ガラスの靴、灰の姫 (2)
結論から言いますと、なにも見つかりませんでした。
開かない扉が多すぎます。避難用シェルターにしては異常でした。
「……なんでこんなにロックのついたドアが多いのでしょうか」
「実は秘密基地とか」
「……はは、まさか」
とりあえずさっき車両を弄っていた場所に戻ります。
「……」
「あー」
知らない人が車両のそばに立っていました。
「だれ?」
「……」
アリス以外の人に会うのは何年ぶりでしょうか。頭が真っ白。
髪の長い――女性でしょうか、彼女は車両をまじまじと観察しているようでした。
あ、こっち向いた。
あ、こっち来た。
「あの巡航装甲車は君たちのものか? すまない、珍しいものだったからな。触ってはいないから安心してくれ」
「はぁ」
私は人見知りだったのか。言葉が出ませんでした。アリスは嬉しそう。
「あー! よく見たら、サンドリヨン型だー! こんちゃー!」
「よくわかったな。……そういう君たちも、レッドフードとアリスか」
「うん!」
おや、どうやら彼女は私たちと同じ、戦闘用有機アンドロイドのようでした。
ちょっと安心。
「さんちゃんって呼んででいーい?」
「ああ、かまわない」
打ち解けるの早いなぁ。そんなことより私は、サンドリヨンさんの発言を気にしていました。
「……巡航装甲車。この車両をそう呼びましたが、知っているのですか?」
「ああ、知っているよ。こいつは航空封鎖されている地域で長距離を移動するための車両だ。私も乗ったことがある」
「……戦中の生まれで?」
「戦前だ」
とても長生きのサンドリヨンさんでした。エンジンルームを覗き込みながら、彼女は続けます。
「私がなにより驚いたのは、こいつの動力だ。これはトラペゾヘドロン機関じゃないか。こんな小型を見たのは初めてだ」
トラペゾヘドロン機関。それは人類の夢、初の完成された第一種永久機関の名前。本来はもっと大きい装置のはずです。それがこの車両に収まっているなんて、信じられません。つまりこの車両は壊れるまで半永久的に燃料無しで走り続けることができるすごいやつ、ということ。もっと言うと、そんなものがあるこのシェルターは……。
「私の記憶が正しければ、ここはシェルターの地下に建造された軍事研究施設だったはずだ。これは試験型の一つだろう」
やっぱり。
「だから秘密の扉だらけなんだー」
「探検していたのか? それともここに住んでいたのか?」
「ううん、ボクとれっちゃんは旅してるんだよー。それでここにたまたまきただけ」
「そうか、私と同じだな」
「そっかー同じかー。じゃあ一緒に行こうよ」
「ふふ、いいアイデアだ」
アリスは初対面の人にどうしてここまで親しげに会話できるのでしょうか。食糧もそんなにないのに。
私が苦い顔をしているのに気が付いて、サンドリヨンさんが笑いました。
「レッドフード、私はこの車両の運転ができる。トラペゾヘドロン機関の火入れの仕方も知ってるぞ?」
「むぅ」
「……私だって独りはつまらないし、さびしい。こんな世界だ。協力しないとやっていけないじゃないか」
「まぁそうですね」
「何かの縁だ。きっと楽しくなると思わないか?」
装甲車は軽快に走ります。
「ねぇ、さんちゃんの足はなんで金属っぽいの?」
「昔、足を無くしてな。修理する有機ナノマシンが不足した前線だったから、応急修理した。その時のままなんだ」
「へー! すごいね!」
「すごいぞ? 中にZM銃が仕込まれてるんだ。これのおかげで私は生き延びることができたといってもいい。何度も窮地を救ってくれた」
「まるでガラスの靴だね!」
「そうさ、私はサンドリヨン。自慢のガラスの靴だ」
サンドリヨンさんの吸う煙草の煙。
私は煙草は好きじゃないけど。
――ガラスの靴は履いてみたい。