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4-2


 2日後。

 この日、気温は昼過ぎから落ち着きを見せ、ここ最近の熱帯地獄に比べれば、比較的過ごしやすい日和となった。

 私は結局、順哉さんの忠告を半分だけ聞いて、上はあの日に買ったタンクトップ、下はあの日のようにミニスカートで纏める事にした。

 大人っぽく見えるかどうかは分からないが、今日は普段よりも少し潤い度の高いグロスを塗ってみたり、久しぶりにマスカラにも手を出して、目力アップにも力を注いだ。

 ケバくなり過ぎないように、を心がける。勿論、普段の嗜みと思われる程度のナチュラルメイクも、普段が普段の私にしてみれば相当頑張っている部類に入る。

 ライブ開始の15分前に、会場へ到着した。

 前回よりも多少大き目のライブハウスには、前回とは比べ物にならない程沢山の人が詰め掛けていた。

 次々と小屋の中に入って行く人々を見送っていると、入り口の近くで姉を見つけた。

「お姉ちゃん」

 耳元で声を掛けると、姉は振り向き様こちらを舐めるように見た。

「おお、割と頑張ったじゃない」

 ――どういう意味でしょうか?

「順哉君から聞いたよ。あんた、今日の為にわざわざ服買いに行ったんだってね」

「だって、大人っぽい服なんて持って無いもん……」

 私生活がだだ漏れている点には目を瞑り、姉の言葉に対して言い訳を放つ。

「いいんじゃない? 折角の夏休みだし、たまには散財するのも悪くないよ」

 散財だと言い切られ、少しだけカチンと来たが、そのまま姉に手を引かれ、人ごみの列へと身を投じた為、何かを言い返す時間は無くなってしまった。

「今日、人多くない?」

「ああ、今日は対バンに、もうすぐメジャーデビューする人達がいるからさ。その人気が大きいんじゃないかな?」

「対バンって何?」

「今日、スティグマの他に出るバンドって事だよ」

 姉の説明を聞きながら、人混みに混ざりグングン中へと進んでいく。

 ライブハウスの中は、犇めきあう人達の熱気に満ちていた。

 ステージは前回よりも随分と高く、やっぱりステージはこの位の高さは無いとね、と思わせるような作りだった。

 横に隣接されてるだろうスピーカーも大きく、遠くから見ても私の身長程あるのでは無いかと思われる。倒れてきたら一たまりも無いだろうなとぼんやりと想像する。

 ステージ前はもう詰まりに詰まっている為、姉と共に、後ろの壁に張り付くようにして立ち止まる。

 前方でステージに向けて蠢く人達を見ながら、ゾンビの出てくるゲームの光景に似ているなと、失礼な事を想像した時、観客側の照明がゆっくりと暗くなっていった。

 隣に立つ姉に尋ねる。

「お姉ちゃん、今日ってスティグマは何番目なの?」

「今日は2番目。1番目がさっき言ってた、メジャーデビューの決まったラインバックスってバンド」

 姉の言葉が終わる間際、前方の人達から歓声が上がった。その声に反応してステージに目を戻すと、ステージ上で3人のメンバーが演奏準備をしていた。

 少ししてから始まった彼らの演奏は、確かに爽やかな感じで上手いなとは思ったけど、前回玲央君の歌を聞いた時程の衝撃を受ける事は無かった。それでも、ステージに押し掛ける人達の歓声や、時折メンバーの名前を叫ぶ女の子達の様子を見ていると、自分の音楽センスがずれているのだろうかと錯覚する。

 だけど、隣に立っている姉も、割りと余裕のある顔をして彼らを見つめていた為、マイノリティーではあっても、私だけ趣味がおかしいという事は無いだろう。まぁ、姉妹で一括りにされてしまえば、反論するだけの材料は無いのだけれども……。

 爽やかな風と、笑顔と言う名のファンサービスをたっぷり振りまいてから、彼らはステージを後にした。

 それと同時に、ステージ前から人がバラバラと居なくなる。

「お姉ちゃん、こんな事聞くのも、あれだけどもさ……」

 姉の耳元に唇を寄せ、多少憚りつつ言葉を紡ぐ。

「スティグマって、人気無いの?」

 私の言葉を聞いて、姉はふふんと得意気に笑った。

「あんた、いいとこ突いてるじゃない。まぁ、さっきのバンドに比べたら、確かに知名度はまだまだかもしれないけどね」

「そうなんだ……」

 好きな芸能人の事を意気揚々と友達に話した時に、誰? と言う反応が返ってきた時のがっかり感に良く似ている。

「だけどね、別に人気があるかどうかで音楽聞く訳じゃないでしょ? いいものはいつか認められる。それまで、私達が応援し続ければいいのよ」

 姉は得意気な笑みを崩さないまま、唇の端から確固たる決意を滲ませていた。その瞳の奥には、ギラギラとした鈍い炎が見え隠れしている。

 直訳すると、お前ら、今に見てろよ、である。

 そんな姉の自信満々の発言は諸手を上げて賛成するが、一つ確認を取っておかなければならない部分がある。

「私達がって、私も?」

「あら? あんたこの間のライブの時に、がっつりはまってたと思ったんだけど、違った?」

「え? 何でそう思ったの?」

「何でって、あんたが玲央君を見てる時の目が、くはっ、こいつはやられた、これなら抱かれてもいいって顔してたから」

「……そんな顔してない」

「してたよ」

 姉の得意満面の顔が、いつものように意地の悪いようなニマニマとした顔に歪む。

 断言するが、抱かれてもいいとまでは流石に思ってはいない。だが……、

「……まぁ、やられたなってのは、確かに思った」

 何せ、その夜に興奮して眠れなくなる程だ。自分に嘘を吐いてまで、姉の考えを突っぱねようとは思わない。

 その時、ステージ上から玲央君の声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、前に行かないの?」

 先程よりもステージ前に押し掛けている人は少ない。だから、掻き分けようと思えば何とか前に行けるだろう。

「今日はここで聞くわ」

「どうして?」

「今日はステージが高いから、あんまり前に行くとね、目が見えないのよ」

 ――目、か……。

 姉の言葉を素直に受け取り、私も隣に並んで、姉妹仲良く壁際族と洒落込んだ。

 ギターの音が響く。

 順哉さんがステージの上で、上半身裸に金のネックレスだけと言う過激な格好でその音を奏でさせていた。一昨日の花屋さんでの爽やかな印象とのギャップに、私は思わず吹き出してしまった。

「それじゃ、一曲目……」

 玲央君の声が、ギターのソロの上に被さる。

 次の瞬間、私は再び音の洪水に、いや、スティグマの波と、玲央君の歌声に飲み込まれていった。


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