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 9


 ライブの翌日。

 登校中の道すがら、イヤホンから零れ出てくる玲央君の歌声を鼓膜で抱きしめる。

 ライブの時に販売していたスティグマのCDなのだが、復活記念に新たに作ったものではなくて、以前作ったものをプレスし直した物らしい。したがって新曲の『ヘブンズドア』は、残念ながら収録されてはいなかった。だけども勿論、手元に彼らの音楽があると言うのは、とても素晴らしい事だ。

 プレゼントしてくれるという有り難いお言葉を断腸の思いでお断りし、自腹を切っただけの事はある。そこまで甘えてしまっては、一ファンとして、あまりにも失礼な気がしてしまったからだ。

 いいと思った物には、きっちり代価を支払う。まぁ、それもこれも、千円と言う財布に優しいお値段だからこそ、こねくりまわす事の出来る理屈なのだが。

 私のCDプレイヤーに収まっているCDは、スティグマメンバー全員、プラス、何故か姉のサインまでついている特別版だ。他の3人も同様にCDを購入し、メンバー全員のサインは貰っているが、姉のサインは入っていない。

 私のCDだけの、超レア物である。

『和葉、私もサイン書いてあげよっか?』

『え? いらない』

『よし、じゃあ書いてあげる』

『どうしてよ!』

 数が少ないだけであって、価値がある訳では無いのだけれど……。

 鼓膜を震わせる玲央君の歌声は、やっぱりとてもいい。だけど、ライブの記憶を蘇らせてくれる事はあっても、CD音源では、ライブの時のように心臓までもが震える事は無い。

 またライブに行きたい。

 何度も聞いて、スティグマの歌を全部覚えて、よりライブに没頭したい。

 昨夜からつきまとっているモヤモヤを打ち消すように、そう願い、彼らのパッケージされた作品に耳を傾けるが、どうしても思考は、無意識に薄暗い方へと傾いてしまう。

 ――うぅ……、そこまで気にするような事じゃないのに……。

 校門を潜り、下駄箱で上履きに変えた所で、CDを止め、イヤホンを鞄の中にしまった。音楽を聞く事自体別にどうと言う事ではないが、自分の曲を学校で聞かれていると知ったら、何となく、玲央君が渋い顔をしそうだったからだ。

 勿論、学校で、と言うのがポイントである。

 学校では知られたくないと言っていた玲央君に、事情を知っている私達以外の、同級生のファンが出来たのだ。その上で私が、朝からスティグマの曲を聞きながら顔を見せれば、いい顔はされないんだろうなと言う想像くらいはつく。

 昨日のライブは、とても楽しかった。

 それだけで充分だと思い込もうとした。

 だけどもやっぱり、どうしても気になってしまった私は、休み時間に彼女の顔を知っている道子にお願いし、二人連れ立って、こっそりと一組の教室へ敵情視察を行った。

「あれあれ、あの子。声掛ける?」

「いや、いい」

 クラスの入り口から、こっそりと眺めた笹村さんは、明るい所で改めて見ると、噂通りとても可愛らしかった。

 その周りには、これまたレベルの高い女の子達が集まっている。

 ただ話しているだけで空気が華やぎ、微笑みを浮かべるだけで花が綻ぶかのような印象を受ける。

 神様は余程、不平等がお好きと見られる。

 若干凹みながら教室へ向かう私の肩に、道子が優しく手を乗せる。

「気にする事無いって、確かに理音は可愛いけどもさ、別にそれがどうって事ないじゃない?」

「でもさぁ、もしかしたらってのがあるかもしれないし、同じ学校に玲央君がいるって知ったら、きっと……」

「まぁ、ファンのアイドルと同じ学校って言うのは、キュンと来るシチュエーションではあるけども、下手な事しない限り、ばれないとは思うけどね~」

 6組の教室に戻り、ドアを開けた道子が笑う。

「こっちの普段は、あんなんだし?」

 道子の目線の先には、目元を覆い隠す様に頭に黒い森を茂らせ、その森をすっぽりとヘッドホンで包み込んでいる男の子の姿があった。

 金髪にしていた髪はやはりスプレーだったらしく、一夜の夢から覚めれば、私の席の隣には普段通りの玲央君が座っているのだ。

 確かに、と断言してしまうのは失礼かもしれないが、この姿を見ただけでは、歌声でも聴かない限り、大藤玲央とスティグマのレオを同一人物だとは思えないだろう。

 ――心配し過ぎなのかな?

 そもそも、自分はそんな事を心配出来る立場なのか、と言う思いも過ぎる。

 私と玲央君の関係も、結局のところそれ程深いものではない。ファンとアーティスト、単なる同級生、よくて、関係者の身内だ。私の方が勿論、笹村さんよりは玲央君に近い。だけど、百歩だろうが五十歩だろうが、距離がある事には変わらない。

 それに、私はあの夜、サインを頼む彼女と、それに応える玲央君のツーショットを見た時に、感じてしまったのだ。

 画になるな、と……。

 ささやかな嫉妬から来る、取るに足らない杞憂、そうであって欲しいと、願う。

「笹村さんって、彼氏とかいないのかな?」

 昼休み中、昨夜の残りのひき肉から拵えられたと思われる、母特製のミニハンバーグを箸で引き裂きながら、さりげなく道子に尋ねてみた。

「分からないけど、いないと思うよ。告白した男子ってのは結構いたみたいだけど、上手くいったって話は一向に聞かないし」

「かぁ~、贅沢もんも居たもんだねぇ。まぁ、器量よしの女ってのはいつの時代も、男を選び放題だろうし、男にしてみれば、高嶺の綺麗な花ってのは、やっぱり摘んでみたくなるんだろうねぇ」

 紗絵が偏見に満ちた発言をしながら、見覚えのあるミニハンバーグを口の中に放り込んだ。

「うわっ、おばさん天才! どうやったらこんな深い味が出んのよ!」

 ――私のかよ!

「ちょっと、勝手に取ってかないでよ!」

「そうよ紗絵、ちゃんと一言言わなきゃ。ねぇ和葉、私にも一つ頂戴」

「これ、今日の私のメインおかずなんだけど?」

「あ~、そう言えば前に、彼氏作らないのかって理音に聞いた奴がいたことを、思い出しそうなんだけどさ~?」

「はい道子、あ~んして~」

 道子の口の中に、生贄を放り込む。

 道子は遠慮なく私からの供物を咀嚼し、満足気に頬を上気させた。

「うわぁ、本当に美味しい、和葉、ちょっと今度おばさんに料理習いに行っていいかな?」

「聞いておく。それで、笹村さん、何で彼氏作んないの?」

「まぁ、あくまで聞いた話ね? あの子、普段から結構アイドルの追っかけとかやってるらしいんだけどさ、言っちゃえばそのアイドルくらい、自分を夢中にさせてくれる人じゃないと、付き合う気がしないんだって」

「つまり、格好いい素敵な白馬の王子様が、目の前に現れて攫ってくれるのを待ってるって事? 現実の男共には全く興味が沸かないってかい? けったくそ悪い話だなぁ」

 道子の情報が、紗絵のフィルターを通すと途端に汚れていく。

「紗絵、笹村さんの事嫌いなの?」

「いや別に、まぁ、そんなに好きな部類では無いかな? でも、話を聞いてる限りでは、お近づきにはなれない感じはプンプンする」

「まぁ確かに、あんたとは相性悪いわね、きっと」

 道子がけらけらと笑う。

「んで、当の本人はまた屋上?」

「うん、多分」

 紗絵の目線を辿り、私も玲央君の席を眺める。そこに本人の姿は無く、次の授業で使う国語の教科書が、主人の帰りを待っている。

 ファンにサインを求められる事なんて、よくある事なんだろうか?

 だとしたら、玲央君の周りには、いつも彼の歌声に惹きつけられた女の子がいると言う事になる。

 げんなりするが、その代表格が自分なのだと理解すれば、その事実は最早諦めるしかない。

「ところでさ、出し物の希望、何するか決めた?」

 道子がふと話題を変えた。

「あ~、今日までだっけ? まぁ、喫茶店とか、お化け屋敷とかが妥当な所じゃない?」

 紗絵が気だるそうに呟く。

 携帯を取り出して、カレンダーを覗く。

 来月に迫った学園祭での、クラスの出し物を決める為のHRが、今日の放課後に行われる。

「何でもいいから、早く帰りたいんだけどな~」

「サクッと決まればサクッと帰れるんじゃない?」

「経験上、サクッと決まった試しなんてないね」

 紗絵がどんどんやさぐれていく姿を横目に見つつ、道子に話しかける。

「今年もまたお菓子作るの?」

「要望があれば、腕を振るう気はある、とだけ言っておくわ。ユウ君と学園祭回りたいから、作り置きしまくりになるけどね」

「私、当日ふけようかな~」

「学園祭の思い出が無い高校生活なんて、寂しすぎるでしょうが」

「とは言ってもね~、テンションは上がんないわよ~」

「順哉さんでも誘えばいいじゃない?」

「……」

 道子の打った軽口に対し、紗絵は響く事をしなかった。

「紗絵?」

「いやぁ、無理っしょ? 忙しいだろうし、来てくれる訳無いって」

 紗絵は自嘲気味に笑いながら、完食したお弁当箱をしまう。

「紗絵?」

「ほら和葉、さっさと食わないと、また時間無くなるよ? 手伝ってあげようか?」

「いいよ、食べれるよ!」

 残りのお弁当を必死でかきこみつつ、頭の中では別の思いが過ぎっていた。

 ――玲央君ならまだしも、順哉さんが学校に来たら、笹村さんに一発でばれちゃうんだろうなぁ……。

 だけどさっきの、普段見せない紗絵の物憂気な表情を見てしまっては、親友として、その思いを無下にする事も出来ないし、出来ればしたくない。

 ――本当、ままならないなぁ……。

 最後のハンバーグを口に放り込み、ゆっくりと味わいながら、空になったお弁当箱の蓋を閉めた。


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