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「桃の風が流れて」
「桃の風が流れて」
桃の花が散るころ
卒業とか入学とか
転校だとか転勤だとか
人も物も動いて誰もがいなくなる
学校も路線も子供の声も
本も仕事をする人も制服の数も減って
ふと前を見ればもう誰もいない
ふと後ろを見れば
鎌を持つ神の前を
老いた人が手をつないで歩いている
ふと横を見れば
外からの世界を手招きしている人と
拒絶する人が腹の探り合いを水面下で
あの場所にあったはずの大きな木
いつの間にか消えていた
コンクリートの地面の下に
死体が埋まっている時代がもうきている
知らない顔も増えて
知らない白髪も増えて
知らない戦争も始まって
私はこの桃の季節をまたぼんやり見ている
いつからか動かなくなったこの身体で
出会った人たちもどこかに去っていく
そして独りぼっちになる予定の私の前に
何度花が咲くのだろう
花と私とどちらが先に散るのだろう