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3-3


 居酒屋での盛り上がりは、飲み放題の時間もある為2時間程で落ち着きを見せた。

 皆が店の外に出た時に、姉がまた大藤君にとんでもない事を言っていた。

「玲央君さ、悪いんだけど、和葉の事送って行ってくれない? あんまり遅くなっちゃったから、ちょっと心配なのよ」

 その会話にすかさず割って入る。

「ちょっとお姉ちゃん! いいよ、一人で帰れるよ」

「あんたがよくても駄目なの。何かあってからじゃ遅いんだから」

 結局、私も大藤君も、姉に押し切られるような形で、二人で帰る事になった。

 みんなで電車に乗り込み、姉は二つ手前の駅でさっさと電車から降りる。

「それじゃ、和葉、気をつけてね。玲央君も、またね」

 そう笑顔を見せ、彼氏と共に駅の階段を下りて行った。

 時計を見るともう11時に近い。

 電車の中は、空いている椅子が無い程度には繁盛していた。

 私と大藤君は、隣り合って吊革につかまっていた。

 彼の横顔を見つめる。

 姉が降りた後、再びヘッドホンを耳に当てたその横顔は、髪の色は違っても、やはり大藤君だった。

 電車が駅に到着し、吐き出されていく乗客に紛れて、私達二人も降車した。

 改札を潜り、駅の入り口の前で、私は大藤君にお辞儀をした。

「今日はありがとう。じゃ、また」

 そう言って帰ろうとした時、大藤君の声に呼び止められた。

「いいよ。送ってくよ」

「いやいやいや、大丈夫だよ? お姉ちゃんの言ってる事だったら、別に私達をからかってるだけなんだから、気にしないで」

「キコさんも言ってただろ。何かあってからじゃ遅いんだよ」

 少し真剣な面持ちでそう言われ、二の句が告げなくなった私を見て、それを了承と捉えたのか、大藤君は私に、こっち? と尋ね、そのまま二人で歩いた。

 近所の商店街は、景気がいいからなのか、それとも悪いからなのか、まだまだ華やかに営業を続けている店がちらほらしていた。

 知り合いに会わない事を願いながら商店街を通り抜けると、閑散とした住宅街ゾーンに突入する。

 隣を歩く大藤君は、ヘッドホンを首にかけたまま、私と同じ速度で歩いている。

 きっと、私に合わせてくれているのだろう。

「ねぇ、大藤君の家って、どこなの?」

 妙な沈黙に耐えられず、そう言葉を発した。

「ああ、駅の反対側のすぐのとこ」

「へぇ、意外と近いんだね」

「高校が一緒なんだから、そんなに離れたりはしないだろ」

「ああ、それもそうだね」

 うちの学校は、わざわざ電車を何本も乗り継いで来るような優秀な学校では無い。恐らく大半の生徒は志望目的で、近所だったから、と言う答えを上げるだろう。

「お姉ちゃん、迷惑かけたりとかしてない?」

「迷惑?」

「いや、例えば、妙におせっかい焼いたりとか、変にひっかき回したりとか、お姉ちゃんって、結構そう言うとこあるからさ」

「いや、キコさんには、迷惑どころか、本当にお世話になってる。キコさんがいなかったら、うちのバンド解散してたかもしれないし」

「え? 本当に?」

 私の食いつきを見て、大藤君は何だかバツの悪そうな顔をした。

「いや、まぁ……、それは本当だけど、あんまり他に言う事じゃないから……」

 そう言って大藤君は、話したくない事から逃げるように、話題を変えた。

「友野こそ、今日はどうして?」

「どうしてって、いや、お姉ちゃんが、バンドのチケットが余ってるから、って言ってチケット貰った」

「へぇ……」

 そう言って、大藤君はつまらなそうに話を終わらせた。本当に話題を変える為だけに言った事のようで、興味なんかこれっぽっちも無かったようだ。

「私がお姉ちゃんの妹だって、気づいてたんでしょ?」

 さっきの飲み会の席で、大藤君が私を助けてくれた理由に、私が久喜子の妹だったから、と言うのを上げていた。

「あぁ、まぁね」

「似てるから?」

「見た目はそんなに……」

 ――さいですか。

「後は、苗字。友野なんて苗字、そんなにいないから……」

「だから、私の事あの時助けてくれたの?」

「いや、さっきはそう言ったけど、別にたまたま」

「たまたま、か……」

 目印の街灯が見えてきた。

 あの角を曲がれば、我が家はもうすぐだ。

「私、音楽の事とか全然分からないけど、大藤君の声は、格好いいと思ったよ」

 先程の演奏を思い出す。

 澄んだ声、なのに熱気を帯びた激しい歌が、私の中に駆け巡って行ったのを思い出す。

「ありがとう」

 大藤君は、そう言ってこちらに笑顔を向けてくれた。

「笑った顔、初めて見た」

 ――何て、嬉しそうに笑うんだろう……。

 私の声に照れくさくなったのか、大藤君はすぐに向こうを向いてしまった。

「大藤君、教室だといつもむすっとしてるもんね」

「別に、特別面白い事がないだけだよ」

「どうして学校来なくなったの?」

「無駄だ、って思ったから」

「無駄か……」

 彼が屋上で、みんなでお弁当を囲むような、そう言う行為が嫌だと言った姿がフラッシュバックする。

 大藤君は、群れるのが苦手なのかもしれない。

「確かに、あんな勉強してても、社会に出たら全部無駄になっちゃいそうだし、特に数学なんて、意味分かんないよね。私数学大嫌い」

「それは友野個人の意見だろ。俺は割と数学は得意だし」

「え~? 本当に?」

「まぁ、もう関係ないけどな……」

 そう言って彼は、つまらなそうにソッポを向いてしまった。

「あ、ここまででいいよ」

 私は街灯のところで、大藤君にそう告げた。

「じゃ、本当にありがとう。大藤君も、気をつけて帰ってね」

 そう言って帰ろうとした時、大藤君が意外な事を呟いた。

「なぁ、普段はいいけど、キコさんがいる前では、ちゃんと俺の事名前で呼べよ?」

「ふえ? どうして?」

「今日、キコさんがそう言ってただろ?」

「あんなの、お姉ちゃんが酔っ払った流れで、適当にうちらをからかってるだけだよ?」

「知ってるよ」

「なら……」

「いや、それでも……」

 そうして、二人街灯に照らされながら、黙ってしまった。

 薄明かりの下にいる大藤君は、まるで舞台上の主人公だった。その舞台が、喜劇か悲劇か群像劇かは分からない。

「じゃあ、大藤君も、みんなと居る時は、私の事名前で呼んでよ」

 私もどちらかと言えば、名前で呼ばれる事の方が多い。だから、ちょっとした悪戯心のつもりでそう呟いたのだ。

「名前で?」

「そう、名前。やっぱり、いや?」

「そうじゃないんだが……」

 言いにくそうに顔を俯ける大藤君に、どうしたの? と問いかけると、

「友野の名前、なんだっけ?」

 ――え~……。

「……和葉」

 ――今日お姉ちゃんもみんなも、散々呼んでたのに……。

 大藤君が、私に対して興味が薄すぎる事に少し凹む。

「ああ、そうだったな」

「そうだったな、じゃないよ! そう言うの、他の女の子にしちゃダメだよ! 名前覚えてないとか、嫌われちゃうよ?」

「別に、どうでもいい女に嫌われてもいいよ」

 ――どうでもいいと言いましたか!

「好きな人の名前は、絶対に忘れないし……」

 俯いたまま、大藤君はそう呟いて、微かに笑った。

 その顔に、何だか毒気を抜かれてしまった。

 ため息を一つ吐いて、

「じゃあね、玲央君」

 と、彼に向けて投げかけた。

 俯いていた顔を上げ、じゃあ、とだけ呟いて舞台上から退場する彼の後姿を、暫く眺めていた。

 暗がりの中で、すぐにヘッドホンを付け直す彼の姿が、随分印象的に映った。

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