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鳴り響くチャイムの音が、まるで天使の笛の音のように聞こえた。
――終わったぁ……。
学園祭前の最後の鬼門、中間テストがようやく終了したのだ。
今回のテストは本当にきつかった。結果はどうあれ、乗り切った私の事を、私は大いに称えよう。
嗚呼、自画自賛也……。
「お疲れ~」
「どうよ、出来は?」
道子と紗絵が、二人して私の席にやってくる。
「ん~、まぁ、無事いつも通りってとこかな?」
赤は無いだろうが、上位に食い込む程でも無いだろう。いつも通りの平々凡々な点数が予想されるが、今回はいつものテストに加え、ギターと言う特殊課題があったのだ。それをこなしながらの現状維持ならば、褒められてしかるべきだろう。
とは言え、ギターの腕がそれ程上達したとは思えない。それに正直な所、いい気分転換と現実逃避になってくれた位である。
「私は今回良かったと思うんだ~」
得意気に笑う道子に、紗絵が作った声を出した。
「なんたって、ユウ君と付きっきりでお勉強したんですもの~」
「紗絵、それ私の真似?」
「似てるでしょ?」
「似てる似てる。実際その通りだしね」
余裕たっぷりの今の道子には、紗絵のおふざけすら小気味いいのだろう。事実、道子と祐一君はテスト期間の間中、暇を見つけては図書館デートを繰り返していた。サッカー部がテスト休みの期間に入ってからは、それこそ毎日だ。私も何度かお邪魔させて貰ったが、祐一君と言う優秀な先生に付きっきりで勉強を教えて貰っていた道子に対し、本気で嫉妬すら覚えてしまった。
あれで成績が上がらないなんて嘘だ。
「そんで、あんたは?」
道子が紗絵に聞き返す。
「ん? ま、流石に赤は無いだろうけど、いつもよりは手応えは無かったかな~。こっちの方の手応えは、そこそこあるんだけどね~」
空気中のギターを爪弾きながら、紗絵は照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「まぁ、試験も終わったし、今日はサクッとカラオケでも行かない?」
「乗った!」
道子の舟に、すかさず紗絵が乗り込む。
「折角だから、他のプロジェクトメンバーにも声掛けて見ようか。ちょろっと打ち合わせしたいのもあるしね」
「OK。そんじゃ、私は委員長に声掛けて来るわ。紗絵はとりあえず塚君で」
「あいよ」
「和葉ちゃ~ん」
道子が猫撫で声で、にやけた顔を近づけて来る。
「あんたは、大藤と川口、お願いね」
「うん、いいけど、なんでそんなニヤニヤしてるの?」
「いや、何でも無いわよ?」
微妙な企みが透けて見えないでも無いが、特に反発する理由も無いので、首を縦に振った。
「飲み物はフリードリンクになってるから、好きに頼んでね。とりあえず一杯目何にする?」
備え付けの電話機の前に立った道子が、ブラックライトに照らされながら注文を促す。6人分の注文が好き勝手な方向から飛び出した。
「私アイスコーヒー!」
「コーラ!」
「私も!」
「じゃあコーラ二つ!」
「僕はアイスティーで」
「道子、メロンソーダとジンジャーエールで!」
ちなみに、道子の名を呼んで、玲央君のメロンソーダを一緒に頼んだのが私だ。
「あー、覚えらんない! もっかい!」
「佐藤さん、僕覚えたから変わるよ。佐藤さん、何飲む?」
パニックになりそうな道子に、塚君が助け舟を出した。道子は塚君にお礼を言いながら、オレンジジュースを注文に追加する。椅子に座る道子と、メモも取らずに電話を掛ける塚君を見ながら、やはり一時的に成績は上がっても、おつむの出来が突然良くなる訳では無いのだなと感じた。道子の頭がそれ程悪い訳では無いのだろうが、塚君もまた、祐一君同様に、成績上位の常連だ。そもそもの中身の出来が違うのかもしれない。
まぁ、私が道子の頭の良し悪しをいじれる立場にある訳が無いのだけれど。
「川口ー、繋ぎでなんかいっちゃいなよ!」
委員長のお囃子に、川口君は、しょうがねぇなぁとまんざらでも無い顔をして、流行りのロックバンドの新曲を入れた。
イントロの派手なロックチューンが流れ出す。
画面に表示された前奏の文字が消えて、歌詞が現れた。川口君がマイクを口に持っていく。息を吸う音がマイク越しに伝わり、力強い熱唱が室内に響き渡った。
「闇夜ぅを、駆~ける!」
「お待たせしました」
直後、店員さんが注文したドリンクを持って室内に入ってきた。途端に黙りだした川口君は、もどかしいと言う表情をしながら、店員さんと画面をちらちらと交互に見ている。店員さんがいる間は、ドアは半開きになってしまう。部屋の外にまで自分の歌声がだだ漏れと言うのは、気恥かしいのだろう。実際は多少漏れてはいるのだろうが、やはりドアが開いているのと開いていないのとでは、精神的に大分違う。
7人分のドリンクは、机に置くだけでも多少時間が掛った。その為、店員さんが部屋を出て行った時、川口君の歌は、サビの真ん中と言う中途半端な位置だった。
「ぅを~、決して、離さなーい!」
お前を、の部分が消えて、何を離さないのかがまるで分からなくなってしまった。
川口君の歌が終わるのを待って、紗絵が立ち上がる。
「えー、皆! とりあえず、中間テストお疲れ様。これから、学祭の本番に向けて突っ走ってく事になるだろうけど、このメンバーで、最後まで頑張ってこうね! とりあえず、決起会って事で、今日は騒ごうぜ! カンパーイ!」
乾杯の唱和と共に、ソフトドリンクが注がれたグラス達が、小気味よい音を立ててバードキスを交わして行く。
「玲央君、よろしくね」
「おう」
隣の玲央君とグラスをぶつける。すぐに道子と紗絵が、私達のとこにやってきた。
「お疲れ~」
「おう」
「いや~、でも、大藤がこっちに入ってくれて本当に助かったわ。ギターの方も、宜しくね」
「大した事は出来ないけどな」
「またまた、御謙遜を~」
紗絵がいつに無くニコニコとした顔を浮かべて、玲央君の隣に座った。
「んでね……」
紗絵が、玲央君に何やら耳打ちをする。少ししてから、玲央君がぽつりと呟いた。
「うん、いいと思うぞ」
何がだろう? ギターに関する事だろうか?
「よっし、とりあえず歌わせてみるか」
紗絵が道子に目配せをすると、道子は私の所にリモコンを持って来た。
「はい、和葉、何か歌ってよ。こう言うのは上手い人からいれてくもんなのよ」
「聞いた事無いわよそんなルール。それに、そんな上手く無いし」
「へぇ、和葉ちゃん歌上手いんだ」
委員長が期待した目をこちらに向けてくる。やめて下さい、お願いします。
「別に、そんなに上手くないよ。普通だよ」
「まぁまぁ、とりあえず、お願いしますよ~」
何故か媚びるようにリモコンを押しつけて来た道子に押され、一昔前のガールズバンドの曲を入れた。そこそこ知名度が高いので、カラオケでもみんな知っているし、盛り上がりやすいと思っての選択だ。好きな歌を歌えばいいと良く言われるけれど、多人数で行くカラオケの際は、どうしても選曲の際に、そこそこ有名なものを選んでしまう。
それに、スティグマの曲なんてまだ入っていないだろうし……。入ってたとしても、本人が隣にいる状態で、歌う気力なんてある訳が無い。
歌い始めると、途端に視線がこちらに集まって来るのを感じる。歌うのは好きだけど、この感覚は慣れない。不意に、目の前の塚君と目が合ってしまった。妙に気恥かしくなり、画面に視線を移し、歌詞に集中する事にする。
歌い終わると、次私~、と委員長が言った。私からマイクを受け取り、画面近くの席へ移動する。
「道子、一緒に歌おう」
「オッケ~」
女性デュオの曲が流れ出し、委員長に促されて、道子も前へと向かって行った。
そこで、玲央君の隣に座っていた紗絵が、私の隣に移動して来た。玲央君と紗絵に挟まれた形になる。
「うん、決定でいいだろ」
玲央君が私に向けて、軽く笑みを浮かべながら呟いた。
「何が?」
「和葉!」
突然、逆隣から強く肩を叩かれた。振り向くと、物凄く近くに紗絵の顔があった。しかもその顔は、満面の笑みを貼りつかせている。
「え、何? どしたの?」
「あんた、うちらのバンドでボーカルやってもらう事になったから、よろしくね」
「……はい?」
紗絵が何を言っているのかが、私には理解出来なかった。