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 スティグマのライブから、3日が経過した。

「いやぁ、やっぱり彼氏がいるって、いいもんよ~」

 久しぶりに予定の空いた道子に呼び出され、私は駅前のドーナツ屋で彼女と向かい合っていた。カフェオレを片手に若いんだかおばさんなんだか分からない発言を、恍惚とした表情で発している道子を眺めている私の瞳は、きっと冷やかなものだろう。

「で、結局いつ付き合ったのよ?」

 私は少し呆れ気味に、ドーナツを頬張りながら道子の惚気話に話し半分で相槌を打っていた。

「終業式の二日前。机の中に手紙が入ってて、まぁ放課後呼び出された訳よ」

「あ、弟の世話があるからってさっさと帰った日だ」

 小賢しく安い愚策を張り巡らした道子は、そのまま弟の元では無く想い人の元へと向かった訳だ。

「で、告白されて、とりあえずお友達からって事にしたんだけど、夏休み中に彼氏がいるってのも悪くは無いなって思ってね、家帰ってから、やっぱり付き合おうって私から言ったのよ」

 とんでもない理由だが、幸せそうな顔の道子にも、そんな道子のどこかに惚れた奇特な彼にも、水を差すのは気が引けた。

「はいはい、幸せそうでよござんしたね」

「和葉も彼氏作りなよ」

「作れるもんなら作ってるよ」

「好きな人とか居ないの?」

「残念ながら」

「ま、折角夏休みなんだからさ、パーっと大胆に攻めてみるのもありだよ? 例の大藤とか、どうよ?」

 玲央君の名前が出て来た途端、あの夜の彼の面持ちが頭を巡り、私は心が疼くのを感じた。

「どうなんだろうね」

 出来る限りポーカーフェイスを保ちつつ、さらりとかわす。

「まぁ、今度うちの彼も紹介するからさ、紗絵が帰ってきたらみんなで遊びに行こうよ」

 明るく笑う道子に、そうだねと笑顔で返し、今日はお開きとなった。

 帰りの道すがら、商店街を抜けた時、あの公園が目に止まった。

 彼との連絡手段を何も持っていない私は、結局あの夜の事を後悔し続けるだけだった。

 家に帰り着くと、玄関の前に旅行鞄を持った姉がいた。

「お姉ちゃん?」

 声を掛け、そのまま家の中へと上がる彼女を追いかける。

「いきなりどうしたの?」

 滅多に帰らない姉に、当然の疑問をぶつける。

「ん~、まぁ夏休みだし、何となく帰って来たくなったのよ。たまには帰省して、親孝行しないとね」

 寧ろ寄生しに来たのでは無いか、と言う心の声には耳を傾けず、私は早速居間で寛ごうとしている姉の目元に違和感を見つけた。

 コンシーラーを厚めに塗って、何かを隠している。だけど、そんな所で隠すものなんて一つしかない。

 姉は、何となく夏休みだから帰ってきたと言った。でも、これは本当にただの予想だが、それはきっと嘘だ。姉が、何の理由も無しに家に帰ってくるなんてありえない。つまり、恐らく理由はあるが、それは言えないが正しいのだ。

 だけど、それを直接問いただした所で、姉が口を割るはずが無い事は分かっている。

「そういえば和葉、あの日、どうだった?」

 あの日とは、勿論ライブの日の事だろう。そして、どうだったとは、間違いなく、玲央君の事だ。

「あの後、駅の所で見失っちゃって、追いつけなかったんだよ」

 私は、咄嗟に嘘をついた。

「本当に?」

「嘘言ってどうするのよ」

「それもそうよね。そっか……、まぁ、それじゃ仕方ないか……」

 姉はあからさまにがっかりとして、そのままごろんと横になった。

「ねぇ、スティグマ、次のライブって決まって無いの?」

「ん~? そうね、暫くは無理かもね」

「無理って、どういう事?」

「無理は無理って事」

「それじゃ分からないってば」

 そこで姉は起き上がり、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「和葉、あんたが興味持ってくれるのは嬉しいけどね、面白半分に首突っ込むんじゃないの」

 その声には、苛つきが見え隠れしていた。

 その言葉に、私は思わずカチンと来た。

「何よそれ! 私は心配だから聞いてるのよ! 面白半分なんかじゃないんだから!」

「大人には大人の事情があるのよ。疲れてるんだから、怒鳴らないでよ……」

 そう言って姉は立ち上がり、肩を竦め、この話は終わりだと言わんばかりに、さっさと居間を出て、階段を上って行ってしまった。

「ちょっと! お姉ちゃん!」

 私の呼びかけに振り向きもしない。

 ――何か、何かあったんだ……。

 直感的にそう感じた。

 今の姉の態度は明らかにおかしい。普段の姉なら、もっと飄々として常に余裕があるのに……。

 不意に、あの夜の玲央君の哀しそうな、そして悔しそうな顔がまたフラッシュバックする。

 次の瞬間、胸の奥がズキンと痛む。もう、あの夜から、何度も何度も味わった痛みだ。

 居ても立ってもいられない、だけど、どうしたらいいのか分からない……。

 姉はあの様子だ。

 これ以上の情報は、こちらが何かを掴んでからで無いと何も聞き出せないだろう。

 その時私は、連絡先を知らなくても会いに行ける関係者を思い出した。

 勢いに任せて、そのまま玄関を飛び出して、再び駅前へと走った。


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