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『weiss katze』  作者: メラルー
2/10

山本さん



真っ白なワイシャツと、焦げ茶のエプロンを身につけ、瀬奈はそこまで長くない髪をポニーテールにした。

緊張で体は生まれたての小鹿のように震えているし、心臓は破裂しそうにドクドクと脈打っている。正直、失敗する自信がある。



プルプルと携帯のマナーモードよろしく震えながらカウンターに入ると、雅さんが笑って出迎えてくれた。



「緊張してるね~」

「…は、はい……」




春休み中に一度経験しよう、という事で、あの日から三日後に私は初仕事をする事になった。

今日は木曜日。しかもシフトは午後3時~5時とかなり少ない気がするが、雅さんは『初めてだからいいんだよ』と言ってくれた。



「親御さんはいいって言ってくれた?」

「は、い。大丈夫、です…」

正直に言うと、家の親は私には無関心…、というより、邪魔に思っている、んだと思う。

だから、週一でバイトをしたいと言ってみたが、『ああそう』とだけしか言われなかった。

それを思い出してちょっと視線を下げると、雅さんの大きな手がポンポン、と頭を撫でる。



「瀬奈ちゃんと働けて、俺嬉しい。瀬奈ちゃんのお母さんに感謝だね」

「……あ、えと…、はい」

こういった、何気ないフォローは嬉しい。頭を撫でられた事に若干戸惑いを感じつつ素直に頷いた。



「じゃあまずは、この喫茶店の仕事として」

「は、い!」

「お茶しようか瀬奈ちゃん」

「……ぇえ?」

聞き間違いかと思ったが、雅さんはさっさとお湯を沸かしてカップを2つ用意する。



「何飲みたい? ぁ、昨日は新しくアッサムの茶葉が入ったよ」

「……み、雅、さん」

「ん~?」

「お仕事、は……」

「ああ。大丈夫。この時間帯は人あまり来ないだろうし、飲んでても常連さんにとってはそれが当たり前だから」

つまり、雅さんはいつもここでお茶を飲みながら喫茶店の仕事をしているのか、という結論に辿り着き、なんだか緊張しまくっていた自分が恥ずかしくなった。




「ほら、お隣座って。ケーキも食べる?」

「い、いえ。ケーキは、いい、です」

おずおずと雅さんの隣に座り、今日はミルクティーを頼んだ。雅さんはいっそ鮮やかな手付きで紅茶を淹れる。それをぼんやりと見つめながら、ああ、雅さんってミルクティーっぽいなとぼんやり考えた。



柔らかい薄茶色の髪で、いつもふんわり笑ってて、どことなく甘い感じがする。

まぁ、人を紅茶に例えるだなんて失礼なのかもしれないけど。でも、うん。雅さんを紅茶に例えるなら、ミルクティーだ。甘くて口当たりが優しいミルクティー。



「はいど~ぞ。お砂糖はお好みでね」

「ありがとう、ございます…」

砂糖を2つ入れて、ゆっくりとかき混ぜる。雅さんも同じミルクティーのようだった。

2人して同じタイミングで口を付ける。



「美味しい?」

「はい、とっても」

「良かった。やっぱり、自分で作ったものを喜んでもらえるのは嬉しいよね」

と、雅さんは笑う。正直、私は何かをして誉められる、という経験があまりにも無さ過ぎて曖昧に笑う事しか出来なかったけれど。





それから、雅さんのたわいもない話は続いた。

自分から話せない私を気遣ってか、雅さんは色んな話をしてくれた。

自分は今23歳で、猫好きだとか、父親は今バカンス中だとか、甘いものが好きだとか。

そうして大分時間が経った頃……、カラカラン、という音が鳴り響いた。

お客様!! と私が立ち上がるより早く、『じっちゃんいらっしゃ~い』と雅さんがドアに向かって大きめの声で言った。

じっちゃん、と言われた初老の男性は、笑いながらカウンターに近寄る。



「可愛らしいお嬢ちゃんがいるな」

「あ、えと…、い、らっしゃい、ませ…」

いきなりの来客に、私はパニックに陥っていた。ええと、最初はどうするんだっけ? お絞りだすのかな? と混乱していると、雅さんが初老の男性に話しかけた。




「今日初シフトの相沢 瀬奈ちゃん。瀬奈ちゃん、この人は常連さんの山本のじっちゃん」

「あ! よろしく、お願いします……」

「可愛らしい子じゃあないか。これでこの寂れた喫茶店も安泰かな」

「じっちゃん寂れたは無いでしょ。あ、瀬奈ちゃん。じっちゃんに注文聞いて置いて」

そう言って雅さんはカウンター裏へと下がった。



「ご、ご注文、は!」

「そうだなぁ~。じゃあ、昆布茶」

「え!!」

昆布茶、昆布茶? 昆布茶なんて純和風な代物、ドイツ語の喫茶店にあるんだろうか。いや、ないだろう。でもそんな事常連さんの山本さんの方が詳しいし、もしかして本当にあるのだろうか。それともただ単にからかわれてるだけ?

私が一人慌てていると、雅さんが裏から出てきてくれた。



「み、雅さ…、こ、昆布茶って……「はいじっちゃん、昆布茶」」

とても自然な動作で、山本さんの前に入れ立ての昆布茶が出された。それを一口飲んで、山本さんはふぅ~とため息を吐いた。



「やっぱりここの昆布茶は旨いのう。ここの飲み物では一番だ」

「じっちゃんは昆布茶以外飲まないじゃん」

「………」

つまり、つまり雅さんは最初から山本さんが昆布茶を選ぶ事が分かってたんだ。なんだかからかわれた気がして、ふるふると体が震える。



「み、雅さん、私、聞いたの意味ない、ですよ、ね…?」

「でも、さっきのが瀬奈ちゃんの初仕事だよ。初仕事成功おめでとう」

なんて調子のいい事を言って雅さんは笑った。



「さ、瀬奈ちゃんも座って座って。お茶しよう」

「で、でも、仕事、は……」

「お客さんと一緒に飲んでお話するのが仕事」

なんだかホストクラブのオーナーが言いそうな言葉だと心の中で述べつつ、しょうがないからまた元の席に戻った。




「瀬奈ちゃんは何歳なんだ?」

「15、です」

「今年から高校生なんだよね~」

「じゃあ楽しい事の連続だな~」

「あは、は…」

本当に、楽しい事の連続だろうか。正直言って、不安しかない。



物心つく前から親は既に別居していて、親の家を行き行きする事が多かった。そのせいで転校をした事もあったし、転校した学校に出戻りした事もあった。

子供というのは残酷で、そんな私は『親に愛されていない子』と男子によく虐められた。

そのせいなのか、同い年位の男子は今も怖いし、私が今年から通う学校は共学だ。

友達など出来るのだろうかという不安が、ずっとシコリのように胸元を支配している。




曖昧にしか笑えなかった私を見て、山本さんは慈しむように微笑んだ。




「傷つくのは、怖いか?」

「…………は、い」

そりゃ、誰だってそうだろう。

傷つくのは、痛い。だから怖い。

人にヒソヒソと陰口を言われたり、大声で虐められるのは誰だって嫌だと思う。



「そうかぁ。そりゃ、そうだよなぁ。だけど思春期だから、傷つく事だってあるだろう。

そしたらここに来いや。おっちゃんが何でも愚痴聞いてやる。ついでに昆布茶も奢っちゃるかんな」

「じっちゃんそこはキャラメルティーとかじゃないの」

「うるせぇ!! 男は黙って梅昆布茶よ!!」

「じっちゃんこれ梅昆布茶やないただの昆布茶や」

などと山本さんと雅さんの押収が続き、思わずクスリと瀬奈は笑った。



きっと、山本さんに会わせる為にこの時間帯のシフトにしてくれたんだろう。

雅さんの言っていた通りだ。常連さんは、優しい。

それはすべての人じゃなくても、少なくとも常連さんの山本さんは優しい人だ。

それに、喫茶店というより、ただのお茶飲みと化しているが、これはこれで暖かくて好きだ、と瀬奈は感じた。



「瀬奈ちゃん、ケーキ食おうや! おっちゃんが奢っちゃる! おい雅ケーキ持って来い!」

「もちろん俺のも奢りだよね?」

「雅は自腹だ!!」

と、山本さんの声が店内に響いた。





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