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8.変異種ウガルム 後編

「アイスジャベリン!」


 こっちに駆けてくるウガルムにノエルはアイスジャベリンを何発かお見舞いする。


 ウガルムはそれを全てかわすことなくそのまま受け止めると、氷の塊はウガルムの毛皮を貫くどころか凍らせることなく砕け散ってしまった。


 生半可な攻撃は効かないってことかよ。


「ちっ! よりにもよってなんであいつはキールに襲い掛からずこっちに一直線に向かってきやがるんだよ」


 キールに襲い掛かってくれればこっちが逃げる時間を稼げたってのに、あいつははなからキールなんかに目もくれずにこっちにやってきた。


「あれじゃまるでこっちに用があるみたいじゃねーか」


「すまぬ」


 俺が文句を言っているとノエルが申し訳なさそうな声で謝ってきた。


「あやつの狙いは妾だ」


「はっ。あの犬っころは幼女好きの変態ってわけか」


「いや、正確には妾ではなく魔族の肉が目当てなのだ」


「魔族の肉? んなもん喰ってどうすんだよ」


「これはあまりおおやけに知られていないのだが、変異種は魔族の肉を喰らって生まれてくるのだ」


「おいおい、まじかよ……」


 変異種ってのは突然変異で生まれてくるって聞いていたがその原因がまさか魔族の肉を喰うことにあるなんてな。


「魔族の肉を喰らって変異種になったものはさらなる力を求めて魔族の肉を喰らおうとするのだ」


「それはつまりお前と一緒にいる限りあの変異種はストーカーのごとくしつこく追いかけてくるってことか」


「ストーカーというはよくわからぬがその通りだ。危うくなった妾を見捨てて逃げよ。そうすればお主は逃げれるだろう」


「それはできない相談だな」


「なにっ」


 俺の返答が意外だったようでノエルはやや間が抜けた声を出す。


「わ、妾は魔族だぞ」


「そんなもん関係ねーよ。男にはな、命をかけてでもやらなきゃならないことがあるんだよ」


 借金の返済とかな。


 死ぬのはいやだがこのまま生き延びても自由のない借金の返済という生き地獄。だから目の前に借金を返済するチャンスがあるのなら多少のリスクを負ってでもやってやる。そのためにも魔王の遺産を持つノエルに死んでもらったら困る。


「俺がお前を絶対に死なせない。だから余計なことは考えるな」


「お主……」


 ノエルが頬を上気させながら俺の顔を見上げてくる。


「わかった。妾はお主のことを信じるぞ」


 なんで頬が上気しているのかはわからないがこれでしばらくは自分を犠牲にするような短慮な行動はしないだろう。


 もっとも、あのバカが聖剣でウガルムをちゃちゃっと倒していればもっと楽に魔王の遺産を手に入れられたものの。だがまあ勝算がないわけじゃない。このまま逃げ切れば勝ち目はある。


 しかし敵も甘くはなかった。


 ゾクリと嫌な気配を感じて背後を振り返るとウガルムの赤い目がこちらを意味ありげに見ていた。


「まずい! 何か来るぞ。右によけろ」


「右だゴーちゃん」


「メェ!」


 ノエルに言われてアクセルゴートが右へと身体を動かすと、さっきまでアクセルゴートがいたところに茶色の魔法陣が浮かびあがる。そしてそこの地面が盛り上がりつららのように先が尖った土柱が生まれた。かわしていなかったら今頃串刺しになっていたところだ。


「あの犬っころ魔術まで使えるのかよ。変異種が魔術を使うなんて聞いたことないぞ」


「それだけ多くの同胞を喰らってきたのだろう」


「……ちっ!」


 ただでさえめんどくさいのに魔術を使うなんてかなりめんどくさい敵じゃねーか。


「とりあえずジグザグに動いてやつに狙いを定めさせるな」


「わかった。頼むぞゴーちゃん」


「メェ」


 ノエルの指示を受けてアクセルゴートが右へ左へとジグザグに走り出す。そのせいで激しく揺さぶられ振り落とされないようにアクセルゴートの角を強く握りしめる。


 しかしこのまま逃げ続けるのも厳しい。ウガルムの魔術をかわすためにジグザグに走っているから着実にウガルムは俺達に追いつきつつある。何かいい方法はないものか。


 するとブルッと寒気が走る。


「……。ノエル、お前は火の魔術は使えるか?」


「フレイムアローぐらいなら。しかしアイスジャベリンが通じなかった相手には通じるほどの威力はないぞ」


「気にするな。それを犬っころに何発かお見舞いしてやれ」


「お主のことだから何か策があるのだな、任せよ。フレイムアロー!」


 ノエルが呪文を唱えると赤い魔法陣が浮かび上がり熱量を持った炎の矢がウガルムへと飛んでいく。しかしノエルが言った通りウガルムには効果はなく炎の矢はウガルムに当たると霧散していきやつの身体には焦げ跡ひとつつかない。


 けどそのおかげで火が周りの木に飛び火して燃え盛りちょっと空気が温まった。さっきからノエルが氷の魔術を使っていたせいでここらの気温が下がっていて寒い。おかげで身震いをしちまった。


 ウガルムもお返しとばかりに魔術を繰り出し土柱が地面から生えてくるがジグザグに動くアクセルゴートには当たらない。


「ノエルはそのまま火の魔術をウガルムに撃っていてくれ」


 まだまだ寒いから空気を温めてほしいからな。


「わかった。フレイムアロー」


 俺の言葉を信じ素直に魔術を次々と放つノエル。


 ノエルが魔術を放つとお返しだと言わんばかりにウガルムも魔術で応戦してくる。


 しかしノエルの魔術を受けてもものともせずに追いかけてくるウガルムと、ウガルムの魔術をかわすために右へ左へとジグザグに動いている俺達では引き離すことはできず距離が着実に縮まっていく。


 その証拠にしばらく魔術の打ち合いを続けていると背後からはもうすぐだと言わんばかりにウガルムの息遣いが間近に聞こえてくる。


「フレイムアロー!」


 ノエルの放った炎の矢がウガルムの眉間に直撃するが、炎の矢は霧散して消えてしまいウガルムにはダメージが一切ない。この至近距離で攻撃が通らないのか。


「グルルルル」


「くっ、まずい! このままでは喰われるぞ」


 ウガルムはこれで終わりだと言わんばかりに距離を詰め、口を大きく開けてかぶり付こうとする。


 鋭く人間などたやすく噛み切るだろう犬歯が光に当たって鈍く光り、鼻息は荒く赤い目はこれから齧り付く肉の味を想像して恍惚とした目をしている。


「そろそろか」


「……ッ!」


 おれが口角を上げてニヤリと笑うと口を大きく開けていたウガルムが力を失ったかのように地面へ倒れこみ、走っていた勢いを殺せず近くの木々へと突っ込んでいく。


「なっ! 突然ウガルムのやつが倒れたぞ。やつは一体どうしたというのだ?」


「別に大したことはない。簡単なチアノーゼを起こしただけだ」


「ち? ちあのーぜ?」


 言葉の意味がわからず首をかしげるノエル。


「空気が温まれば気圧は下がる。気圧が下がれば空気は薄くなる。空気が薄くなれば血のめぐりは悪くなる。高い山の上で動くと体調が悪くなるようなものだ」


 俺のやったことは本当に大したことじゃない。ノエルの氷の魔術で冷え切った空気を火の魔術で森の木を燃やして空気を温め気圧を急激に下げて高山病のようなものを人為的に誘発させただけのことだ。


 正直そんな簡単に気圧が下げられるかわからなかったがなんとか上手く行ったか。


 どんなに頑丈でも生物なら空気がなくちゃ生きてけないからな。薄くなれば大なり小なり影響はあると思ったが効果はあったようだ。


「よくわからぬがすごいな」


「そうでもない、ほら」


 と俺が指摘するとアクセルゴートが騎乗しているノエルを傷つけまいスピードを落としヨロヨロとその場に倒れこむ。

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