーヒーとパンでもてなしてくれる。」

ライクがそう言うと、ポロンとルーカは走って中には行っていった。そして、二人の後をライクが続こうとした。

「ライクさん、これお返しします。」

カイトは腰からピースメーカーを抜き、差し出した。

「お前はこの銃と相性がいいらしい。この銃は今まで幾度と無く俺を死の縁から生還させた。そして、今度はお前が生還した。その銃はくれてやる。」

カイトは黙り込み銃を見つめた。再びライクは中へと向かう。

「ライクさん、ありがとうございます。」

「なぁーに、銃がお前を選んだんだよ。コーヒーが冷めちまう。中へ入ろう。」

「はい。」

カイトの明るい声が人気の無い道に響いた。


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