1.勇者カンパニー
「けっ! なにが『当社は勇者を各地に派遣して困っている人々を助けるのがお仕事です』だ」
酒場の掲示板に貼り付けられた求人広告を見て俺は思わず悪態をつく。
「派遣される側からしてみれば毎日馬車馬のごとく働かされてるんだぞ。その上ヘタしたら死ぬかもしれないし俺がいた世界のブラック企業よりもブラックな会社じゃねーかよ」
おまけに仕事内容がモンスター退治から盗賊退治、庭の草むしり、迷子のペット探しに恋愛相談。
本当にこれは勇者のやることなのか? と言いたくなるようなことをやらされるんだぞ。最後にいたっては勝手にしろと言いたくなった。彼女いない歴=年齢と一緒の俺に聞くな。
「ブラック企業? クスオさん、なんですそれ」
耳慣れない言葉に俺の隣でメシを食っていた仕事仲間で聖剣の勇者キールが尋ねてきた。
むっ、この世界にはブラック企業という概念がないのか。
まあこの世界には労働基準法とかそういったものはないからな。ましてやこいつは勇者だ。呼吸するかのように人助けをするようなお人好しだからな。
「俺のいた世界でうちみたいに人を人と扱わない会社のことだよ。ちなみに俺らみたいなのを家畜ならぬ社畜と呼ぶ」
つっても俺も高校生だったから詳しくはしらないけど。
「へー。そうなんですか。でもそれで困ってる人が救えるならいいじゃないですか」
とキールはくったくのない笑みを浮かべる。
なにこのイケメン。顔だけじゃなくて心までイケメンとかどんだけだよ。さすが聖剣の勇者様だな。その上金髪童顔だからやたらとお姉さん受けがいい。爆発すればいいのに。
「それにほら、頑張れば頑張るほど借金が早く返済できますし」
「……むう」
確かにキールの言う通りだ。俺は今借金を背負っている。
いきなりこの世界に召喚されたと思ったら言葉が通じないから言葉を覚えるために一年間勉強してやっとまともにコミュニケーションができるようになったと思ったら、『ゴッメーン、魔王が倒れたからあなたは用済みでーす』ってことで一年間の生活費と勉強に使った費用を請求されて俺は借金まみれだ。
そしてその借金を返済するために勇者カンパニーとかいう会社に俺は売られた。まあ俺らの世界でいうところのマグロ漁船に乗せられたみたいな感覚だ。
で、この勇者カンパニーってのがとんでもないブラック企業なわけなんだ。
この世界には異世界におなじみのギルドってものがある。ギルドで討伐依頼とか採取依頼だったりを受けたりすることができる。
勇者カンパニーはギルドとシステムが似てるが決定的に違うことがある。
それは依頼を選べないことだ。
どんな無理難題だろうが社長が持ってきた仕事を断ることができない。仕事を選ぶ権利がないのだ。冒険者が派遣社員だとするなら俺らは社畜というやつだ。
『勇者なんだから困っている人の依頼を見逃すなんてダメでしょ』
というのがやつらの言い分だ。
腹が立って、ふざけるな! と文句を言ったら借金が三倍に増えた。
横暴だ! と訴えたら借金がさらに五倍に増えた。
ここはは闇金より恐ろしい世界だ。
借金を踏み倒して逃げたいところだが俺の身体には追跡魔法がかかっていて逃げることもできない。もし逃げようものなら地下帝国に送られるとかなんとか。
ったく、こんなことになるなら俺をこんな世界に召喚するんじゃねーっての。俺をこんな世界に召喚したこの国にはいつか復讐してやる。
それに異世界に来たというのに身体能力が上がるわけじゃなかったし、この世界にある魔法も使えなかった。
唯一使える能力といえば描いたものを具現化する幻想表現ぐらいか。
でもこの能力は生き物といった有機物は具現化することはできない。おかげで二次元キャラも具現化できない。なんてこった。
あと無機物でも拳銃とか複雑な構成のモノとかは具現化できない。せいぜい石ころとか鍋とかシンプルなものぐらいだ。
「不公平だ!」
「うるさいな。食事中ぐらい静かにできないのか」
と不機嫌そうに注意してきたのは魔王を倒した女勇者ミリア。俺と同じ一七歳で黒髪とつり目が特徴的なやつだ。
本来なら俺が倒すはずだった魔王を倒したのはこいつだ。しかも一人で。
こいつが魔王を倒したせいで俺が借金まみれになってしまったわけだ。
こいつに俺の借金の返済を請求したところだがこいつも借金の返済をするためにこの勇者カンパニーで働いている。
何でも魔王と戦った際に破壊してしまった都市から損害賠償を請求されたらしい。世界を魔王の脅威から救ったのに借金を背負わされるなんて哀れすぎる。
まあどっちにしろ俺の力じゃ魔王が倒せるわけがなかったから別にいいんだけど。石ころとかでどうやって魔王を倒せっていうんだ。むしろ感謝しなくちゃいけないわけだ。
「だってよキール。食事中は静かにしろよ」
とりあえず責任をキールになすりつけてみる。
「ええっ! ぼ、僕ですか!」
大げさに驚くキール。いいリアクションするな、こいつ。
「まあ落ち着け。それよりも聖剣を止めなくてもいいのか?」
俺はキールをなだめつつがさっきから大量の食事を頬いっぱいに詰め込む赤い髪の少女を指差して話題を変える。
「?」
指をさされた少女は一瞬だけ不思議そうに首を傾げるがすぐに再開する。その少女の近くには空になった皿が山のように積み上げられていた。ざっと三十人前ぐらいありそうだ。
この少女はキールの聖剣グラムだ。
剣だから別に食事を取る必要はないはずなのにこの聖剣は擬人化が出来るらしく、食事をとるらしい。それも大量に。
そのせいで聖剣の持ち主であるキールは食費だけでかなりの借金があるらしく、それを返済するために勇者カンパニーで働いている。
擬人化というのはそそられるものがあるが食費だけで借金にまみれになるのは嫌だなぁ。
「ぐ、グラム! いつの間に擬人化したんだ。というか相変わらずすごい食欲だね」
若干呆れ気味のキール。
「……お腹の子が栄養を欲しがってる」
「いやいや、聖剣なんだから子供なんてできないですよね」
「……愛があれば大丈夫」
グッと親指を上げて言うグラム。
「何が大丈夫なんです!?」
「……昨日もあたしの身体を隅々まで撫でまわしたくせに」
グラムが頬を赤く染めながら目を伏せる。
すると話を聞いていたミリアがキールを侮蔑の眼差しで見る。
さすが聖剣の勇者、相手が無機物だろうと容赦ねーんだな。
「ちょ、二人とも誤解です。変な目でみないでくださいよ。グラムが剣を磨けって言うから磨いただけですよ。別にやましいことはしてませんよ」
キールが誤解を解こうとしていると、グラムが突然自分の口を抑えだした。
「……うっ! なんだか急に吐き気が。こ、これはもしや、つわり?」
「ただの食べ過ぎによる胸焼けです!」
とキールが突っ込む。
聖剣なのに食べ過ぎで胸焼けって……。とりあえずこの調子じゃキールは当分借金が返済できなさそうだな。
その後もしばらくキールとグラムが漫才みたいな会話を繰り広げていたが、食事が一段落したところでミリアが口を開く。
「さて、食事も済んだしさっさと事務所に仕事の報告に行くぞ」
席を立ち指示を出すミリア。
「……了解」
ミリアに言われてグラムは眩い光を放って人間の姿から一四〇センチほどの重量感のある大剣へと姿を変えた。
キールはそれを軽々持ち上げて背中に背負う。あんな重そうなのをよく軽々と扱えるよな。
「グラム、少し太りました? ちょっと重いですよ」
「……それはきっと二人の愛の重み」
「それは違う意味で重い……」
うーむ、うらやましい。俺も女の子とあんな風にバカバカしい会話がしてみたい。
「なあミリア」
「なんだ?」
「最近太っ――ぐほっ!」
殴られた。体重の乗った重い一撃だ。
……くっ、やはり女の子との会話は難しいな。
とリア充の道は遠いと実感しながら俺たちは事務所へと向かう。