94/219
「鍵を持つ者」
「鍵を持つ者」
あなたが綺麗と言ったから
ガラスケースの中をのぞいてみた
高価な時計が動いている
あなたが綺麗と言ったから
トンボも飛んでいないような空と
ライトの消えないビルたちをみる
わけのからない車も見るようになった
好きでもない甘いものに詳しくなった
読まなかった新聞も眺めてみる
聞かなかった音楽もちょっと聞いてみる
あなたがいいと言った世界を
少しだけでも共感してみたかった
まったく理解できなかったけれど
一番欲しいものはお互いに違っていた
あなたがいなくなって
あなたがいいと言った世界は
私には無味香のガラクタだ
それでもガラスケースの中にあった
私がいいと思った時が腕に巻かれている
トンボがいる場所も見つけた
車には興味はないけれど目で追うことも増え
たまにポツリ甘いものを食べる
ガラクタの世界が部品になって
あなたがいなくても私の世界は回る
いつも鍵を持っているのは
あなただと思っていたけれど
いつだって私だったのだ