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4-3


 ライブ終了後、私は前回と同じように打ち上げにまで参加させて貰った。順哉さんに先日のお花のお礼を言って、姉の彼氏の仁さんとも少しだけ話をした。

 仁さんと話す時は、その見た目の雰囲気もあってやはり少し緊張した。スティグマの音楽が好きだと告げると、彼はにやりと笑って握手を求めてきた。がっしりとした腕、そこから伸びる武骨な手を握る。一度だけ振られて離れた手からは、ただそれだけで力強さを感じた。

 順哉さんに連れられ、ドラムの大吾さんとも少しだけ話した。寡黙なその姿は、まるで岩のようだと感じた。

 二度目と言う事もあり、場の雰囲気には前回よりも馴染む事が出来た。だけれども、打ち上げの最中、玲央君はずっと不機嫌そうにソーダを啜っていて、何だか話しかけるタイミングを逃したまま打ち上げは終了してしまった。

 二次会へと向かおうとする若干出来あがった大人達を尻目に、玲央君は順哉さんに一声かけると、そのままさっさと帰ってしまった。

「和葉」

 お姉ちゃんが私の耳元で囁いた。

「悪いんだけど、玲央君と一緒に帰ってあげてくれない?」

「いいけど、どうして?」

「いや、ちょっと様子がおかしかったからさ……。頼める?」

 姉もやはり、私と同じ思いを抱いていたようだ。

 私の頷きを確認すると姉は、じゃ、お願いねと私の背中を叩き、再び集団の中へと混ざって行った。

 その背中を刹那見送り、私はすぐに早足で玲央君を追いかけた。

 時計はまだ10時を回った頃だ。

 赤ら顔のサラリーマンや、客引きをするホスト風のお兄さん達の間を抜け、駅に程近い通りで玲央君の背中を見つけると、彼はいつもの大きなヘッドホンをしていた。

 声をかけようかとも思ったが、ヘッドホンをしているから聞こえないかもしれない。そんな逡巡の間に、玲央君は駅へと到着し、私に気が付いているのかいないのか、さっさと改札を潜り抜けて行ってしまった。

 切符を買うのに手間取ってしまい、そこで一度彼を見失ってしまった。

 急いで改札を通り抜け、階段を登っている最中に発車のベルが鳴り響いた。駆け上がり、電車のドアが閉まる直前に滑り込む。スカートの裾を気にせず走った甲斐があった。

 ――ギリギリセーフ……。

 息を整えようと顔をあげた時、目の前に見慣れたヘッドホンと、金髪の後頭部があった。

 ――こっちもセーフ……。

 整えた呼吸に、安堵が混ざる。

 そこで電車が動き出す。

 玲央君が振り向く気配は無い。

 そして、この期に及んで私は、彼に声を掛けるのを躊躇っていた。正確には、なんて声を掛けていいのか分からなかったのだ。

 確かに、今日の打ち上げでの玲央君の様子は、少しおかしかった。だけど、その原因が何なのかは分からない。

 こんな時、姉だったらささっと声を掛けてしまえるのだろうか?

 あの無神経さを、こんな時は羨ましいと思う。

 空気を読むと言う能力は、得てして大胆な行動を取れないと言う諸刃の剣だ。

 その時、車内にアナウンスが流れた。もうすぐ次の駅へ到着するらしい。

 前回のライブハウスと違い、今回は乗り換えなしで行ける距離だったのだが、その分途中12駅程を通過する。

 時間経過にして、凡そ30分強。

 その時間を、モヤモヤに襲われながら無為に過ごすのはいただけない。

 だが、そんな心配はすぐに杞憂へ変わった。

 減速を始めた電車は、駅に到着すると同時に私の背中の後ろにあるドアを開いた。

 それに反応し、こちらを振り向いた玲央君と即座に目が合う。

 私を見つけた玲央君の目が、大きく見開いた。

 どうして、こんなに大きく目が開いて驚いている様を、目が点になると形容するのだろう。

 そんなどうでもいい事が頭を巡った瞬間、私は車内に流れ込んできた乗客に背中を押され、そのまま玲央君に抱きつくような体勢になってしまった。

 突然の状況に、今度は私の頭が追いつかない。

 ――はい、ストップストップ。

 頭の中でそんな呪文を唱えても、電車は無事に乗客達を飲み込み、滞り無くドアを閉めて重い体を再び進ませ始めた。

 飛行機は乗客全員が、この飛行機は飛べると信じているから飛んでいる、と言う説がある。ならば、私一人が止まってと願った所で、電車に乗り込んでいる数多の乗客達の想いに叶う筈が無い。無論、電車が止まってほしいと強く願いながら、電車に乗り込む人間なんて皆無だろうけど……。

 玲央君の胸板から、あわよくば落ち着こうとすら考えている自身の左頬を引き剥がす。そのまま、恐る恐る玲央君の顔を見上げると、玲央君は何だか照れたように顔を背けていた。

 ――おやおや?

 この反応は、正直意外だった。

 ぶっちゃけ、何がしたいんだとこちらを見下ろしている冷たい目を想像していた。素直な反応に悪戯心が沸かないでも無かったが、すぐさま私自身も奥底から恥ずかしさが込み上げてきた。

 男の子とこんな風にくっついたのなんて、幼稚園の時にヨージ君に突然抱きしめられた時以来だ。その後、ユージ君がサクラ組の女の子の半分に同じ事をしていると言う事実を知る訳だけど……。

 そんな哀しい思い出には蓋をして、そんな哀しい思い出しか無い事にも目を瞑る。

 距離を取ろうと思ったが、車内の人の多さがそれを許してはくれない。

 心臓の音は、私の意識下から完全に独立して、ガンガンにビートを上げている。熱を持った頬は、確認は出来ないが恐らく紅い潮を引き寄せているだろう。

 電車の振動が、先程よりも大きく聞こえてくる。

 私の思惑なんて我関せずと言う風に、数多の乗客達の願いを乗せて、電車は定刻通りに線路を走って行く。

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